禍根ある解決
柿種はここ10分間の損害が皆無となったことに気が付いた。
蜂起軍の攻勢が始まってからようやく現在の防衛線で押しとどめられたのだ。しかし、ようやく拮抗しただけで反撃など出来るはずがない。
ドローンで偵察した映像で蜂起軍は至る所で略奪を働いており、飢えるのも長い時間がかかりそうだった。最初に進軍してきた兵士然とした敵もいつの間にかいなくなり、残された彼らは銃器で武装した暴徒と言った方が適切だろう。
「奴から連絡は来ないか」
「いいえ。まだです」
16時半までには後10分ぐらい残されているが、衛利を行かせたのは間違いだったのではないかと考え始める。こうも組織的ではない暴徒が、例え首謀者を討ったとしても抵抗をやめる可能性はかなり低いように思えたからだ。
(いっそ防衛線を収縮してから遊撃戦力を抽出するか)
首を振る柿種。これ以上下げると敵がセントラルビルに達する恐れがある。経済的損失なら埋め合わせ出来るが。セントラルビルに集約された核融合発電所や水道インフラに何かがあれば、後の復旧から企業行政に致命的な損害を与えられる可能性もある。
それはなんとしても避けねばならない。だが、柿種は考えても考えても知恵の実に問いかけてもこれ以上の戦力はない。
予備戦力もない。今すぐ民間人が民兵を組織してはくれまいかと希望的願望すら頭に浮かび始めると指令室にコールがかかる。
(柿種課長。聞こえるかな? 私だ。二鏡啓二だ)
ビデオワイプにはセントラルビルの社長室をバックに椅子に腰かけている二鏡の姿があった。
「二鏡社長!……避難されたのでは?」
派遣した部下は何をしているんだと口にでかかった言葉を柿種は飲み込んだ。
(戦況を聞きたい。良か悪か)
「拮抗です」
(……それはなんとも)
二鏡は言いにくそうに少し考えてから言った。
(質問を変えよう。4日以内に邦人居住区から全ての敵を駆逐出来るかな?)
「難しいです。こちらには打って出るだけの戦力もありません。守ることは出来ますが」
(知恵の実の効率的な地下シェルター避難はうまく行き過ぎた。命は守れても、収容限界を超えているシェルターも多い。最悪4日以上過ぎればシェルターの食糧備蓄が底を尽きる所が出てくると試算が出た。もし4日すぎれば、君はどうするかね?)
意地悪な質問だと柿種は少し苛立った。二鏡啓二がこの期に及んで市民に関する重大な決断を自分に擦り付けるつもりだと感じたからだ。それでも至って冷静に柿種は返した。
「……居座った難民がゲリラ化し、市民を標的にテロ攻撃を仕掛ける可能性も考えられます。掌握されていない場所で市民をシェルターから出すわけにはいきません」
(分かった)
二鏡はうなづいた。
(これは私の決断だ。君に何ら責任は生じない。だが、この方法はイヌモを混乱に陥れ君たちに迷惑がかかるだろう。特にこのような状況になってしまったからにはな)
「何をされるのですか?」
柿種は意味深な発言に戸惑い二鏡に説明を求めた。直後オペレーターから報告が入る。
「セントラルビルから大量の汎用フレームが!」
「汎用フレーム?」
(警察機構に供給している木偶の坊とは違うよ。元から兵士の代わりの為に作られたオリジナル設計だ。多人国家が制裁をちらつかせてから止めていたセントラルビルの地下生産施設を叩き起こしたのさ。資源の限り沸くよ)
指令室と繋がっているドローンがセントラルビルを映す。ビルから警察機構の使っているロボットダンスとはまるで動きが違うしなやかなで有機的な動きをしながら、ライフルを装備した汎用フレームの群れが敵のいる戦場の方向へ殺到する。
「これなら、勝てますね」
目の前の圧倒的味方に安堵する柿種だが、直後に言いようのない不安を覚えた。
(これほどの物が安く大量に作れるんだ。便利なものだろう? ……やろうと思えば難民居住区すら制圧出来る規模の戦力もすぐに揃えられるだから)
「っ!」
柿種の不安はすぐ具体的な確信へと変わった。
―――
衛利はアイギスのイオンスラスターの推力を借りながらジャンプで階段を駆け上がる。その視界には隠された即席爆発物を探知、視覚化されたのを頼りにトラップの感知を避けていく。
2階には誰もいないのはESP能力が教えてくれる。そして、3階までの階段には指向性爆薬が2階から撃てない角度で、天上から満遍なく吊り下げられているとアイギスの音波反響探知が教えてくれる。
デフォルトブレードを投擲して爆破解除しようとするが、アイギスは爆薬規模が不明であると警告する。
【警告:爆薬質量が施設耐久を超過する可能性有り】
「庁舎唯一の階段を封鎖して何がしたい」
3階から複数の脳波を感じとる衛利。その感覚を衛利は知っている。強制的にワイヤーで感情を縛られたような抑圧。つまり死を覚悟している人間達が3階にとどまっている。
(時間稼ぎの囮か?)
彼らが捕虜である可能性を考慮する。1、2階をESP能力の感じる限り調べても負傷者達しか取り残されていない。しかし、上の人間達は負傷特有の乱れや興奮をしているようにも感じ取れなかった。
「……尋ねてみないと分からないか」
わざわざ律儀に階段を使う必要はない。衛利は2階の窓にコインガンを低出力で撃ち込むと窓は砕け散る。助走をつけて足から外へと飛び出して右手を突き出すと、2階と3階の間にある外壁に疑似筋力繊維を射出、固定。基点を得た衛利の体は勢いをそのままに3階の窓に駆け上がるように接近する。
衛利はそのまま3階の窓を突き破るつもりだったがアイギス各所のイオンスラスターで勢いを殺して窓を割らずに足をつけた。
「!?」
衛利の目かアイギスの視界に入れば敵か味方か瞬時に判断がついたはずだが、窓内側に貼られたブルーシートがそれらを遮ったのだ。
衛利の着地した瞬間そこに銃弾が注がれ窓が蜂の巣となって割れる。飛び退く衛利がすぐさま疑似筋力繊維を付近に脳波がいない窓の近くまで射出収縮して足から飛び込んだ。
ガラスの破片が飛び散ると中で、目を守るために反射的に閉じる視界がレーダー情報を視覚化した世界に切り替わる。衛利の左右には複数の銃を持った男達が捉えられた。
【当該生体に登録なし。敵と判断。射線敵ロック完了】
床に着く前にアイギスは判断を下すと両腕を広げながら廊下に着地した衛利は射線に存在する「敵の数」だけコインガンを発砲した。
【敵1名。射線外に退避。階段に続く曲がり角をカバーに使用】
衛利はすぐさま近くの部屋に飛び込み、階段へ続く廊下に少し顔を出して伺うと廊下の角でライフルの銃口が少しはみ出しているのが見える。
「誰だ!」
角から響く男の声を衛利は聞いたことがある。アイギスはすぐさま声を解析してから結果を算出した。
【声帯解析。首謀者ハン・ミングと99%一致】
その結果に目を見開き驚く衛利。
「あなたがこの反乱の首謀者!?」
「だったらどうする」
「驚きね。とっくに逃げたのかと思ったけど。大人しく投降して兵を引き上げて。さもなくば徹底的に痛めつけてから降伏宣言のマイクの前に突き出す」
「残念ながら私の指揮下にある戦力は全て撤退させた。残っているのは便乗して暴れまわっている輩だ。私が何をしても止められないぞ」
ミングの高笑いが廊下に響く。この状況は首謀者自身もコントロール出来ない程混沌としている。
衛利は時計を確認すると16時25分と表示される。柿種は30分までに指揮官を撃破しろと依頼したが、もしミングの言う事が本当ならにこの戦いに何の意味があるのだろうかと衛利は自身に問う。
「それでも。あなたを捕まえなくてはイヌモの秩序は信頼されなくなる」
そうだ。今は仁美の思想を借りよう。イヌモの企業統治がいつか答えを得て人々が幸せになれる社会を築くことが出来ると言う「希望」にすがろう。
「不思議だな。イヌモはもう自身が解体を望んでいたのかと思っていたよ」
「誰がそんな!」
ミングの言葉に衛利は耳を疑った。
「とぼけるなよ。警察機構が国防軍を引き込もうとしたのは分かっているんだ。イヌモだって知らない事はないだろう!」
「警察機構が?」
「難民排斥をうたう日本政府を引き入れるのを我々が黙って見過ごすわけがない。それ故の反抗だ」
警察機構がそのような動きをしているのは4課の出自から気配はあるのは知っていた。だが。
「だったらなんで国防軍が介入するような騒ぎをわざわざ起こしたの? まだ交渉すれば余地があったんじゃない?こんな事起こしたなら余計に」
「黙れ!貴様らが我々の声を汲んだことがあるか? 利府里司徒がイヌモを壊滅させてようやく代わった人間が難民居住区に手を付け始めた。たった数年の出来事だぞ」
「……」
衛利は否定できない。そもそも人間が労働的な価値を失った現代で、特別な技能を持つ移民ならまだしも難民はどこの国でも受け入れが難しい。欧州は理想と規範を求めて彼らを受け入れたが、それがクライスアーリアの狂気を生み出した大きな一因だった。
「武力で抑圧していた時代を我々は忘れないぞ。この戦いに参加した奴らも大半は革命に興味があったかすら分からん。ただ復讐だけ出来ればよかったという奴らの方が多いだろう。事実、私の部下が戦線を離れても、多くの人間がまだ戦闘を続いているんだろう?」
「復讐が答えだとでも言うの? そんなことしたところで、欲しいものなんて手に入るわけがない。傷つけあった先に明るい世界あるはずがないのに!」
「さぁな。俺たちはただ安心して過ごせる世界が欲しいさ。ここ数年は本当に良い生活だった。多くは期待していたんだ。だが、日本政府を引き入れるならこの生活が脅かされるのは目に見えている。俺たちは当然の事をしたまでだ」
「でも。もう目標が達成する事はないわ。あなたたちの負けよ」
「そうだな。それで十分だ」
「十分?」
しばしの沈黙が流れる。衛利は片眼を出して様子を伺うと先ほど飛び出していたライフルの銃口はなく脳波はその場に留まったままだ。
更に耳を澄ますと荒い呼吸が聞こえてきた。それが何の前兆なのか衛利は頭を巡らせた。脳波リーディングも一切思考を読み取ることが出来なかった。
「俺たちは負けた。だが、意思を示した。これがおれの出来る最後の抗議だ!」
言葉の意味で衛利は理解した。
「待って!」
衛利が走り出すと同時にライフルの銃声が一発鳴り響き。衛利が階段の角を曲がるとライフルを腕に抱え頭から血を流した男の死体があった。
「……」
衛利は肩を落とした。もしもっと話し合う事が出来れば難民側の人間としてイヌモの企業統治を助け合える同士になれたかもしれない。そして、機会は永遠に失われた。
鋼埼に連絡しようと生体CPUの通信を起動すると、庁舎内に女の悲鳴が響き渡った。
それは紛れもなく二鏡仁美の声だった。
最近ペース落ちてすいません。新章も今構想中です。




