黒煙の夜明け
傷ついた内臓がきしみ。外へと通じるあらゆる部分から血がにじみ出る。まるで器が壊れて中身の液体が流れ出るように。
薬物では誤魔化しきれない痛みを生体CPUの痛覚制御で不完全に抑えながら、もう自力では動かない、違和感しかない左腕をアイギスの外部の力だけで動かしている。
空を飛ぶのが辛い。少し圧を感じるだけで体の中が潰されたように痛み呼吸が乱される。空中で姿勢を変えてライフルを構えると、痛みと苦痛の概念が体中を暴れまわる。
それでもまだやることがある。やらなければならないことがある。このままでは死ぬかもしれないけど。やらなければ死ぬ人が居る。それを笑う奴らが居る。それは絶対に許してはいけない。
私はこの都市を守るためならなんだってやってやる。
でないと……。
私は何のために司徒を殺したんだ!!
……
ナムルの護衛に付けていたラングレーと、その時のために充電していたビードローンを投入し。それから突如現れたユリアスとフレームマン。彼らが参加して衛利の悪あがきは開始された。
延焼する前に家屋を破壊、倒壊させることで延焼を防ぐ作戦。広大な難民居住区の火災を抑え込むのは不可能だが、中央病院の周囲を守るように聖域を作り出す。それが衛利の考えた作戦だった。
それに従い【知恵の実】が演算したフィールドが設定される。延焼する可能性が高い建物に効率的に破壊可能な青い点が表示される。先ほどの防人をつぶしたのと同じような要領だ。
ユリアスとフレームマンとラングレーと衛利の二組に別れ、ビードローンが周囲の状況をモニターしていく。アイギスを纏う衛利の移動力に対して誰もついてこれない為、これが一番効率が良い。
疑似筋力繊維の伸縮とイオンスラスターの組み合わせで空を駆ける衛利。空中で舞うように移動しては、パワーライフルで正確に家屋を破壊していく。
一方でユリアスはパワーライフルで、フレームマンはコインガンと汎用フレーム特有の無駄に丈夫なボディで、ラングレーは四肢とパルスキャノン。それぞれが出来る事を全力でやる。
それでも【知恵の実】の演算は、火が回る前に完全な聖域の作成出来る可能性を13%と示していた。
―――
――
―
「衛利!お前は素晴らしい兵士に育った。これからはイヌモのために尽くしてくるんだ。いいな?」
「はい。お父さん……」
戦いよりスポーツで決着をつけたほうがいいと思うんだけどな。どうしてみんな戦いばかりしているんだろう? 正直、戦いは嫌だ。これまでずっとお父さんやお兄ちゃんと家で暮らしていたかったのに。
周りの大人はみんなそう。私とお兄ちゃんに期待してばかりで自分からは何もしない。戦いを賛美するなら自分がすればいいじゃない。お兄ちゃんは何も言わないけど、多分呆れているんじゃないかな。思考を開こうとしないから分からないけど。
…
「イヌモは混乱が加速する世界の中で、アメリカと中国の大国同士が友好的に世界秩序を保つ象徴として設立された統治企業です。それは平和に必要な人材の育成と平和を維持する戦力の生産、平和となった世界で再開される宇宙開発に必要な……」
研究室の椅子に座り、うなじから伸びる有機接続コードから繋がっている【知恵の実】から、生体CPUへ流し込まれる一字一句が頭にインストールされる。短時間それを私が間違いなく暗唱すれば大人たちは喜んだ。どうやらお兄ちゃんはアホらしいと言って一回でからやめたそうだ。私もそう思う。
いやお兄ちゃんがやめたからその実験が私に回されてるのかな? そう思うとなんだかずるい。だけど、実験の後にお兄ちゃんが褒めてくれたら私の頭からそんな不満はとうに消えていた。
…
「簡単な事だ」
お父さんはそう言った。銃を向けて人に向けて撃つだけ。でもお父さんはしたことないんでしょう? そんな自分がした事もない事を「簡単だ」なんて言われるのは不愉快。このところどころ無神経なのが本当にむかつく……。
お兄ちゃんは一方で初めての任務だからって私の装備を何度も何度も確認しては。その度に落ち着かない私に声をかけてくれた。でもそれを実戦に同行する隊員たちの目の前でもするから、とても恥ずかしかった。
隊員たちの間でもお兄ちゃんは慕われているようで。ボートで移動している間に、隊員たちはお兄ちゃんの武勇伝や救われた話をたくさん聞かせてくれた。
…
暗闇の中で大型の船が燃えていた。機雷によってできた穴から飲み込むように海水を船内に取り入れ。そこから逃れる数多の人の脳波。船内にも、海中にも、そこら中から「感じる」生きた人間の証が、私の脳に直接「生きたい」と訴えているような気がした。
これが全員犯罪者? 好戦的でせっかく受け入れたあげたイヌモに仇なす存在? 子供もいるのに。さっきまで陽気そうにしていた隊員たちは特に感慨もなく迷わず発砲している。
どうして?
どうしてみんな。そんなに平気で弾が撃てるの?
私は自分の脳がヘッドギアを介して後ろにいる技術者(鋼埼と言う名前だった)に監視されているのを思い出して。すぐさま海中に居る脳波に狙いを定めた。
夢中になってパワーライフルを撃ち尽くした頃には。「守礼号」と呼ばれた大型船は燃え盛りながら海中に没し。脳波を出さない人の形がたくさん海面に浮いていた。
船からの黒煙が朝日に照らされる……。
最悪。
…
家に戻ると脳と精神の状態を見たジェミーが処方してくれた薬を飲むと、お兄ちゃんと一緒にラングレーの世話をする。その日はお兄ちゃんは何も言わずに抱き着いた私を撫でてくれた。
この人の温かさがある限り。私はどんなことがあっても大丈夫なような気がした。
―
――
―――
「朝日だ」
衛利は朝日に照らされる黒煙からフラッシュバックした「忌まわしい記憶」を冠り振るって意識を現実感へと引き戻した。
聖域は完成してはいない。病院正面の建物は破壊したが、その後方はおろか側面ですら途中である。火の手は残酷にも風の力を借りて勢いを増していく。
≪こちら柿種だ。聞こえるか≫
突然の通信に衛利は息を整えて応対する。
「どうしましたか?」
≪これからドローンの大編隊が飛行してくるが敵ではない≫
「え?」
ドローンと言えば自分たちを爆撃する以外に誰が操っているのか。もはやこの体は限界を通り越していると言うのに。
≪与党側が緊急救済措置の決議を発したんだ。政権はこれを飲んだんだ≫
「なぜ?」
おかしな話だ。難民排斥を掲げる与党がなぜ難民たちを救援するのか。
≪誰だって難民を見捨てたと後ろ指をさされたくないんだよ≫
その答えは至極簡単、保身。衛利は呆れながら返した。
「身勝手ですね……それでドローンは何をするんです?」
≪君の建てた作戦を【知恵の実】が修正した。爆撃によって聖域を作り出す作戦をドローンが実行する。だから君は即刻そこから離れて病院に退避するんだ≫
「了解」
もしもの時に備えて空のドローンを監視しながら病院近くの建物の屋上で待機する。マップの反応を確認すると、ユリアス達も既に退避しているようだ。ドローンの爆撃が開始され一発の爆弾で数件の建物が瓦礫になり、直後に消火弾が投下されてる。
修正したのは聖域の位置だった。衛利達が目指していた病院の周辺に限定していたが、ドローンは火災そのものを封じ込める事にした。衛利達の作り出した病院正面の瓦礫を基点として、難民居住区の端までを破壊して火災を断絶する。
その作戦が順調で「他意」がない事を見届けた衛利は、ナムルの居る病院へと向かおうと建物に疑似筋力繊維を伸ばし、緩やかに地面に着地した。
ベチャ。
粘着質な足音がして衛利が足元を見た。道路には衛利の体を包む疑似筋力繊維の隙間から流れ出す尋常でない量の血が広がり始めていた。
「……がっ」
引き締めていた体が緩みだし、喉からもあふれ出る体液が沸き上がって大量の血を吐き出すと、体から力が抜けていき地面に倒れこんだ。既に衛利の意識は半ばなくなりかけていた。
【装着者に深刻な意識障害。生命維持プロトコル】
アイギスの胸と背部の疑似筋力繊維がリズムよく胸を圧迫。心臓のリズムを一定に保ち、疑似筋力繊維が器用に衛利の所持している覚醒薬物のほとんどを体に投与し始める。
残された知覚が途切れ行く中。広がっていく深い闇の中で衛利は、兄と一緒に寝た時の温もりと安らぎを感じたような気がした。




