人に成るために
天井から釣り下がったアームがコンベアーを流れるパーツの塊に取り付いては様々な加工を施している。しかし、稼働しているレーンは一つだけで後は汎用フレームが壊れたコンベアーの残骸を掃除していた。
奈須玖はイヌモセントラルビルの地下施設にある汎用フレーム生産施設を見学していた。
普段は式典用に着る警察機構の制服には、灰色の生地に肩や左胸に黄金の意匠をあつらえて、さながらどこかの国の将軍のような出で立ち。それに加えでかい肩幅と高身長とスキンヘッド、おまけに真っ黒い眼球に黄色い光を放つ両目の義眼が怪物的な威圧感を出会う者全ての第一印象に与えていた。
「まだ一部しか動いていないようだが」
傍にいるタブレットに目を落としている細身のお付きはデータをまる読みする。
「解体作業や暴走の損傷著しく稼働率は約20%です」
「1日何体出来るんだ?」
「えっはい。一日ぃ……10体です」
「もっと稼働率はあげられんのか!」
苛立ちながら大声を問い詰めるとお付きは慌てて知恵の実が映し出す文章を読み上げる。
「ヒェ……。あああ、駆動系、装甲、武装全て強化しているものですから数は施設充実まで期待出来ません」
「クソ二鏡め。何がその時汎用フレームがなぜか暴走しただ。こんなに滅茶苦茶にしおって」
反乱鎮圧に使用した汎用フレームも最低限残して全てが終わると自発的にバッテリーを加熱、炎上させて自壊した。そして、この地下工場も暴走した汎用フレームによって滅茶苦茶に荒らされて破壊された。
奈須玖は汎用フレームを武装化させた完成品「サキモリ」を眺める。角ばった藍色の装甲が各所に設置され、頭部にはY字型のカメラアイが黄色く光っていた。
両肩や両腰に設置されたブースターが機動性を担保しながら、汎用フレームに供えられた市街戦の機能は一切失っていない。だが、一台は明らかに高価で数も揃えにくい。
解放党の羽今が高性能の戦闘ロボット部隊による治安維持を議会で通した為しかたがなく奈須玖も従っているが、数が揃わない歯がゆさが奈須玖を苛立たせていた。
「まったくけしからん。維持費は同等でも少数精鋭の方が損耗が少ないと言う試算は当然ではないか!広範囲はドローンでカバー出来るから数もいらない机上の空論でまんまと知恵の実に乗せられおって」
知恵の実は決定はしない。ただ提案をするだけだ。九州新都市に張り巡らされた家電や情報端末から収集した情報をまとめるだけ。これ以上なく正確なデータの塊。
逆に言えば人間は何ら決めることが出来ない。データが提出した選択肢を議論して決めることだけだ。
「メニューからしか頼めないような腑抜け共に私のやり方に口出しさせてたまるか。羽今によろしく言っておけ」
「は、はい了解しました」
ひとしきり八つ当たりを終えた奈須玖は不満気に工場を後にした。
―――
空が青くなり始めた難民居住区。建物の屋根の上で衛利は静かにドローンからの監視情報を生体CPUで受信していた。
≪衛利か。今良いか?≫
鋼埼が珍しい時間帯に通信をかけてきた。
「どうしました?」
≪反乱の鎮圧した後に柿種さんの働きに栄誉賞が贈られたそうだ≫
「そうですか……」
≪興味なさそうだが。そうとはいかない。受賞式及び殉職した機構員への慰霊の警護に柿種さんがお前を指名した≫
「それで?」
≪それでって?≫
「受けるんですか?」
≪好きにしろ。お前が決めるんだ≫
沈黙が続く。衛利はなかなか決めかねているのは鋼埼も分かっている。今まで自分への決断をした事がない人間には不慣れな事だ。
「今の任務に被らないなら受けてみようと思います」
≪そうか。柿種さんからは式典についての詳しい内容が送られてくるはずだ≫
「鋼埼さん」
≪なんだ?≫
「色々変わったような気がします。昔から」
≪そうだな。あーそれともうすぐ特別な日がある。分かるか?≫
「いえ」
≪もうすぐお前が生まれてから20回目の誕生日だ≫
衛利は困惑して言った。
「20回目の誕生日に何か特別な事が?」
≪その昔。この地が日本行政下にあった時、成人式って行事があったそうだ。つまり大人になるってことらしい≫
「20歳になると急に大人になるんですか? 鋼埼さんはどうだったんです?」
≪そんなわけない。いつまで経ってもいくつになろうと大人になった自覚がわからん≫
「じゃあなんでそんなものがあったんでしょうね。意味がないのに」
≪意味がない……か。イヌモは合理主義だからなぁそういう文化を廃止していって結局何が目的なんだってたまに思うんだ≫
「合理的であれば経済はまわり生活は良くなって人々は幸福なはずです」
≪だが人々の幸せが経済によって左右されるのか本当はどうなんだろうな。三食とおやつと十分な睡眠時間。それと酒で昔から十分なはずなのにな≫
衛利は沈黙する。鋼埼の言う事が全く理解できない。
膝を抱える衛利を朝焼けが近い空の風が吹いて長い黒髪を揺らす。風が通り過ぎ髪がアイギスの表面に垂れる瞬間に、衛利は【知恵の実】に乗っている誕生日の情報を閲覧し終えていた。
「それで私はどう祝えばいいんですか?」
≪えっ……いやケーキとかなんとか用意して≫
「私には祝わう家族もいません」
≪うぐっ……いや。いる≫
「え?」
≪そうだ!二鏡さんの別荘にお邪魔しよう≫
「そんな。まだ仁美さんは」
≪きっと顔を見せれば喜ぶ。病院だってメンタルケアも順調だって退院を許されたんだ。哨戒任務だって予定を調整すればなんとなる≫
「……どうしてそこまで。誕生日にこだわるんですか?」
鋼埼は呼吸を整えて自分の考えをはっきり伝えるため言葉を選んだ。
≪衛利。完全に自由とはいかない。ただ俺はお前が一人の人間として生きて欲しいと思っている。だから、いきなり全てを決めさせるわけじゃないが。少しずつ自分の事は自分で決めさせようと思う≫
「それは、ありがたいこと……なんでしょうね。歴史的に見て」
≪はは。歴史的にか。奴隷解放じゃあるまいし。まぁ自由が全部素晴らしいとは思わないが。せめて自分の人生に責任を持てるようにしてやりたい。それだけだ≫
【警報:ドローン25番が反乱に加担した人物の顔を捉えました】
ドローンの報告に衛利はすぐに立ち上がりその背中を太陽が照らす。
「考えておきます。でも今は」
≪ああ。行ってこい≫
左手でデフォルトブレードを抜き放ち、遥か彼方の目標に目を向ける。
fixro2n (ふぃろ)さんに衛利さんの絵を描いて頂きました。ツイッターからどうぞ
https://twitter.com/fixro2n/status/1027858572531527682




