多くある何気ない事象の一つ
祝50話
こんばんは。世界標準時19時の世界統合メディア「ワールドメディアニュース」です。
まずは英国各地での一斉暴動の話題です。英国首相の「クライスアーリア」への参加の検討の声明によって。移民や難民その3世4世がロンドンで暴動を起こし。それがSNSで拡散するとバーミンガム、リヴァプール等の主要都市での大規模な暴動に発展。
英国政府は軍に鎮圧を命じましたが一部将校が命令を拒否。難民移民系と反クライスアーリアの自由主義を掲げる将校が連携して声明を発表しました。「我々の祖先は100年前にナチスを退けた。今回もそうなるであろう」と政府や国民に呼びかけました。
しかし、暴動はおさまりを見せておらず住民同士の衝突によって多くの負傷者が出ています。それからまだ未確認の情報ですが「クライスアーリア」を支持する部隊によって命令を拒否した将校や部隊へ発砲、両者が交戦状態にあると言う情報が入っており。確認を急いでいます。
次も「クライスアーリア」の話題です。
欧州から「三日月と星」が駆逐され。次の目標に北アフリカへの進出を発表しました。これを受けてアルジェリア、モロッコ、チュニジアの各政府は軍の通行を許可し、自国を攻撃しないように求め。これを「クライスアーリア戦闘同盟議会」は認可しました。エジプトとトルコを始めとしたイスラム圏の国家はそれらの国を「ナチズムに屈した」と非難しました。
アメリカもこの動きに懸念を表明していますが。「資本主義の破綻」による「世界恐慌」より深刻な経済不況から立ち直れず。失業率は40%を超え国内の暴動や治安の悪化、中央政府への失望から州独立の動きもある中。現政権は平和維持軍の派兵も困難で事態の打開には何ら力を持ち合わせていないとみられており。今回の英国での暴動によって自由主義陣営の凋落が明らかになってきました。
次は日本。イヌモ企業国家統治領九州の難民居住区から出火、火災の勢いが増しています。イヌモはつい最近、議会制民主主義への移行が成されたばかりで……。
―――
遠くから燃え盛る炎が迫る中。炎を超えて展開してきた防人とマテリアルハザードの混成部隊をビードローンが捉えた。逃げ惑う難民を無視してまっすぐ中央病院へと進軍していく。
トラックを降り四方に銃を向け警戒しては複数の分隊に分かれてあらゆるルートをしらみつぶしにしている。目標が居れば始末し、黙ってやり過ごしたならそのまま炎に巻かれてもらい。工場以外数少ない鉄筋でつくれた中央病院に向かう。
いずれナムルにたどり着くのはそう時間はかからない。
彼らの指揮官が唯一の心配するのは遺伝子強化体2番が分隊に奇襲を仕掛けて来ることだった。偵察ドローンのスポットをすり抜けて、神出鬼没に銃撃を行うが捕捉されれば物量には対抗しきれず、すぐに撤退してしまう。
……
「流石にこれは」
気絶したアギを中央病院にいるナムルに託した衛利は、迫りくる敵の迎撃に当たっていた。
建物に刺した疑似筋力繊維の伸縮を繰り返し縦横無尽に街を駆け抜ける。奇襲を仕掛けても反撃までにコインガン数発分だけしか攻撃できない。欲張れば防人の装備している電磁ライフルで、すぐに体を撃ちぬかれるだろう。
更に「防人の足元に随伴するモビルマテリアル」が即席の防護壁を作りあげてしまい。たとえ当たっても重要ではない防人の装甲を抉るぐらいしか出来ない。
一度見つかればスポットを振り切るために、時間をかけて全力で逃げ切る必要がある。その間に他の分隊が前進するから遅滞にすらならない。遺伝子強化検体でも単独で軍団に匹敵することはない。
≪衛利。私が目標の達成が不可能だと判断すればすぐにでも離脱するんだ≫
「柿種さんまで!」
≪すまない。だが、オマエまで失うわけにはいかないんだ≫
「……」
そういわれると衛利も黙るしかない。反乱で部下を多く失った柿種のメンタルも無傷ではない。分かっている衛利は初対面を思い出すとあの頃と比較した今の弱弱しさを感じられずにはいられなかった。
何か策がないかと衛利はあたりを見回すと、周囲は外縁にある集合住宅から、まだ難民居住区の初期に建てられた住宅街に差し掛かっていた。衛利はすぐさま声に余裕を含ませてから言った。
「大丈夫です。私にいい考えがあります」
≪どうする?≫
「もうこのあたりに人は居ませんし。どうせ燃えるなら……」
衛利は視覚に映る住宅街を生体CPUを通して柿種のモニターに送り付ける。
「あれ。壊しちゃっても構いませんね?」
柿種は少し沈黙してから口を開く。
≪……良いだろう≫
「分かりました。じゃあ警察機構の許可で壊しますから。賠償があればよろしく」
この期に及んでと柿種は顔をしかめるが、すぐにそれが自分が追い詰められている証拠だと気が付いた。それは衛利が自分が隠していた消沈を感づいたからだと。
ふっ。と鼻で不敵に笑うと柿種は大きく息を吸ってから答えた。
「イヌモと共同で払うように裁判AIに訴えるよ」
飛び出した衛利はビードローンを飛ばして周囲の状況を確認する。同時に量子レーダーをフル稼働、【知恵の実】に登録された家の情報を取り出して重ね合わせるとそれぞれの家の構造の弱点が青い点になって表示される。
【敵スポット完了。最適な攻撃を行えるポイントをピックアップ】
青い点が減っていき選出されたものだけが衛利の視界に残り、そこまで疑似筋力繊維とイオンスラスターを用いて空を駆け抜ける。途中で両腰の疑似筋力繊維が二本の棒金状の物を前方に放り投げる。衛利は両手のコインガンが自動で銃口を開かせてから突き出すと、棒金状の弾丸をくわえ込み装填され、銃口が引き締まり発射可能になる。
「弾は多くはないけど。それでも十分」
外縁ではないと言う事は。つまり中央病院へと確実に近づいていることだ。衛利は再び気を引き締めてから吠えた。
「防人『50体』ぐらいで。この先は進ませやしない!」
―――
「クリア」
セルゲイの部隊は速足でセントラルビル一階の病棟を駆け抜けていた。この時間に働いている人間はいないし。病室に居る人間も稀だ。
「目撃者がいればすべて消すんだ」
透明のマントに身を隠しながら監視カメラを逃れる彼らはスムーズに目標の部屋まで達すると、明かりの点いた部屋に部下が手をかけてからセルゲイはマントの間から親指を立てた。
開かれる扉。突入する分隊はすぐに理解する。そこにはユリアスの姿はなく。ただ一人の老婆が病室のベッドに上体を起こしていた。
突然の客に老婆は特に驚くことも呆然とすることもなく。冷静に挨拶をした。その対応に底知れない不気味さを感じ、老婆が何かを感づいて理解しているのをセルゲイの勘が教えてくれた。
「こんばんは。今夜はお客様が多いのね」
「ユリアスはどこだ?」
セルゲイはマントを取ると老婆に消音機が内蔵された拳銃を向ける。
「ユリアス? ああ、リリーならここを出ていきましたよ」
「どこにだ?」
「場所は分かりません」
「とぼけるなよ」
老婆は首を横に振ってから「本当よ」と言った。セルゲイは納得して老婆の頭に銃を向けると、老婆はまっすぐセルゲイを見つめた。
「もし知っていたとしても。教えてやるものですか」
「なに?」
「私はその目を、知っています。その目を持つものがどのような者かも。だから貴方はもうリリーと行動を共にする事は出来ないでしょう」
セルゲイの表情は変わらないが、老婆の言葉に少し動揺して引き金を引きそびれてしまった。老婆は微笑んで続けた。
「リリーの目は綺麗です。まだ同義のために戦えるでしょう。だけど貴方はもはや同義に何ら価値を見出してはいません。だからもうリリーは、あなたの元へは戻らないでしょう……」
セルゲイは一発を確実に撃ちぬいた。脳を破壊された老婆は確実に死に。セルゲイはボックスに何事もなかったかのように報告する。
「ボックス。いるはずの場所にユリアスはいなかった。特定を頼む」
通信を終えるとセルゲイが再びマントを被ると、決して老婆に振り向かずに独り言をつぶやいた。
「戦わなくてもいい。ただ最後は傍に居てさえくれれば」
願望とも諦めともつかない言葉は、誰にも聞かれぬまま病棟の廊下に消えた。
記念品は悲劇です。




