抗う者たち
大通りに面した難民区にそびえる鉄筋コンクリート造りの5階建ての病院に電気は灯っていなかった。イヌモが電気を止めたのは人々の生命にも重要施設だって例外ではなかったのだ。
夜になれば手術をする明かりどころか生命維持装置から医療品を洗浄する綺麗な水さえ流れない。既に予備電源は使い切った中で動かない車から盗み出した非常信号灯の灯りは、もう動かなくなった私服を着た患者達の列を照らし出していた。
医師や看護師達はこの作業を的確にかつ手際よく済ますと、コンクリートブロックで四角形に組まれたの炉の中に折り重なるよう死体を入れる。死体の間に不潔になって使えなくなったガーゼ等の紙ごみを隙間に敷き詰める。
死者の家族もこの光景に眉をひそめるが誰も文句をいう事も止める事もしない。電気が止められた日から始めたことだ。一世帯当たり一つ配給される熱と光を提供してくれる使い切りの電子松明も配給状況が安定しない。エネルギーを極力使わない努力が必要だった。
それでも腐敗と菌の増殖は待ってくれない。作業を終えた看護師達が退くと「山」に近づいた「若い男の院長代理」は手に持ったマッチを手早く火を付けると死体の隙間のガーゼを着火させると、患者の服へと燃え移り徐々に火の勢いが強くなる。
前の反乱で傷を負った男、季節の変わり目の寒さに持病が併発した老人、生命維持に必要な装置が電力停止で動かなくなっても力強く生きた女、他愛のない傷から感染症に犯された子供。皆平等に死に、燃えて違う何かに変換されていく。
「院長先生!」
厳粛な雰囲気に突然、看護婦が走り寄ってくる。院長はすぐさまに「急患か?」と聞くと看護婦は首を横に振った。
「今たくさんの人が病院に向かってきています」
「理由は?」
「火災が激しくなって避難してきたようです」
院長も火災の事は小耳にはさんでいた。だが、いくら反難民の政権だろうと流石に放置はしないだろうと考えていた。自分より上の医師が全員逃げ出してしまったのは今になってみれば、彼らの方が正しかったとさえ思い始めてしまう。
「分かりました」
院長は振り返り皆に叫んだ。
「ここを避難所にします!患者達を出来るだけ一か所に集めてください。いらない資材は窓から投げ捨てて一人でも多く病院に入れるように!負傷した人がいるかもしれないから救護室は最後まで空けて!」
空にある厚い雲は朱く染まりその火災の規模がどれだけ広がったのかを思い知る。
「どうしてこうなった」
彼は難民の融和を小さな事から始めようと、だからここに来た。だが、世界はいつも望む方とは逆にひた走っていく。気づいてすぐに首を横に振った。
「違うか。世界が望む方向の逆を自分が走っているだけか」
それでも止まることは出来ない。自分がするべき事と思ったことがあるのだから。
既に行動を始めているスタッフに混じり院長はすぐさま病院へと入ろうとした時。複数人を引き連れた男性に呼び止められた。院長が振り返るとそこにいたのは一部の人間が知っている顔だった。
「君がここの院長だと聞いてね」
肩で息をしながら汗をかいたナムルがそこにいた。電気が止められた後でメディアが機能しなくなった難民居住区ではナムルと言う存在を知っていても顔を知らない人間も多かった。
「貴方は。ナムル代表ですか?」
院長の言葉にナムルはうなづいた。院長の携帯端末は私物のソーラー発電バッグで充電が出来。いつでもメディアにアクセス可能であったからその顔を邦人メディアのニュースで知っていた。
「火災がひどくなっている。ここに人々を収容できないか?」
「今やっています。ですが」
少し言いよどむ院長は歯切れ悪く言った。
「居住区いる難民全てを救えるわけではないのをご理解ください」
―――
「失礼するぞ」
鋼埼が病室のドアを開けると暗い部屋が自動で明るくなり、ユリアスとシスターグランマは飛び起きた。
「なんですかあなた!いったい。非常識ですよ!」
突然現れた見ない顔にユリアスは警戒丸出しで威嚇すると鋼埼は淡々と要件を伝えた。
「衛利の報告では。君は確か生体CPUを注入されているよな?」
「……答えません。それを答えて何になるんですか」
ユリアスはふとこの問答が交渉に使えるかもしれないと閃きもったいぶって引きずろうと考えたが、鋼埼の答えでその考えは一瞬で消し飛んだ。
「これが今の難民居住区の映像だ」
鋼埼が小さな端末がら浮かび上がった燃え盛る難民居住区の映像に、ユリアスは顔色を青くすると冠りを振ってこたえた。
「そんなはずはありません!ほらこの病室にある電子窓は何も映ってないじゃないですか」
高層の景色を映像で映し出す電子窓は確かに普段のように寝静まった街を映している。すると鋼埼は権限を持って電子窓に流れる映像を日付が一日遅れている映像から現在の映像へと変更する。
「プライベートフォースが盛んだった時によくやった手だよ。イヌモには深夜に働く邦人はかなり限られているからな」
赤々と燃える難民居住区の映像にユリアスとグランマは唖然としてしまう。鋼埼は気にせずただ質問を突きつけた。
「ちなみにイヌモはこの火災について何ら手を打っていない。住民全てが焼けても知らぬふりをするだろう」
「……」
「俺の同士が今。この中から一人でも多くの人間を助けようとしている。もし生体CPUを持っているならどうか力を貸してほしい」
このとおりだと頭を下げた鋼埼にユリアスは顔を背けてしまう。
「私は……」
「リリー」
グランマの一声にユリアスが振り向いた。
「助けを求める人から目を背けてはいけません。あなたに力があるならその責任からも」
穏やかな顔でグランマはユリアスを見ている。これでは首を横に振れないのを知っているのだ。
「どうするんだ?」
更に畳みかける鋼埼にユリアスは少し目を閉じて感情を落ち着かせると答えた。
「行けばいいのでしょう? 行きますよ」
「分かった。来てくれ」
二人があわただしく部屋を後にするとグランマはふっと息をついて虚空へ言葉を投げた。
「助けを求める人から目を背けてはいけません。何もしなければ、後悔が残るから」
短くてすいません。1文字でも多く進めたいと思います。




