小休止
「なぁ司徒。お前たちESP能力者が命令信号を含んだ脳波を他者へ飛ばして操ることが出来るなら。一人が多くの人を支配することが可能なのか?」
「理論上出来ると言うだけさ。私や衛利も今のところ一人すら完全に操れない。ただ働きかけるだけだ」
「訓練すれば他者のコントロールは実現出来るのか?」
「出来ないことはないが必要がない。人間に言う事を聞かせる術はいくらでもあるからわざわざ操る意味がない」
「だが、もしそういう人間が現れる可能性があるとすれば」
「居てほしいのか? 鋼埼さん。貴方の思想は理解出来るが。しょせん人間は自分の視点からしか物事に対処することしか出来ない。誰が頂点に君臨しても同じことだと思うけどね」
「今はそうさ。現実で人はこうやって殺しあっているが、俺はそれらを超越する視点を持って調停する絶対者達が現れると思っているのさ」
「それを作り出すのがあなたの夢か」
「人は少しずつ変わっていくのさ。俺は人類が争いを超越した世界を作り出したいと思っている。武力じゃなくて相互理解でね。お前たちESP能力者は俺にとっての次なる人類の姿だ。お偉方には一笑に伏されたけどな……ははっ」
「ブラックスワン」
「ん? コクチョウのことか」
「昔、黒い白鳥は(存在しないともの)の意味だったが、見つかると人々は驚きを持って(常識を疑う)(物事を一変させる)と言う意味となった。今は戦いでしか自分の生存を確保出来ない時代だが。それでも貴方はそれを調停するブラックスワンを追い求めてようとしている」
「……」
「信じているよ。これは【知恵の実】からの予測ではなく利府里司徒個人の考えだが。そうだ。これをあげようと思っていたんだ」
「なんだ。脳波コントロールチップ?」
「その中に入っている『イマジンソフト』には、一切のプログラミングなしで使用者の考えた機能へと変化する。それがどんな機能だろうと規格だろうとね」
「まるで幹細胞だな」
「そうだ。一度変化すれば変異能力はなくなる。もしも何か大事なプログラミングが組めなかった時にでも使ってみてくれよ」
………
「夢か」
自宅の寝室で鋼埼は目を覚ますと外はまだ暗かった。のどの渇きを覚えてから自動でついた薄い照明を頼りに、ウォーターサーバーのそばにあるコップ用の洗浄機から綺麗なコップを取り出してから水を注いだ。
「ブラックスワンか」
鋼埼は水を飲みほしリビングの椅子に腰かけると、テレビを点けて画面を自分の製作したプログラミング作業画面へと合わせる。その隅に表示されている夜の9時に始めたシミュレーションはすでに終えており結果が映し出されていた。
(2100年台で崩壊)
地球上のあらゆる要素をシミュレーションする画面で地球上に数多に存在する点が光を失っていた。それから地球の画面は消えると、緑色の光の線が集まり球体となった【知恵の実】とは別の判断ソフトデータが映し出された。
「シミュレーション結果のリプレイ」
鋼埼の言葉に緑色の光の球体は応じると球体がはじけて、一部の強い光を放つ線が拡散するが大方の光の線はかき消されるように消失した。拡散した一部はそのまま渦を巻きながらもう一度球体へとなっていく。それからまた元のサイズへと戻っていくと再び弾けて広がっていく。
世代を交代しながら増えていくデータが傾向は誕生時にランダムで設定されていき寿命も一定ではなくなっていく。半永久的な不死身であるデータに「死」の概念が設定された「電子生物」はそれがもっと拡散し続ける。
数え切れなくなったそれらを鋼埼は数字が並んだ表を拡大させる。独立したデータは親の傾向に似通ってはいるが、その中でそれらに従わずに独自に積極的な情報を収集した結果独特の思考を持つ個体も現れる。
(死を理解出来ないなら死を持たせてやればいい。でなければ【知恵の実】は人と寄り添えない)
知恵の実の備わっている判断ソフトとは別の思考を持った判断ソフト群。だが、それらはシミュレーションに仕組んでいたイベントウィルスによってほぼ壊滅するとインフラが復旧する前に社会が壊滅してしまった。
「リプレイ終了」
組み始めてからだいぶ時間をかけたはずだがまだ脆弱性が解消されていない。鋼埼は首を振りながら内省を始めると、ふとある2つのファイルが目についた。利府里司徒からかつて受け取った『イマジンソフト』が入ったファイルと(カスタムAIファイル)と名付けられたファイル。
一旦『イマジンソフト』に手を伸ばしかけるが何もせず(カスタムAIファイル)のアプリケーションを動作させた。それが動くことはなく虚空と彼へと宛てたAIからのメッセージだけだった。
【ありがとう。さようならマスター】
ただそれだけのメッセージと共に3年前に新人の頃から彼を支えたAIは鋼埼の前から消えた。「奴」がいてくれればどれだけ開発の助けになったのか鋼埼は物思いにふけながら肩を落とすとすっかり目が覚めてしまった。
「体に悪いと思うが」
久方ぶりに趣味のワインセラーを開きグラスに一口だけ注いで一気に飲み干す。ベッドへと戻るとアルコールが心地よく彼を夢の中へと引きずり込んだ。
―――
燃え盛る工場跡から場所を移し衛利は空き家でフレームマンと共に居た。
「変な動きをしたらいつでも叩き壊してやって」
ラングレーにそう命じると折られた左腕の内出血した部分をさらけ出すと『医療用ナノマシンシール』を貼り付けてから『覚せいタブレット』をかじる。痛みが徐々になくなっていき負傷で乱された心も落ち着いていく。
シールをテーピングテープで巻こうとした時フレームマンとラングレーを見比べた。普段は異分子に対して警戒を緩めないラングレーが落ち着き払ったように寝そべり、フレームマンは何をするわけでもなく椅子に座っている。
「手伝おうか?」
「いりゃにゃい」
テープの端を噛んで固定しながら右手でしっかり患部を巻いていく。
「ナムル氏のことは少しは知っているかな?」
フレームマンの問いかけに首を横に振った衛利。
「ナムルは元はイヌモの難民居住区の情報員で、イヌモとかかわりを持ったのはイヌモ成立初期からずっとこの街と人を見てきたこれ以上ない難民側の有識者だ。だが、奴はプライベートフォースと共謀して反動難民の殺害にも関与してきた。本当に奴が融和を望むような人間なのかもう少し考えた方が……」
「ふぅん。詳しいのね」
興味なさげに衛利は言うと巻き終わった包帯を口から離してアイギスを再びまとわせる。
「それがどうしたって感じだな」
「プライベートフォースは死そのもの。かかわった人間が例え悪逆非道だろうがイカれた快楽殺人者であろうと虐殺とは無関係ではいられない。生きるためにする人間だって多くいるわ」
「……そうだったな」
フレームマンがラングレーの頭に手を乗せてよしよしするとラングレーはうっとりとされるがままに撫でられる。
「ちょっと? 私の家族に気安く触らないで」
衛利の少しドスの利いた言葉でラングレーは慌てて立ち上がり、フレームマンは撫でた手を振りながら遠ざけた。
「くぅ~ん」
残念そうなラングレーに衛利はさらに疑念を深めながらも念を押した。
「ナムルやプライベートフォースの実態や内情にお詳しいようだけど。残念ながら私のやることが変わることは一切ないから」
「それが本当にこの街のためになっているのか?」
「どういう意味?」
「いや。ただ言われたことだけやっていれば君の求める平和が訪れる保証がないというわけで」
「今の私はただの暴力装置に過ぎない。根本的な解決は賢者たちがやるべきことで私はただそれらを悪意ある連中から守るしか出来ないの」
苛立たし気に衛利は立ち上がるとラングレーを呼び寄せた。
「今はやることがあるから。そのポンコツフレームを誰が操っているのか詮索するのはやめておいてあげる」
「ああ、また話す時がくればいいね」
空き家から出て行った衛利をフレームマンは見送るとあることを思い出して手をたたく。
「……そういえばレーザーから助けたお礼言われてないな」
仕事とAOEで忙しいです(言い訳)




