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舞い戻る黒鳥


 イヌモに軍隊はない。凄惨な殺戮が情報開示によって日の目に晒されてプライベートフォースは解体、警察機構はとばっちりを受けて著しく人員を抑えられながら、軍隊代わりの警察と振る舞わなければならなかった。


「Bラインを中央区内まで後退。両翼のACラインも中央区第1防衛ラインまで下がらせろ」


 柿種は各所で少人数の班をしんがりにして撤退と時間稼ぎを繰り返す。崩壊しかけた戦線を後退して再構築すると粘り強く抵抗する。


(ジリ貧だ)


柿種は今、知恵の実の演算での戦況予測を判断しながら指令を出している。プライベートフォースを志しながら父に反対されイヌモ幹部学校では何の役に立つかと思いながらも戦闘指揮シミュレーションを修了した過去の自分に感謝した。

 それでも掌握している警察機構戦力は当初300人程度から途中他の課を加えても現在200人を下回っていた。対マテリアルハザード兵装も致命的な対人戦力を誇ったマテリアルハザード相手に突破されないだけで戦況は全く芳しくない。

 全面撤退及び中央区にあるエネルギーインフラを攻撃に転用すれば大打撃を与えられなくもないが、それでは街の被害も甚大となってしまう。

 そろそろ決断しなくてはならないと考え始めた時の事だ。


「課長。イヌモの鋼埼主任から連絡が」

「鋼埼? 繋いでくれ」


 サウンドオンリーで指令室に鋼埼の声が響く。

 その声にはあまり元気がない。


(柿種課長。衛利をこれから出します)

「検体2番を? 記憶を消去してはずでは?」

(戻ってしまったようです。原因は不明ですが、ともかく戦闘に志願しています)

「分かった。防衛線に加わってくれれば……」

(いいえ。もっと直接的に事態を収束させる方法があります)


 柿種は全てを察した。あの娘は忌まわしき検体の後継なのだ。十二分に可能だろう。そう結論付けると話を先回りさせた。

 時計を確認する。現在15時50分を過ぎていた。


「今から40分。16時半までにはケリをつけて欲しい。それ以上は分からん」

(40分ですね。十分です)


 鋼埼からの通信が切れる。起死回生とはまさにこの事だと思えた。一息ついた柿種をオペレーターの声が再び緊張に戻す。


「課長。ロシア軍機の大編隊が北海道上空に迫っていると情報が入りました」

「なんだって?」

(国防軍の介入しないのはこの為か)


 柿種はそう冷静に考えると二度見するように掘りかえした。


(いや、普通にここよりやばくないか? もし日本とロシアが戦争になったら九州は無事なのか?)


 世界は一つである。はるか遠くから押し出された玉が世界を回って世界を動かすのだ。

 柿種は北方の事態を不安になりながらも目の前に存在する問題を対処しなくてはならなかった。


 ―――


 16時に差し掛かろうとしていた。空は夏手前で日が高く、湿気を含んだ風や暑さもそれなりにある。

 それにも関わらず全身を戦闘スーツ「アイギス」に身を包んだ衛利は汗一つもかいていない。

 セントラルビルのエントランスから外に出た衛利は、九州新都市に溢れている様々な電子機器「知恵の実」を介して情報を得る。

 敵の前線の後方には通信装備を背負った人間がそれぞれ離れたところに複数人。

 通信をキャッチできるように都市内のいくつかの機器を遠隔でチューニングし、暗号化された通信内容とそれに呼応する通信内容を都市の人間や警察機構の混線する中で知恵の実は秒もかからず洗い出した。


「知恵の実の探知能力で敵の拠点が分かりました。難民管理庁舎です」


 鋼埼の端末と繋がっている衛利の生体CPUは思考を素早く送信すると、16時半までのタイムリミットを送ってきた。


(柿種は16時半が限度だと言っている。それ以上長引くなら中央区の建物を攻撃に転用するそうだ)


 調整する為にアイギスの疑似筋力繊維で全身の締めつけと緩みを繰り返す。

 自分の体を包み込む異物が感じさせてくれるのは、悲哀でも喜びでもない。ただ善悪もない慣れ親しんだ感触への懐かしさだけだった。

 初めの頃。アイギスの制御試験でBMIがうまくマッチングしなかったり、訓練で複雑な機動を制御しきれずによく吐いていたのを思い出した。


 もうあの頃周りにいた人間もいなくなってしまった。


 ラングレーも緊急モードもとい戦闘形態で巨躯の背中には大型バッテリーが乗せられていた。

 後腰にデフォルトブレードを差しコインガンを二丁両腰に着けると、下層でラングレーが入っていた大型バイクにまたがりラングレーはその後ろに乗り込んだ。


「行くよ。ラングレー」


 バイクを急発進させる。

 明るい時間帯で無人の都市が衛利には新鮮だった。この時間だと皆何をしているのだろうか。

 疑問に対する答えを衛利は持ち合わせていない。生まれも育ちも全く普通の人間ではないから知らないのは当然の話だ。


 人は何を楽しみにしているのだろう?

 人は何を素晴らしいと思うのだろう?

 人はなぜ生きているのだろう?


 もしすべてが終われば聞いてみても良いだろう。


 大通りの前線はすぐに見えてきた。一般車両やタクシーをバリケードにして警察機構の機動隊十数人が休憩も交代もなく敵の前進を妨害している。

 衛利の存在に気付いたがただ困惑するだけで制止しようとすら出来ない。

 バイクがバリケード間をすり抜け一気にマテリアルハザードや敵の前まで躍り出る。

 すると衛利は座席の上で立ち上がり右手のコインガン、左手にデフォルトブレードを引き抜きラングレーはバイクと衛利にそれぞれボディの疑似筋力繊維を絡みつかせて固定する。


【状況開始】


 知恵の実の演算が開始される。

 目の前にはマテリアルハザードが4体と左右の壁や柱に銃を持った兵士が47人。


【目的:突破 優先目標マテリアルハザードの排除】


 戦術サポートがそれを提示し衛利はそれを承認すると、バイクは転倒するようボディを倒してマテリアルハザードに急接近しようとすると……。


「?」


 マテリアルハザードの獣は霧散した。デフォルトブレードを構えてはいたが接近しただけで衛利は何もしていない。すぐさま周囲を把握すると、残りのマテリアルハザードも全て力なく倒れると結合が崩壊する。


「どうなってるの?」


 困惑するも衛利はすぐに切り替えて武器をしまうと、道路の中央に戻りそのまま突っ切る。その途中でバイクに備え付けてあった手榴弾を手に取り敵兵がなるべく多くカバーしている柱の陰に投げ込んだ。


【妨害脅威減少。追撃の危険有り】


 爆音が複数後方から聞こえると、敵兵の一部は衛利に向けて銃を構えようとする。

 ラングレーの疑似筋力繊維が形成したアームが衛利からコインガンを抜き取ると後方へ向かって発射される。その弾丸は武器や武器を握る手を粉砕すると怯んだ敵は衛利を狙うのをやめた。

 すかさず衛利は通信を開く。


「鋼埼さん!マテリアルハザードが急に……」

(こちらでも確認している)


 食い気味で鋼埼は応えた。


(ここにいるマテリアルハザードが活動を停止しているようだ。原因は判明していないが、何かしらの操作でハザードコアが停止したようだ)

「操作?」

(一斉に沈黙したから時限式である可能性も否定できんが、今は好都合だ)


 ただ敵の中には革命には興味なく盗品等の狼藉を働いている者もおり、ラングレーも必要に応じてコインガンを撃つ。

 最初以外は安心だったと言っても良かったと過言ではなかっただろう。


 …


 建物の屋上からマテリアルハザードが崩壊したのを確認すると、3番は衛利の乗ったバイクを見送った。それから生体CPUの通信を起動してから言った。


「ボックス。これ以上の介入は不要だ。撤退する」


 そう言ってボディアーマーに備わっている緑色のマントを羽織ると、急速に透明化し跡形もなく消え去った。


暑い上に肩痛めたので執筆遅くなってます。

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