燃え盛る十字架
私はまず生みの親から捨てられました。そして敬愛する人から捨てられました。最後に拠り所から捨てられました。
きっと演劇なら雨が降っていたかもしれません。でも、下層から逃れた私を快晴の夏空が出迎えました。暑くて喉が渇くとそこらの草を噛んで喉を潤しました。とうとう力尽きて汚い建物の隅に縮みこむと隣でトカゲが干乾びて死んでいました。きっと私もそうなるのでしょう。役に立たなければ消えていくのが世の常なのかもしれませんね。
目覚めればベッドの中でした。近くから子供たちのはしゃぐ声がします。見れば身寄りのない人々が生活を営む教会がありました。そこで食べたパンの味を今でも忘れられません。なんたって虫で出来た粉を代用しているのですから下層でボックスが出してくれる食事とは段違いに違和感がありました。でも、そこにはもう戻れないのです。この世に神なんていないと思っていましたが、像と十字架を前にみんなで祈ると本当に神様がいるのかもしれないと思います。
慣れない子供たちの交流も更新が停まった生体CPUからなんとか知識を引っ張り出しESP能力を駆使してなんとか嫌われないように済んだようです。とても順調な日々を過ごしていました。しかし、ミング将軍の「救世の蜂起」を境に物資は苦しくなりました。難民居住区で作られる製品は取引停止、原料の輸出を拒否されました。当然ですね。
子供たちの食事と衣服や勉強道具を得るために物資を担う組織に取り入りました。時には体を使いました。ESP能力で相手の脳に介入し、その人にとって何が一番良いのがすぐに分かりました。ちょっとずるいと思いますが、私の交渉によって教会は周りの苦境に関わらず3食を欠かしたことはありません。欲望と体液を受け止めるのに今更なんとも思いません。あの「化け物」の殺意と血液よりは遥かにマシなのですから。それに何と言っても私はここで役に立っている事がとても嬉しく思ったんです。
苦しくもありましたが今私はとても幸せです。きっとボックスは証拠を消すために下層や難民居住区を探し回っているのでしょう。おそらくセルゲイも。きっと見つかればなすすべもなく私は殺されます。でもその間私は幸せであり続けます。でなければきっと「化け物」の言うとおりになってしまう。それじゃあ癪だし悔しいじゃありませんか。せめて負けたなら思い通りにはなりたくありません。
その幸せが今、私の目の前で燃えています。
……
爆風が被り物のベールを吹き飛ばし、熱が伏せた二人の後頭部と背中、ふくらはぎを掠めていく。人間が居ることなど知らないように無慈悲な化学変化が目の前を塗り潰す。
「立って逃げなさい!早く……」
衛利は立ち上がりシスターリリーに向直ると言葉を詰まらせた。リリーも顔をあげて衛利の顔を見る。
「あなたは……」
そこまで言いかけてから衛利は踵を返して燃え盛る教会に突入する。その瞬間教会の壁が耐久を失いメキメキと音を立てた。
(まさか、ボックス!?)
とうとうこの時が来てしまったと思うとリリーは立ち上がろうとするが力が入らない。重い物がのしかかったように体が重く熱気と黒煙が立ち上がる意思を威嚇する。
(私のせい……)
それでも両足に力を込めて立ち上がるが、既に教会の中央は崩壊し始めた。その時視界の端に人間の一団が全力で退避してきた。小さな背丈から子供達とシスター達。そしてナムリが身を屈めながら教会から離れていく。
リリーが安堵した瞬間。中央が崩れ落ち屋根の上にある木の十字架が前屈みで落下する。リリーは尻もちをついてそこから引くが、その目の前に燃え盛る逆さの十字架が突き刺さった。強烈な熱源にまた晒された文字通り目が乾いたリリーは顔を背けるが顔の陰から少し目を開けた。
(ああ、これは)
許しの象徴が目の前で燃え盛り、おまけに今までの奉仕を突き返されるように逆さに突き刺さる。
(どうあがなおうと無駄なのね。私は永遠に)
気がつけばユリアス・ホワイトの体から重しは消えていた。立ち上がると逆さ十字と対峙した。どこからか子供の声がする。
「シスターグランマがまだ中にいる!」
はっとしてユリアスは教会を見る。意識を集中すると教会の中にはまだいくつかの脳波反応が残っていた。だが、今のユリアスにはどうする事も出来ない。またバリバリと壁が崩れる音がする。
「うわあああああ!!」
燃える教会から庭へ何かが宙へと飛んでいく。それが子供とユリアスが認めて受け止めようとするが、その横を先にまた黒い何かが飛び出して触手のような物で子供をキャッチした。
「ワン!」
真っ黒い狼型の4足ロボットは体から伸ばした触手で器用に子供をキャッチして優しく降ろすと逃げるように促した。それから教会の中から宙に飛ばされる人々をキャッチするのを繰り返しその最後の一人は老婆。シスターグランマだ。
グランマはキャッチされて地面にゆっくり降ろされると苦しそうにせき込んだ。顔はすすと表皮の赤が混在するがそこまでの外傷はないようだが、明らかに脳波が弱まっていた。酸素が全く足りていない。
「グランマ!しっかりしてください!」
呼びかけても朦朧とした意識の中で反応が薄い。ユリアスが人工呼吸を行おうとしたした時、目の前の黒い足に気が付いた。
「どきなさい」
黒い外骨格に本能的に体が引いてしまう。グランマの横にしゃがみこんだ衛利は自身の鼻と口を覆う酸素吸引機を取り外すと、グランマの口に押し当て吸着させてから吸引機にあるボタンを押した。計算された気流の強さで肺までの気道を酸素が通り抜ける。
グランマの容態が落ち着いたのを見届けると衛利はユリアスに目を向けた。
「生きてたのね」
「……」
ユリアスが恐怖と怒りが入り混じった感情を頭の中でミックスさせる。ESP相手なら答えはこれで十分だ。一方、衛利は至って平静の脳波と口調だった。
「良かったわ。生きていて」
「良かった?」
意外な言葉にユリアスは面を食らい困惑する。突如後ろから触手のような物がユリアスの体に巻き付いた。後ろにはラングレーが疑似筋力繊維を伸ばしていた。
「えっ!何?」
「聞きたい事があるの。たくさんね」
衛利の目がユリアスを見据える。意識超越で何度も殺された経験がよみがえりユリアスの顔はつい恐怖で引きつってしまった。




