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どうしようもない現実

 難民管理庁舎。ついほど2時間前に蜂起軍の本拠となったはずだが、今では皆慌てて武器をしまい通信機を取り外し、撤収の準備を行っていた。


 マテリアルハザードの消滅


 その一報をミングはよく精査し、それぞれの通信班から確認をしたうえで全面撤退を命じた。

 マテリアルハザードなしで短期の勝負はつかない。未だに国防軍は介入してこないがこれ以上長引けば……。


「次のチャンスはいつになるやら」


 そう小さくつぶやいたミングは懐から家族の写真を取り出した。その想定される次のチャンスに自分の姿はない。

 この蜂起は父親にしか話していない。家族にも怪しまれないように今日もいつも通りを装って出ていった。ソナレとユンジャンは家にいるだろうか?

 今どんな気持ちで事の推移を見守っているのだろうか。もう確かめようがない。


「将軍。本当に下層の奴らは受け入れてくれるのでしょうか?」


 副官はしつこくミングに尋ねてくる。いつもは部下に対して毅然と指示を出すが、しょせん上司である立場であるからそう振る舞うだけで彼自身の器は危機に対しては全く無抵抗らしい。


「安心しろ。下層も軍事訓練を受けた我々の価値を認めてくれている」

「スフィアと言う奴でしたか? 人間なんでしょうか」

「さぁな。外見はアレだが」


 最初にビデオ通信で見た蜂起の支援者「スフィア」の姿を見た誰もが絶句した。到底人間には収まらない球状の機械が現れたのだ。並みの存在ではないと皆一目で分かった。


「しかし、下層は旧体制の逃げ込んだ。いわゆるイヌモの負の分身だとささやかれています」

「誰がそんな噂を? それは確かな事なのか?」


 ミングの不機嫌を装った問いかけに副官は「いえ」と言ってすぐに引き下がってしまう。

 最初に通信で話し合った時。蜂起に失敗した場合に備えて残党の受け入れも取り付けてはある。下層への入り口は下層から派遣された人間がそこから姿を現した事で知る事が出来た。

 もしスフィアが裏切るならこちらは下層の存在をイヌモ政府への取引に使うだけだ。


「撤収開始します」


 副官は荷物を整えた部下を揃えた。ミングがうなづいて副官達はそそくさと階段を降りて施設から退去した。

 ミングは手持ちのライフルを手に取ると周りに集まった数人の部下に伝えた。


「中央階段から廊下をワイヤーで封鎖し、階下にはトラップを。食料と水は全て最上階に持ってこい」


 ―――


 衛利はただ難民区へとバイクを走らせていく。

 中央区のビル群を抜けると住宅街に差し掛かると、どれも高級住宅のように広く大きかった。難民達の住む集合住宅と比べればここが同じ国であることが信じられないようにさえ思った。


「鋼埼さん」


 通信を開き鋼埼に話しかけた。


「邦人居住区になぜ難民は入れないんですか?」

(治安上の理由。イヌモは昔からそう言ってる)

「反乱を起こされるぐらいなら。初めから難民を受け入れなければ良かったのに」

(情勢が差し迫っていたからな。中国内乱や東南アジアでの宗教戦争。米国の情勢不安。理由は色々あって受け入れ先なんてなかったんだから。仕方ないさ)

「じゃあイヌモが企業統治が民族国家の代わるに集団実験と言うのは嘘だったんですか?」

(誰から聞いた?)


 鋼埼は不思議そうに聞いた。


「……仁美さんからです」

(ああ、姪っ子さんか。おかしなことを考えるもんだ)

「何がおかしいんですか?」

(イヌモは確かにそう言う側面を持っているよ。だが、あくまでも建前上の話だ)

「本当は?」

(実験検体の確保だ)


「検体」。その言葉に思わず衛利は顔をしかめる。


(旧体制がどこも補助金を出さないのに難民を受け入れるわけがない。奴らにとってみれば移民と違い経済に組み込むことの出来ない金食いでしかないからな)

「そんな。翻訳機も発達したこの時代になぜ経済に組み込めないんです?」

(わざわざ人間の労働者を雇うところもない。周りを見てみろ。ここの邦人は仕事を持っている人間なんてわずかだ。ほとんどはモビルマテリアル建設のモニターか【知恵の実】に生活データを提供する存在でしかない。異文化の家庭だって3家族程受け入れれば事足りる。)

「だったら。イヌモにとって人は……」

(俺も旧体制の連中の頭の中なんてわからないさ。ただ経済活動の資源に過ぎないってぐらいしか)

「……納得できません」


 衛利は沈黙する。呆れを通り越して冷静になぜあんな集団が数多の人間の運命に責任のある立場にいる事が出来たのが分からなかった。


(衛利。ここの邦人達は関係ない人間に何ら関心も抱いていない。いくら外で戦争があって多くの人間が死んでもだ。旧体制の崩壊で開示された情報には眉をひそめていただろうが、それでどれだけの儲けが出て自分達の天国のような生活を支えていたかを開示されると大半の人間は黙ってしまったよ)

「そんな天国なんて……」


 吐き捨てるように言う衛利に淡々と鋼埼は言葉を続ける。


(認めるかはその人間の自由だ。だが、人々を美しい模範に啓蒙しようとしても無駄だ。無知と無関心がある限り……いや)


 鋼埼は自分の言葉を打ち消した。


「?」

(もしみんながお前のように知識をすぐ引き出せるようになったり、他の人間の思考を読み取れたり出来れば平和な世界が訪れる。ジェレミアがそう言ってたのを思い出したよ)

「鋼埼さんは、どう思っているんですか?」

(分からないよ。知識によって無知、能力で無関心から解き放ったとして。そんな単純な話で本当に良い未来を約束出来るのか怪しいもんだ)


 それを今証明する事は出来ない。実例もなければ衛利以外に手の届く範囲でESPはいないのだから。


 橋と大河が衛利の前に見えてくる。狙撃を警戒してアイギスの量子レーダーを起動させるが、どうやらその様子はない

 境目に差し掛かり見降ろした。人かただの資源かを簡単に分けてしまう川。その水の反射が不気味に思って衛利は自然と目を背けてしまった。


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