諦観と不屈
二鏡啓二は燃えている難民居住区を見ていた。2階ベランダの椅子に座り。テーブルの上にはビールジョッキとつまみ。足元に置かれたタワー型の蚊取りレーザータレットが頭をくるくるしている。
「停電中の工場から漏電で出火か」
首をかしげる二鏡がビールを飲み干すと、花火を見るようにゆったりと炎を眺めた。
【ビールをお持ちしました】
ジョッキにいれたばかりのライトビールを持ってきた汎用フレームがテーブルに置くと、空になったジョッキを変わりに拾い上げる。
「仁美は寝むれているのか?」
【はい。仁美様は寝ております】
「それならよかった」
おつまみの肉を一つまみ頬張り、横目で浮かび上がっているホログラムテレビに目を向けると、ニュースは英国でのクーデターか内戦かもつかない争いで持ちきりになっている。二鏡は口を開いた。
「子供の頃が良かったと思うよ。20年代はなんとも穏やかな時代だったのに。グローバリゼーションとエコノミックの終焉はとんでもない置き土産を残してくれたものだ」
【2030年。先進国での深刻な政治不安が始まり。欧州と欧米の先進国で混乱が起こりました】
教科書に書いていることを汎用フレームに搭載された対話機能は啓二に返した。
「それだけじゃない。IOTや作業機械の発達と汎用化によってエリートと機械だけでほとんどの物を生み出せるようになってしまった。製造も軍事ももはやの人の手は必要がない。人間を持て余した多人国家で失業と貧困が広がった。争いもだ」
【それは技術のせいでしょうか?】
「豊かになりたかったんだ。みんな。それだけのものだったのに」
アルコールがまわり赤くなった顔でゆったりと、諦観の落ち着きの中に身を横たえた。
「俺たちは何を得て。何を失ったんだろうな……」
―――
炎が燃え移る住居に建物の間を飛び回る衛利は目を合わた。脳の中、視神経に【知恵の実】が送るデータが視界に青い点となって表示され、運動神経とアイギスの連動した正確な狙いは、百発百中で住居を支える構造に致命的な部分を貫いていく。
【敵分隊反撃】
それに対して敵は住居越しにパワーライフルを構えると【知恵の実】が衛利に警告を発してすぐさま回避態勢を思考で入力する。
(セミオートで運動神経を譲渡)
【回避態勢:セミオート】
アイギスの全身からイオンスラスターを吹かすと、衛利は舞い踊るように落下していく。自身の空中での態勢を操り直撃を回避し、対応しきれない分は【知恵の実】が衛利の神経を操る。その周囲を防人が持つパワーライフルの弾道が掠める。それは建物を貫通してきていても威力が衰えることない。
今まで衛利が弾いてきた物とは段違いの威力で住居を破壊していく。だが、それが敵の命取りだった。衛利の狙いを知らない防人たちのCPUが気づくにはあまりに遅すぎた。
住居は傾いたように崩れると防人たちの方向へ倒れこむ。打ち所の悪いものはCPUが潰れ。幸い電源やCPUが生きていても、その巨大な質量は基礎となる汎用フレームそのものを破壊してしまった。
「8体の防人を無効化しました。残りに向かいます」
≪了解した。……待て!≫
柿種の声に衛利に嫌な予感が走る。事実それは的中する。
≪病院の南側で防人の集団を確認した。数は今いる北側にいるのと同規模だ≫
「挟み撃ち……」
思わず立ち止まりかけながら物陰に身を隠して息をつく。行けばすぐにでも抑えられるが、ここに残した敵は誰も抑えられなくなる。
≪障害なく進むなら10分足らずで中央病院に到達する。中央病院で合流されたらまず止めるのは不可能だろう≫
「撤退先はどこにもありません」
そう言い切る衛利。アイギスの疑似筋力繊維が棒金弾を軽く打ち上げて、両手に持つ上に向いたコインガンの銃口から装填する。
「私はやります。それ以外に誰もいませんから」
自棄ではない。ただ自分の正しいと思った事をやろうとしているだけ。その答えに柿種は努めて冷静に言った。
≪利府里。どうにもならないときには。引くときには引いてくれ。≫
「それでどうなるんです? 私にはナムルさんが理性的に事態を解決出来る最後のチャンスのように思いますが」
≪……確かにそうだ。ここでナムルが死ねば羽今は難民に代表を立てる事を認めないだろう。しかし、この状況でナムルだけが逃げ出すのを彼自身が認めるはずがない≫
ジレンマに挟まれ悩む柿種を衛利は振りほどくように言った。
「時間がありません」
両腰の疑似筋力繊維が両脇の建物に突き刺さし収縮、同時に右かかとの疑似筋力繊維を射出。引く力と押す力を得て建物に軽々と上る。その時、低空に何かが過ぎていくのが見えた。
「なにあれ?」
通信回線に鋼埼の声が割り込んだ。一応軍事レベルに相当する程暗号化された通信回線ではあるのだが。
≪衛利!待たせたな。ようやくお前にも味方が出来た≫
「味方? そんなのどこで?……まさか」
衛利の声が露骨に嫌そうになる。身の回りに危険が迫るときには感情を押し殺している衛利だが、鋼埼の登場に少し感情を露わにした。
≪あの娘。とりあえず説得したから……その。これ以降は俺の領分じゃないから後はよろしくな≫
無責任な言葉だけ吐くと通信をオフラインにする。怪訝な顔をして残された衛利はため息をつくと、再び目を見開き北側の敵を見据える。
「気に入らない」
どうもあの娘は気に食わない。怒りを感じるよりあれには負けたくない。衛利自身にも分からない意識が芽生えつつあった。あいつが戦線に加わるのはしょうがないが、あいつ以上に活躍もしなければならない。
冠りを振るう。自分らしくないと衛利が自分に言い聞かせた時。潰れた住居から動体反応を検知した。
「あれは?」
建材の隙間からモビルマテリアルが沸き上がり。獣となって現れた……。
―――
グランマに圧されてうなづいたとしても。気に入らないイヌモに協力せずに、孤児院も建て直してくれるのだから万々歳。
最初はそう思っていたのに今はユリアスは少し後悔している。まさか生身で空を飛べと言われたのだから。
電磁ホイールのリミッターが解除された状態で人一人飛ばすのは訳がなく。同時に背中から伸ばした電磁スラスターの付いた疑似筋力繊維が推力を生み出し、ユリアスの背中には大量の弾薬と両手にはパワーライフルが握られていた。
【敵直下:ロックオン】
視界を下げると赤い点が移され。意識してみると拡大した標的が鮮明に映し出された。パワーライフルの銃口を下げると一気に高度を下げる。
「至近距離から攻撃する」
【敵がこちらを感知しました】
見上げた防人達が散開してこちらに銃口を向けるとパワーライフルが火を噴いた。それはユリアスに直撃するはずだったが。手前で押し出されるように不自然に弾道が曲がり一切当たることはない。
【電磁フィールド正常に稼働】
これも電磁力場を応用した防御機構だ。移動から牽引から防御まで何なりとこなせるが唯一の弱点がユリアスに警告を与える。
【ジェネレーターの残留電池が50%を切りました】
「最初の敵に攻撃を仕掛ける前から……」
吐き捨てるように愚痴をこぼすとすぐさまプランを修正し、降下速度を速める。空から降下し上昇する一撃離脱を繰り返す戦法では時間がかかりすぎる。
「だったら……」
【検索。生命反応:結果。周辺なし】
迫る地面に対して足裏に力場を発生させクッションのようにしながら地面をスライドしていく。落下速度が重なりユリアスの体は路地を滑走しながら両手を広げ、二丁のパワーライフルが平行にする。
【発射計算完了。旋回支援開始】
「吹っ飛べ!」
滑りながら回転する暴力的な嵐がパワーライフル弾を振りまきながら駆け抜ける。突進に直撃した防人は引きつぶされ、とっさに回避したのはパワーライフルによって破壊される。
【周囲動体反応なし。残敵を表示】
力場が滑走の力を受け止めると同時に前進のイオンスラスターを吹かす。決して振り返ることなく次の目標へと向かう。
「待っていてくださいグランマ。こんなふざけた場所からさっさと帰りましょう」
そう呟いて地面を高速で滑走しながら次の蹂躙先へと銃口を構えた。
新しいイラストが増えました。作者はいつものふぃろさんです。
https://twitter.com/nobumi_gndmoo/status/1058293151901736961




