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滑稽への自覚

 橋を渡り切り難民管理庁舎までの道に障害はほぼ存在しない。

 衛利がバイク上でコインガンを構える。【知恵の実】が周囲一帯の風とコインガンの状況を入力し、アイギスがその計算を基に衛利の融合した運動神経と体を纏わりつく疑似筋力繊維を補正し、コインガンが武装した敵の頭部を的確に撃ち抜いた。

 1km以内に敵を見つければ500m以上離れた場所から相手が気が付く前にその頭をコインガンが貫いている。

 いともたやすく行われる一方的な殺戮を、衛利は今は何の感想も感情もなく淡々と行っていた。

 彼らにも立ち上がる理由があるだろうに。しかし、それが衛利にとってリスクを冒してまで生かす理由にはならない。

 衛利はそこで気づく。今自分には理由がある。相手を殺してでもやり遂げなくてはならない理由があるのだ。

 それは仁美を探す事。命を脅かされている邦人達を守り救う事。色々考えてつくものだ。

 どこかに覚える高揚感を衛利は自覚していた。理想通りいくのはなんとも甘美な出来事だろうか。

 衛利だって訓練を積まなかったわけではないが、相手だって大なり小なり訓練は積んでいるはずだ。そんな存在を自分の意思一つで生かすも殺すも好きに出来る。


(それが……)


 衛利は否定する。思い浮かぶ答えは、もし真実だとしても自分は納得しない。


 難民管理庁舎の近くに辿り着き、数人規模の見回りが増えても衛利はコインガンで狙撃してすぐさま殲滅する。鉄のヘルメットもコインガンの貫通力の前には何の役にも立たない。

 衛利は状況はずっと兄より恵まれているとも思った。

 サイボーグや強化外骨格が標準装備だったイヌモプライベートフォース相手に司徒は生身で、ほぼ拳銃と鉄パイプで優に400人は直接手にかけている。


(クソ。また)


 兄の事を頭から叩き出し難民管理庁舎の敷地内に降りた時だった。

 庁舎庭の園芸の茂み中に脳波に異質な存在を感じ取ると、すぐさまひとっ飛び接近し茂みの中に手を突っ込み感触を引きずり出す。


「おわっ!」


 子供だった。それを承知で握りつぶさないように芝生の上に転がした。

 腰を抜かしてこちらを見る子供と目が合う。それは衛利にも見知った顔だった。


「貴方。確か」


 ハン・ユンジャン。図書館でいつか見た少年が今目の前にいる。デモ隊を見つめていたのを衛利は思い返していた。


「司書の……人?」


 ユンジャンも顔を覚えているようだったが戸惑っているようだ。衛利は無理もないと思った。外見の異形のスーツから人格まで別人であるからだ。

 二鏡絵里はもういない。今この体には利府里衛利の意思が宿っている。


「戦いが終わるまで近寄らないで。ここは危険よ」

「ま、前にもそう言いましたね」


 そういえばそうだった気がする。危険性はその時の比ではないが。


「でも、僕はこの戦いに参加したいんです」

「……」

「あっ……」


 その一言で衛利の目つきは一層鋭くなりその迫力に少年は肝を冷やした。


「威勢がいいのね」


 衛利が抑揚のない声で讃える。ユンジャンの本能は衛利の目つきに危険を察知するが、固まった体はどうする事も出来なかった。


「じゃあ死になさい」


 そして衛利は左手に握ったデフォルトブレードを少年の顔にめがけて振り下ろした。

 ユンジャンは何も反応できずにただブレードが自分の顔の横を通りぬけるのを見送るしか出来ずに、地面に切っ先が突き立てられてもしばらく驚きで動けずにいた。

 衛利は冷たく険しい目線を崩さずに、それでも口調は優しく諭した。


「帰りなさい。ここは子供がいていい場所じゃない」


 状況を理解したユンジャンは力の入らない体をなんとか起こそうとした。

 数歩下がって少年が立ち上がるまで衛利は全周囲をアイギスで探知するが、周辺には庁舎以外に反応は遠く外に敵はいなかった。相手は庁舎の窓からこちらを伺っているようだが、撃ってくる気配はない。

 だが、少年は立ち上がってもその場から離れようとしない。


「早く行きなさい」

「い、嫌です」


 その返答に衛利はわざと苛立ちながら言った。


「さっき殺されそうだったのによくそんな事が言える。私はねこの反乱を終わらせに来たの。邪魔するなら敵として排除しても文句は言えないわね」


 コインガンの銃口を突きつけて更に威嚇する。それでもユンジャンは怯えながらも抗議した。


「僕はこの戦いに参加する事が、これ以上ここの人たちの為になる事はないと思ったんですよ」

「命が惜しくないの?」

「ここで生まれたんです。その、僕はここがもっと良くなって欲しいし、好きなんです。だから……」


 詰まりながら少年は言葉を紡ぐ。だが、衛利にとってみればしょせんその気持ちも川の向こうの資源に過ぎないんだなと思うと衛利には「滑稽」に思えた。


(……滑稽)


 そして自分で気が付いた。

 自分より下の存在に意志がある事にくだらないと感情が働いてしまう事にようやく気付いたのだ。

 滑稽であるなら、相手がどうであれ本気になって捉えるなんてあり得ない。

 いくら相手が真剣に生きたいと叫んでも。手元にある虫を潰すのを決めるのは虫ではなくその手を持つ人間だ。

 その存在が真実ではないなら、いくら迫害しようが構わない。

 なぜならそれは真実ではないからだ。生かすも殺すも重要な事ではないがいなくなってくれると助かる程度に過ぎない。

 自然とそう思考出来るようになったのだと自覚した事に衛利は心の中で少し動揺していた。


「失せなさい」


 ユンジャンの姿から目を背けて庁舎に向いて歩き出す衛利。


「ラングレー。お願い」


 衛利がラングレーに頼むと後ろで少年の悲鳴が聞こえて段々と遠くなっていく。念のために衛利は後ろを確認するとラングレーが体の隙間から伸ばした疑似筋力繊維がユンジャンを簀巻きにしてその場から離脱している姿が見えた……。


 堂々と庁舎のエントランスから侵入する衛利が右手を前方に突き出す。疑似筋力繊維を射出させてエントランスから死角となっている廊下へと伸びると男の叫びが施設にとどろく。

 収縮させ右肩に疑似筋力繊維が刺さった敵を引き寄せると、合図とばかりに階段の踊り場や様々な場所から待ち伏せの敵が現れる。だが。


(遅い)


 彼らが姿を現し狙いをつける1秒足らずの瞬間もアイギスを纏った強化検体の前では殺されるには十分な時間だった。

 左手にブレードから持ち替えたコインガンを左から右へとスライドさせるように射撃し、わずかな手首の動きで高低差すらカバーして、視界にいる敵を排除すると次にコインガンを引きずり出した敵に向ける。


「警察機構の捕虜、少しはいるでしょう。どこに閉じ込めてる?」


 肩を貫かれても敵兵の男は反抗的な目で罵声を飛ばす。その様子を見て衛利は更に疑似筋力繊維を奥深く突き刺す。射出している疑似筋力繊維は纏まっているが一本ではない。体内で纏まりをほどきながら細かく鋭い炭素繊維が男の肩口をずたずたに破壊する。

 肩からまるで剣山のように幾本の針先が突き出すと男は大声をあげて暴れまわった。


「捕虜の場所を言ってくれたらやめる」


 衛利はあらゆる言語でそれを言うと理解した男は血相を変えて「あっちだあっちだ」と言ってエントランスから右側を指をさした。衛利は目を閉じ集中すると、わずかながら脳波の反応が複数あった。


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