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いいからやれ

 下層から続くエレベーターはいくつもある。主に出入り出来るのは難民居住区で建設途中で廃棄された地下鉄駅。電車で隣駅のはずだった施設まで行くと存在するエレベーターがある。その他には物資輸送用の空港と港に延びる電車と複数の非常用のもの。


 そして。


「まさかセントラルビル直通の物があるとはな」


 セルゲイは複数の武装した隊員を連れていた。貨物用の広い空間はセルゲイがかつて乗った祖国の空母で、艦載機を甲板にあげるエレベーターによく似ていると思った。


≪もともと下層はセントラルビルでは堂々と出来ない事を好き勝手にするために作ったからね。当然さ≫


 通信先のボックスが答える。セルゲイのかぶるヘルメットに内蔵された網膜投影システムからセントラルビルの構造が映し出され、目的の部屋までのルートまでが表示される。


「奪還すれば記憶や性格をまた再構成しなければならないな。最初は勝気だったのが懐かしい」


≪しかたがない。人格調整は自信を喪失には弱くなる結果が出たのだから。やっぱり自分の人格をしっかりと持っている方がブレないってことだ≫


「記憶操作技術の欠陥だな。もうよした方がいいんじゃないか?」


≪はっはっは。自信を無くせばすぐ新しい人格に書き換えるから心配は無用さ≫


「……」


≪身体的才能があって強いメンタルを兼ね備えた人間はそうはいない。だが科学はそれらを克服することが出来た。オリジンの中に人格をリンクさせれば不死にもなった≫


 ボックスの熱弁をセルゲイは口をかたく結んでいた。


「そろそろ到着だ」


≪あー、分かった。数十分前に盗み出した監視カメラのデータによると……。まだユリアスは病室に居る≫


「不正アクセスか、まだスフィアから正式なアクセス権をもらっていないのか?」


 呆れたようにセルゲイが言うとボックスは弁解した。


≪憐れんでくれ。スフィアは意地でも私に【知恵の実】のアクセス権を寄こすつもりはないようだ≫


 今は使われていない搬入用エレベーターが開くと部隊は迅速にクリアリングした後に隊員全てが緑のマントを羽織ると段々と緑が透明になり不可視状態となる。


 搬入室から繋がっている2階エントランスホールまで移動し、病棟がある1階の病室に行くだけ。誰とも戦闘をする予定はないし元からの部下を連れ戻すだけの気楽な仕事であるとセルゲイも内心どこかで油断していたのだ。


 だが期待はすぐに砕かれることになる。


「ボックス。イレギュラーだ」


 エントランスに入った直後にセルゲイはすぐさまボックスに報告する。


 セントラルビルのエントランスホールは無残に施設内の構造物の破片が散乱し、案内用の汎用フレームは火花を散らして倒れ伏していた。


 床には何かがこすれたような跡が有り、その一本の跡はエントランスの出入り口の窓ガラス。もとい綺麗な丸い穴となって外へ続いていた。


 セルゲイは首を傾げた。なぜならセントラルビルの警報は一切鳴っていないからだ。


 ―――


 セルゲイが突入する少し前。ユリアスは目を真ん丸にして鋼埼の作業を見ていた。


 ほんの少しの自動アームしかないしょぼい工作機械があるだけの部屋。鋼埼はかつて衛利が乗っていたラングレーボディの部品を手早く解体する。


「少し待ってくれ」


 空中でホログラムコンソールを開きながら鋼埼が諸々のデータを入力していく。


「材質……性能予測……残留電源……出力調整……っと。生体CPUを調整するから少し我慢しろよ」


 ものの1分で全てのデータを入力し終えると首輪に似た接続機器を取り出してから早業でユリアス取り付ける。固定された機器がうなじにある「ナノメイカー細菌」のコロニーへとアクセスするとユリアスの脳内にかつてオリジンとリンクした感覚が戻ってくる。それと同時にいつの間にか書かれていたスペックのデータをユリアスに送信した。


「余り物で悪いが今は贅沢は言えない」


 鋼埼が色々と設定している間にユリアスは脳内に送られる色々なデータを送り付けられる。その間にもアームはラングレーの解体したボディを違う何かに組み上げている。


【知恵の実の特別臨時アカウントを交付。臨時の為、正式アカウントより10分の1の演算割り当てしか用意されません】


 ユリアスの脳内でつながる【知恵の実】のアナウンスとあらゆるソフトの同期と更新が行われていく。


「ところで」


「どうした?」


 その間にユリアスは鋼埼に視線を送り口を開いた。気づきながらも鋼埼はホログラムから目を離さず設定を行っている。


「例え私が協力したところで難民と邦人の間にある問題がなくなると思う?」


「なくならないだろうな」


 即答するユリアスは不機嫌そうに言った。


「じゃあ今している意味は何なんですか? 無駄だと思うならいっそのこと難民達がみんな焼け死んだ方が問題の解決になると思いますが?」


 ユリアスは自分でも意地悪だと思った。毛頭そんな事は望んではいない。ただこの男はどうして無意味だと分かっていることにそんな必死になって居るのかを知りたかった。


「そうだな。暴力が一番簡単に問題を解決出来るからか?」


「どういう意味?」


「相手が何か文句を言いに来た時。単純にそいつを殴りつけて動かなくしてしまえばいい。問題を生み出すのは人ではなく主張だ。それを出来なくさせればいい。暴力は主張を消す一番簡単な方法だ」


「ますます意味が分からない」


「人は楽をするもんだ。暴力が一番楽だと気付けば人は永遠とそれに頼ることになる。こうなればそれ以外での解決方法なんて検討もしなくなる」


「それが統治すると言うのではないの?」


 ユリアスの反論に鋼埼は素直に答えた。


「確かに法律や秩序も国家権力が皆を従わせることで保っている。だが、俺が言いたいのは。こんな無秩序な状況でも穏やかな解決方法を諦めたくないだけだ」


「そんな理想的に」


「そりゃあそうさ。理想は歩いては来ないからな。自分から進まなくちゃ……できた」


 ホログラムを閉じて首に巻かれた端末をユリアスから取ると壁にある筒状の装置を開いた。


「これを着るんだ」


 鋼埼がユリアスに投げつけたバスケットボールサイズの球体を受け取った。それは真っ白カバーのようなものに覆われており。どのように着るのか見当もつかない。


【装着者は現在着ている衣服を脱いでください。サイズ不適合です】


 生体CPUからの警報にユリアスはすぐさま修道服を脱ぎ捨てる。鋼埼はすぐ後ろを向いて視線を外した。人前なのに手慣れているなと鋼埼は関心し、壁に備えられた機械の反射で覗き見ると「衛利よりは恵まれた体をしているな」と感想を抱くとユリアスは反射している場所を睨みつけて言った。


「聞こえてますよ。心の声」


「それは失敬」


 対して悪びれる様子もなく作業アームに向き合った鋼埼。その一方で下着姿となったユリアスに生体CPUは語り掛ける。


【スーツを胸部に当て自動装着します】


 胸部に当たった球体は接触した部分から黒い疑似筋力繊維が突き破ると、ユリアスの体に沿って絡みつきながら伸びると全身を覆うまで30秒もかからなかった。衛利の着用している物とは違い手足の先や体の一部覆う白い軟体のカバーが形成されている。


「アイギスの予備パーツから作ったから全身まで包むほどもないが。白いのは防護用ナノマシンでコーティングしている。出力はそこまでないが十分だ。おっ出来たか」


 鋼埼は作業アームが引いたのを見るとすぐ目視確認と診断ソフトにかけて動作を確認する。そこにあるのは現代で運用されるような細身ではなく一昔前のSF映画にあった外骨格のような代物。


「出来た」


 背中には巨大な電磁ホイールと一体となったジェネレーター。肩から腕にかけてパワーウェイトを得るためのパワーアシスト装置と軽量の装甲版。体幹と足までは重たい上半身を支えるために各所に数多の極小のイオンスラスターを備えている。


 すぐに装着させてジェネレーターを起動すると流れる電力の通り道に設置される極小のイオンスラスターが起動しユリアスの体を支え始める。


「ちょ……」


 だが、なかなかユリアスはバランスが取れないようでこの外骨格をモノにするのに手間取っているようだった。


「やっぱりか。とりあえずこれもつけてくれ」


 鋼埼がヘッドセットのようなものを取り出してユリアスの頭にかぶせるとヘッドセットに内蔵された演算装置が稼働する。それと同時にユリアスの運動神経と外骨格が完全に同調しバランスを取り戻す。


「あ、危なかった……」


「よし!とりあえず問題ないな!」


 ガッツポーズする鋼埼に対してユリアスは両掌を見てから言った。


「あれ? ところで武器は……」


「武器? 俺にいい考えがある。この外骨格は電磁シールドが張れる。シールドを伴い電磁ホイールで加速してタックルすればいかなる障害も排除できるだろう」


「え?」


 鋼埼はにっこりとしてから言った。


「今一階の武器庫が警察機構に接収されている。そこに突撃して取って来てくれ」


「その……それって」


「いいからやれ」


 ―――


 空からタンク一杯分の軟体な塊が地面に叩きつけられる。衝撃を吸収した媒介ジェルの中に野球ボールサイズからビー玉サイズまでの多くの鉄球が泳ぐようにうごめいていた。


 媒介ジェルは一定のサイズまで分裂すると、鉄球が4つの支点に集まってはジェルの運動によって徐々に押し上げられて足を形成する。大きめの鉄球が輪郭を形作り、小さめの鉄球がその隙間を埋めると。


「ギギギ……」


 鉄球同士のこすれあう音を立てながら「獣」が続々と生まれ始める。最後に媒介ジェルが不要な水分を放出し成分を獣の皮膚のように覆わせると。鉄球に内蔵されたマイクロチップの指令に従い数多の獣が歩を進める。


 その後方をトラックに載せられた防人が手にしたライフルを四方に向けながら揺られていく。その姿は装甲車よりも威圧感を放ち目撃した人々も我先にとトラックから逃げ惑う。


 炎を迂回した軍団は着々と中央病院へと進撃を開始していた。


 ……

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