新たな段階
防弾ガラスの窓から見える都市の景色は空に厚い雲が覆い、晴れよりかなり暗い印象を受ける。
そんなことを思いながら近衛は給仕フレームの注いだお茶を飲み干した。その姿はオレンジ一色の目立つ囚人服に包まれ、今いる5星ホテルの一室と見間違えるほどの豪華な「檻」の中に閉じ込められていた。
≪間もなく取調が始まります≫
部屋のブザーが鳴り出して近衛はテーブルに向かい給仕フレームは椅子を下げ近衛は座るように促す。
ドアノブの無い自動ドアの空気音がするとタブレットを脇に抱えた柿種余里が現れた。
「おはようございます。近衛さん。良い天気ですね」
「おはよう。……私はそうは思わないけどね」
柿種は身を傾けて窓を見ると、はっして気まずそうに脇に抱えたタブレットを机の上に置いた。
「お忙しいようだね」
「以前よりは楽なもんさ」
柿種は椅子に座りタブレットを起動すると、タブレットはホログラムを空中に投影した。ホログラムには近衛が難民鎮圧の部隊が全滅した後にどこに行っていたかを示していた。
「近衛さん。あんたへの罪状は。重大な役職であるにも関わらず、その時に然るべき場所にいなかった(中枢職務の放棄)、イヌモ行政海域に近づいていた国籍不明ボートと交信していた(イヌモ行政外への無断渡航疑惑)、日本政府に邦人保護の名目を与えるために国防軍を招こうと難民を蜂起を画策した(外患誘致)と(内乱罪)……」
「それはもう司法AIから説明を受けたぞ」
近衛の指摘に柿種はタブレットの電源を切る。
「端的に聞こう。この陰謀は誰が立案した?」
「……黙秘する」
「こうなった以上。もう祖国にお前の居場所はないだろう。ここなら情報を提供しての減刑もあり得る」
「……」
「言わないつもりなら。俺も無理に聞き出すことは出来んよ」
大げさに部屋を見回した柿種は監視カメラを見つけると指差した。
「監視カメラがある。違法な取り調べがないかの資料になるからな」
「柿種さん」
「? どうした」
「貴方はなんの為にイヌモに尽くしているんだ?」
柿種は少し考えてから言った
「五里霧中で混迷な国家制度より企業政府は公益を重視する制度だからだ」
「他には?」
「他?」
「質問を変えよう。貴方はイヌモに誇りに持てるか?」
「ああ。そうだ」
「奇遇だな。俺も日本を誇りに思っているさ。例え日本が私を愛さなくなってもな」
「つまり。あんたは日本について話すことは何もないと言うことか?」
「そういうことだ」
「分かったよ」
席を立ちあがった両者。柿種は右手を差し出すと近衛はそれを見てから右手で握手する。
「また何か話す気になったらいつでも言ってくれ。会えてよかったよ」
手を離すと近衛は両手を組んだ。
「ああ。私も他に話す人間が居なくてさみしいんだ」
タブレットを抱えて足早に柿種は扉の奥へ消えた。誰もいなくなった部屋で近衛は念のために監視カメラのないシャワー室のトイレへと入る。そして、右手に握った拳を開くと、指の間に挟まれた折りたたまれた紙を取り出した。
『調べた限り、先日死んだ警察機構長がこの陰謀に携わっていた。元凶であると言っても良い。だが、自身の立場が脅かされるような事態に加担する動機が未だに分からない。前機構長と日本政府とのやり取りや取引が知りたい。この件にはもっと奥に黒幕がいる。もし日本政府が黒幕でないとしたら、日本政府もその黒幕に操られていることになる』
紙を折り畳むと静かにため息をついた。
「そんなもの私も知りたいよ」
―――
「帰ったぞ」
ボックスの研究室に入ってきた3番は誇らしげな顔で聞いた。
「やぁおかえり。今回も仕事は完璧だよ」
「当たり前だ。しょせん残党狩りだ」
ボックスはアームから目を離して3番に向き直った。
研究室の中にはカプセルが並んでおり中には色々な形状の外骨格が収められ、たくさんコードが体中につけられていた。
それをまじまじ見て顔をしかめた3番がつぶやく。
「これが例の第2シークエンスか」
「肉体強化の次には装備品だ。特に優良なユニットを組み込んだから個体戦力なら魔女すらしのぐ……予定だ」
「そいつはすごいな」
「優れた個体は引き続き捜索中だ。そのうち回収を頼むかもしれん」
小さな体をカプセルの前に寄せるボックスの隣に3番が来てから観察する。
「それぞれ外骨格の形状が違うようだが」
「脳内訓練で優良かつ得意な戦法に特化するように設計した専用の物だよ」
「尻尾ついてるのがいるぞ」
「映画のモンスターみたいに尻尾を使って攻撃する訓練をしてみたら意外と使えたから採用してみたんだ」
「悪趣味だな」
「嫌いか?」
「人間が人間していないのは美しくない」
「そうかな? 私は強いものこそ美しいと思うけど」
ボックスとの美学についてやり取りしているうちに研究室に通信コールが入る。ボックスは相手の名前を見てから一瞬ためらうと諦めたように通話を押した。
研究室のモニターに映されたスフィアの単眼カメラアイが睨んでいた。
≪ボックス。説明を求めるわ≫
「なんだよ突然」
≪今回は真剣よ。貴方の被検体が私の工作員が次々に殺しているようだけど?≫
「お前の子飼いなんていちいち把握してないぞ。俺はただ我々の存在が漏れないようにしているだけだ」
≪じゃあしばらく自粛してほしいわ≫
「君が工作員の情報を私と共有すれば済む話じゃないか?」
≪あなたは信用できない≫
「手厳しいね。同じ旧体制の頃からの仲じゃないか?」
≪昔のあなたはもう少し信念があったのにね。今では何考えているか分からないわ。なぜ【知恵の実】があなたを下層の長にしなかったのかもう少し考えてみたら?≫
「そうかな。私は【知恵の実】に忠実なつもりだったがね」
今のボックスに何を言っても無駄だと思ったスフィアは諦めて一呼吸置いてから言った。
≪ともかく。残党に忍ばせた工作員は難民居住区で活動させているからこれ以上粛清は避けるように≫
「分かったよ」
スフィアから通信が切られボックスはやれやれと3番に向き直る。
「そういうことだ。しばらく活躍はなしだ」
「なぁボックス。ここの組織は意思疎通が出来ているのか?」
当然の疑問に淡々と答えた。
「彼女が私を信用しないだけだ。下層の女王を気取るならもう少し堂々として欲しいものだ」
―――
修道服を着た老婆とシスターリリーは頭を下げながら黒塗りの高級車を見送った。
「リリー、シャワーを使いなさい。もうすぐ子供たちが帰ってきます」
「はい。シスターグランマ」
「……」
俯くグランマにリリーは元気そうに話しかけた。
「罪悪感を感じる必要はありません。ここが豊かになるならどんなことでもしますから」
「ですがこんなやり方をいつまでも続けるわけにはいきません」
「こんな私でも孤児院の運営を助けられるなら、私は何度も体を捧げます」
「リリー……」
気まずい空気を払うように修道院の門から大きな声が聞こえてくる。
「グランマァ!」
連れ添いのシスターに連れられて子供達が栄養スティックの袋を丸々一つを持って帰って来る。その先頭にアギが二人に手を振っていた。
「では私は」
リリーは手を振って子供たちに応えると修道院の中に消えていく。グランマも手を叩いて修道院に住む人間に食堂の準備を伝えにいく。
……
テーブルから栄養スティックの食べ残しが乗った皿を皿洗いの台所に持っていくとアギは子供の一人から話しかけられた。
「アギが言ったこと本当だったね。今まで半分しかなかったのに」
「へへ、言ったでしょ? 神様が教えてくれたんだ」
「神様が?」
「そうだよ」
得意げに話すアギともう一人は他の子が提案したかくれんぼに参加する。
昼に照らされる中庭で数人の子供たちが集まるとじゃんけんで鬼を決める。
アギは周囲を見渡しながら誰が何を出そうかと決めていると、一瞬だけ何か周囲に気配を感じて振り返る。
「?」
「「「じゃん!けーん!」」」
「あわわ」
気を取られているところを慌てて出したグーは他の子どもたちのパーに包囲されてしまった。
「アギちゃん鬼ね!30秒数えてね」
ちぇーっと言いながらアギがその場に身を屈めて両手で顔を覆った。
(30……25……20……)
目をつむり頭の中で秒を数える。だが、妙な気配を感じるのだ。
(10……5、4、3、2、1)
「もー!いいかい!?」
返事はない。これはもういいよの合図なのでアギは両手を顔から離した。気配も未だに違和感となってアギは感じ取る。
例えば近くにある林の陰。アギが近づくと段々と感じ取れる気配が大きくなり陰を除くと……。
「みーつけた!」
「えー? アギちゃん。絶対見てたでしょ?」
「みてないよー」
本当に見ていない。ただ自分の感覚を頼りに見つけたのだ。アギは本能的に気配が近いほどそこに人が居る事を覚えた。
それから全員を見つけるのに決して時間はかからなかった。余りの早さにみんなが不正を疑い。次は監視付きで数を数えさせてみたが結果は同じだった。




