追い詰められた者たち
「……」
「……」
「……」
「すぅ。すぅ」
二鏡の別荘に訪れた鋼埼と柿種は、ダイニングのソファで眠りこける仁美と、その横にいる啓二と向かい合って座っていた。
「気にしないで話してくれよ。仁美の眠りはかなり深いんだ。せっかく呼んだのに悪いね」
啓二が一言謝ると柿種が仁美の方に目を泳がせて様子を見てから質問する。
二鏡は少なくとも自分の返答に柿種が熱くなり突っかかってくることはない。仁美を連れてきて正解だったと内心ほくそ笑んでいた。
「率直にお聞きしますが。あなたはセントラルビルに秘匿されたプライベートフォースの兵器群をご存知でしたでしょう? あれは公式上破棄されたはずのものです」
「もし私が、プライベートフォースを復活させるつもりだった。と言ったら?」
その言葉に対面の二人は口を開けた。
「もちろん。私は兄たちがやったような残虐な行いをするつもりはない。だが、警察機構はあまりに使い勝手が悪い。だから必要が迫られた時にはいつでも復活させる準備をしていた」
「やはりあなたは……」
統治と治安には力が要るのは古今東西。どこの国家も変わりない。むしろ利府里司徒が反旗を翻さなければ、今でもあの体制は変わらずに存続していただろう。
「私はイヌモを突然任された。この憎悪渦巻く都市をどうやって導くのかをね。イヌモ経済の足を引っ張ろうとも、難民に職を与えて生活必需品を上層階級以外にも十分行き渡らせて難民たちの反感を緩めようとした。だが……」
啓二が口にするのも嫌そうにしているのを見て鋼埼が代わりにつぶやいた。
「難民達を日本政府が刺激してしまった」
「イヌモの弱体は奴らの好機となったわけだ。警察機構は日本政府に買収されていたのに気づいたミングが、イヌモが日本政府に乗っ取られると危機を覚えて反乱を起こしたと私は考えている。まぁプライベートフォースを復活させる選択を私が放棄しなかったのは事実だ」
啓二は堂々と自分の意見を述べた。治安の軽視について疑問を感じている柿種にとってはそれは至極真っ当に聞こえたが。少し興味が沸いて質問してみた。
「日本の買収はどれだけ進んでいたんですか?」
「私にも金が流れたよ。さらさら協力する気はなかったけどね。少なくとも警察機構は将来の地位を保証されて抑えられたから4課なんてもんが出来た。その大半はミングの不意打ちで殺されてしまったし、長官たちも死んでしまった。日本政府の工作は水泡に帰してしまった」
「長官が死んだのは……あなたの意図ですか?」
鋼埼が両者の顔を覗き込む。さすがに言いすぎだと思って柿種に視線を送るが二鏡は態度を崩すことはない。
「それは少しオーバーだよ。私は反乱には関わっていないし、長官たちのヘリの撃墜にも関与していない」
「撃墜したのは、1番ベースの遺伝子強化検体であると報告されています。私はあなたと旧体制が逃げ込んだと言われる下層と結託して、何かしらの目的を共有していたと思っています」
「……」
初めて沈黙する二鏡。諦めたように目を閉じて鼻を鳴らす。鋼埼が恩人に向かってそこまで言えない事は分かっている。だから柿種は容赦なく不躾な質問を二鏡にぶつけるのだ。
「下層の友人から派遣された遺伝子強化検体の3番個体。彼がエージェントとして色々動いてくれた」
「3番……」
鋼埼が複雑そうな顔でうつむく。衛利の前に現れた彼は遺伝子情報と製造方法が同じなだけで利府里司徒ではないが、それを作り出せるのは下層だけしかない。故に衛利も鋼埼も下層が作り出した劣化コピー程度に過ぎないと考えている。
「しかし、私は下層については何も知らない。彼らがマテリアルハザードを起こしていたのは薄々感じていたが。確証もなければ止める術もなかった」
淡々と話す二鏡にたまらず鋼埼が口を開いた。
「社長。あなたは我々の追う敵と通じていたんですか?」
「敵ね……。私はここに誰が敵で誰が味方か分からずに座らされた身だ。有用であれば誰であろうと手を組んだ。すべては安定した社会の実現のため。事実、日本政府の介入やミングが反乱を起こすまでは目立った問題もなかったはずだ」
それらの前に起きていたマテリアルハザードもしょせん彼からすれば小さな問題の一つか。鋼埼は言いだしたい気持ちをぐっとこらえる。
「今の発言。やろうと思えば私はあなたを事情聴取のために連行することも出来ますよ?」
こんな背任行為スレスレの暴露に柿種は思わず口にしてしまう。それでも啓二はつづけた。
「私からすれば何の手掛かりもなく運営をしていたんだ。【知恵の実】からの提案も蹴ってね」
「それはなぜ?」
鋼埼がすかさず聞き返す。
「【知恵の実】が行政補助の人工知能プログラムであることは知っている。だが、あれが本当に我々のために提案していると保証が誰がするんだ? 旧体制の首脳陣が【知恵の実】に従った結果破滅したはずだ」
旧体制が崩壊したのは利府里司徒が起こした反乱が原因が歴史となっている。だがその本質は違う。
「予算獲得のための他部署への妨害と対立。プライベートフォースを利用した実験成果の追求。権力闘争。苛烈していくこの争いに【知恵の実】は全ての勢力に力を与えた。いつか破滅すると【知恵の実】も分かっていたはずだ。なのに止めなかったのは、既に進化しすぎて元の目的である繁栄から逸脱した存在になったのではないかとね」
「……」
「……」
鋼埼でも予測でしかないが【知恵の実】は変化、巨大化するネットワークに対応するために自身を自己進化させている。それも人間の手を離れ定期的なチェック以外はすべてを追認し管理しているとも言い難いが、下手に手を出すと【知恵の実】が停止し社会が崩壊する可能性があるため気軽に止めることも出来ない。
「生体CPUに高い適合率を持つ人間の脳と接続することで、その人間の人生の規範を投影することも実験でしていたようだが。あれは完全ではない」
利府里博士がイヌモ内の地位を確固たるものにするために考案された実験。【知恵の実】が逸脱しないようにする枷。その生贄になるのが失敗作(衛利)の末路。
「例え完全接続したところで、【知恵の実】がその通り動くかは分からないし。生贄が死亡した場合。【知恵の実】まで死が伝達するリスクがある」
「利布里司徒の反乱は衛利の生贄を阻止するためとも言われてる」
柿種が目を細めて手を組んだ。鋼埼は首を横に振った。
「だが、利府里司徒に限ってそれはあり得ない。奴の本心は計り知れないが、ただ総合的な合理に基づいて人格そのものすら変えていた可能性だってある。衛利に接したのはその一環で、ましてや衛利のためだけに自分を破滅する危険がある行動に踏み切ること自体まずありえない。もっと別の大きなものがあったはず」
「それが奴の動機が分からない理由」
柿種もずっと探していたが見つからない利府里司徒の動機。あれから色々ありすぎて何も出来ていないが、真相の究明をまだ諦めたわけではない。
「まぁともかく。私は【知恵の実】を信用しなかったが、羽今は【知恵の実】をフルに活用しているそうじゃないか? このままでは私は旧体制の二の舞になるんじゃないかと思っている。心配だよ」
ちょっとしてから「まぁ僕には関係ないけど」そう付け加えた啓二がおどけて見せた。
―――
「どうアギ? いじめられたりしていない?」
夕日が照らす中、リリーことユリアスはコンバットスーツから普通の衣服に着替え施設に訪問して、グラウンドのベンチで隣にアギを座らせた。
イヌモへの協力によって教会は立て直しと子供たちは優先的に難民居住区の仮設住宅に住まわせることが約束され。ユリアス自身も制限付きだが、ある程度自由が許されている。
だが、アギは事情が違う。生体CPUとESP能力者としてイヌモの監視が行き届く施設に収容を余儀なくされてしまった。その上施設にはミングの反乱によって犠牲になった人たちの子供も一緒に収容されているのだ。
「ううん。みんな優しいよ」
ほっとするユリアス。アギにはうそを言うように言い聞かせて、自分が難民居住区から来たことを周りに隠している。アギはあまり納得していないようだ。
「でも。嘘はいつまでつけばいいの? 嘘は駄目だってグランマ言ってたよ」
「それは。嘘は良くないけど」
「良くないのになんでつかないとダメなの?」
不自由だとアギは伝えたいのだとユリアスは感じ取った。アギは嘘を重荷に思っている。現実とズレた事をうまく言えるほど、何も感じずに言えるほどまだ成熟していない。
更にグランマの教えに背いてることがアギには腹立たしくさえ思っていた。
「リリーだって本当のお名前あるのに。みんなに嘘ついて」
「私は、みんなを守るために」
ボックスたちから見放されたと思っていたのだから。むしろ身を隠す事情がユリアスの弁だが。アギはそれに首を傾げた。
「じゃあ嘘が悪い事って嘘じゃない?」
「いいえ。嘘は……よくないけど。みんなに言ってはいけない事もある」
それにアギは首を横に振って答えた。
「アギは悪い事していないよ!リリーは私が悪い事したと思っているの!?」
「違うわ!でも、今はそうじゃないといけないの!」
ぐぬぬ。納得出来ないように押し黙ってアギは口を膨らませるとユリアスはアギの頭に手をあてようすると、アギは首をまげてそれを振り払う。
「ふん」
不機嫌な態度を取るアギにこれ以上言える事はなさそうだとユリアスは手をひっこめた。
「アギちゃーん!」
グラウンドから走ってくるアギト同じぐらいの女児がアギに手を振りながら走ってくる。アギはそれに気づくと手を振り返して先ほどの態度を一変させてユリアスに振りむいた。
「なーちゃんが呼んでるから行くね」
「ええ」
うなづいたユリアスを見てアギは一目散になーちゃんと一緒にグラウンドの奥で行われている遊戯に混じっていく。
あの中には難民に恨みを持つ子供がいると考えると、ユリアスはどうかアギがその人と出会わないよう神に祈るほかなかった。
そしてどうかこの光景が永遠に続いてほしいと願い。いつ割れるか分からないひび割れたガラスの橋を見つめるようにアギ達の笑顔を見るほかなかった。
―――
コンクリートで出来た部屋。そこには立てかけられたカプセルとそれに繋がる機器と医薬品が大量に壁際に並んでいた。
「目が覚めたかい? レッドウルフ」
ボックスは一つのカプセルの前で中身を覗き込んでいた。
「回復した」
カプセル内には赤い外骨格。中央病院で衛利たちに襲い掛かった生体機兵だった。
「ピンポイントで急所を貫くとは、あの正体不明の汎用フレームにしてやられたが。あれで死ぬほど君の体を柔に改造したわけではないからね」
「感謝している。……彼女は?」
ボックスはすぐさま端末を操作して映像をレッドウルフへと送る。
「ブルーリベンジはもうすぐ改造を終えるよ。彼女の生体適合率は素晴らしいからね。私も思わず張り切ってしまった」
それを聞いたレッドウルフは腕に仕組んだ爪を展開するも、運動神経さえ支配された状態では全く体が動かせないが。
「お前の与太話に興味はない。彼女に何かあれば容赦はないぞ!」
脅しかけるレッドウルフにボックスはやれやれと小さなボディを振った。
「落ち着いてくれよ。手術は成功して、生体機兵としてアレは最高傑作に仕上げたつもりさ。むしろ君の方が良かったのかね? 大切な人であってもその人間の復讐ために君は人であることを捨てたのだよ?」
ボックスは問いかける。別に誰が人を捨てたことに何の感想もないがその人間自身の気持ちと言う物を興味本位で聞きたかった。
「お前には分かるまい」
そう言い切ったレッドウルフに分からなそうにボックスが両手をあげた。
「まぁいいよ。じゃあ僕はすることがあるから」
「今度は何をするつもりだ?」
「祭りさ。またその時に言うよ。」
そう言ってボックスは後ろを向くと扉の向こうへ消えていく。残されたレッドウルフは爪をひっこめると再び意識を沈めた。
―――
【分かりました。あなたの地位を保証し邪魔者を排除するための提案をご用意いたします。……これはプライベート通信なので誰にも察知できません。これは私と奈須玖様だけの秘密ですから……】




