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後悔

 Q.それでは出撃の少し前からお伺いします。当時の貴方の周りはイヌモに対してどのような論調が多数派を占められていたとお思いですか?


 当時の世論は報道や記事を見ればわかると思いますが。明らかにイヌモによる九州統治は、日本国が長年の領土であった九州を切り離され分断された状態だと認知されていました。それに屈辱を感じる人間も多数いたのは事実です。教官や同僚もそれを不満に思っていました。

 天孫降臨神話、「阿蘇の地を取り戻せ」そういうスローガンも街頭で呼びかけられているのを聞いたことがあります。

 私が家族の集まりに出ると特に叔父さん達が「いつ九州を取り返すんだ?」とよく聞かれました。


 Q.出撃の日直前の雰囲気を教えてください。


 極右政党が政権に混じった辺りから、飛行訓練や内容が徐々に実戦を想定した訓練が行われました。相手のインフラや軍事施設を標的にした対地攻撃訓練も頻繁に行われていました。

 私もなんとなく軍事行動が近いんだなと思い。上官や仲間もその日が近づくにつれ真剣さを増していきました。

 岩国基地へ航空隊が集結を命じられた日は眠れなかったことを覚えています。


 Q.出撃命令が下った時。貴方はどのような心境で機に乗りましたか?


 緊張しました。しかし、九州分断を黙って見過ごし張子の虎と辱められた自衛隊の屈辱を、我々国防軍で晴らそうと思うと自信も出ました。それと同時に第二次世界大戦から100年以上一度も戦争をした事がない国が、初めて爆撃するかもしれないところが、かつての旧領である思うと複雑な気持ちでした。


 Q.その出撃直後に例の「危機」があったわけですが、その時の事を教えてください。


 私の乗ったF-15戦闘機はF-35との2機編成小隊として編成されました。任務は第一陣として九州の制空権を確保です。それでも私のF-15には対地爆弾が装備されていましたけどね。

 ともかく小隊は飛び立ちました。雲は少なく視界は良好でした。

 機体をロールした時に関門海峡が見えました。私は生で「落ちた橋」を見ましたね。これが分断かと強く意識しました。

 その直後ですね。

 AWACS(空中管制機)から作戦中止命令が出ました。私のF-15は帰投するように言われましたが、制空兵装を搭載したF-35はすぐに北へ反転していきましたね。飛び立った後に作戦中止は理解出来ましたが、そのまま空中で再編成です。ただ事じゃないと思いました。

 岩国基地へ戻ると機から降りる間もなく、対地装備を対空装備に切り替えるとすぐに再出撃しました。

 ここで初めて北方。ロシアからかつてない規模のSu-57とSu-34の大編隊が日本へ向かっている事を知りました。



 出典:元日本国防軍パイロット「北方危機」証言集より


 ―――


 鋼埼は一人。特殊試験課が使っていた整備室のど真ん中で端末を見ながら地べたに座っていた。


「国防軍が引いた」


 九州周囲にある観測所は日本国防軍の動きの一部を掴んでいた。九州に向かっていた戦闘機は撤退を開始し、揚陸艇は戻っていく。


(これも社長の仕業か)


 鋼埼はそう直感する。

 これほど差し迫った状態だったのだ。あの政治屋がどんな魔法を使ったかは想像出来ないが。彼が一枚噛んで事を運んだのは間違いない。

 最初に中国側から彼の推薦があった時は、旧体制の首脳陣、二鏡の弟で技術畑ではなく人文系の人間と言う二重苦であった。その資質を疑う者が多く、当初自分もそう考えていたと思い返す。

 自動ドアの開く音が鳴ると鋼埼は振り返る。


「早かったな」


 利府里衛利がそこにいた。ラングレーも大型の緊急モードから通常モードとなってそばにいる。

 衛利が鋼埼に歩み寄る。彼も端末をしまって向き直る。


「鋼埼さん。シックスアイは……」

「死んだよ。遺体はもう焼いて灰は川に流した」


 きっぱりと鋼埼は断言すると衛利は「そうですか」と淡々に答え、噛みしめるようにうなづいてから言った。


「アイギス。出せますか?」


 鋼埼とは長い付き合いになる。ある意味父親に似た立場である彼の返答は衛利の期待を裏切るものだった。


「駄目だ。出さない」

「……どうしてですか?」


 顔をしかめて問いかける衛利に鋼埼は答えた。


「あんなに苦しんでいたのになぜ戻ろうとするんだ?」


 その問いかけに衛利は吐き捨てるように言う。


「鋼埼さんだって普段私の意思とは関係なしに行けと言うだけでしたよね!それを何をいまさら!」

「……俺はそれを心の底から望んだわけじゃない」

「ふざけるな!」


 室内に衛利の怒号が響く。その直後目が潤ませると下を向く。


「だったらなぜ!私が苦しんでるときに助けてくれなかったんですか!私はもう戦わなくていいと言ってくれなかったんですか!? 私が戦いたくない時に戦わせて、必要だと思った時に戦うななんて。一体どれだけ私を踏みにじれば気が済むんですか……」


 その迫力に鋼埼は一歩後ろに下がるもすぐまた足を戻す。


「俺は利府里博士からこの強化体プロジェクトを引き継いだ時。俺は遺伝子強化体プロジェクトを成功させるつもりなんてなかった」

「なっ」


 突然の告白に衛利は呆然として顔をあげる。


「勘違いするな。お前の力は戦うより普通の人として生きる方に使う方が良いと結論付ける予定だった。強化検体計画の中止も二鏡社長に提案した」


 ため息をついて鋼埼は続けた。


「ようやく情勢が落ち着いて。世間も旧体制の記憶が薄れて警察機構との連携も出来るようになった。そして、ようやく記憶操作技術が手元に入って、お前を普通の人間として生きるように仕向ける事が出来たのに。この騒ぎだ」


 すると衛利は鋼埼の胸倉を両手でつかんで持ち上げた。鋼埼の方が身長も体重も高いが強化検体の筋肉にはそんなもの意味はない。


「でも私の意思を確かめてませんよね」

「やめろ。衛利!俺は良かれと思って……」

「そんなこと聞きたくない!」


 衛利に投げ飛ばされ地面で転がって受け身を取る鋼埼は珍しく怒りを表情に表していた。


「じゃあどうしたいんだ。お前は普通の人間として過ごしたいんじゃなかったのか!」

「それは……」


 言い淀む衛利を鋼埼は畳みかけた。


「確かに今こんな状態だ。お前が出ればきっとこれ以上犠牲が出なくて済むだろう。だが、それは普通の人間のやる事じゃない。求められたからって、状況がお前をそうさせるだけだ。誰の意思なんて関係ない。もう状況に流されるな!」

「……」


 衛利は沈黙して静かに肩を震わせて涙を流した。


「なぜ記憶操作が解かれたのかは今は分からない。ただもう一度、衛利。お前がよかったら絵里として過ごさないか?」


 鋼埼はゆっくり立ち上がって歩み寄った。


「勝手に記憶を書き換えてすまないと思っている。だから、もう……」

「今は、良いです」


 首を横に振る衛利に鋼埼はそれでも確認する。


「それは状況への答えか? それとも」

「言わせないでください。そんなに私の事を考えているなら、ワガママの一つぐらい聞いてください」


 衛利の眼は赤くなっているがその瞳は混じり気の無い物だった。こうなればもう鋼埼はこれ以上やる気は起きなかった。


「分かった。準備してくれ」


 ―――


「さて、どうしたものかなボックス」


 二鏡は社長室のデスクの椅子腰かけ護衛も部屋の外に追い出してずっとこのままだ。


(この騒動が終われば間違いなく。社長への進退が問われますね)

「お恥ずかしながらね。……私は間違っていたのだろうか?」


 その疑問にボックスはすぐに答えられなかった。


(イヌモ行政機関と警察機構との分権化。赤字承知での産業移転、完全配給制から自由市場の導入等の難民融和政策。貴方の政策は少なくとも人々の信頼を得る事が出来たと思います)

「そうだな。それで警察機構への監視や治安の統制が緩み。難民達は反乱を起こせる程の力を持つに至ったっと」


 自嘲する二鏡をボックスが諫めた。


(そう自分を責めないでください。本当に悪いのは旧体制の記憶を呼び覚ますように難民達を扇動した人間ではありませんか?)

「だが、私にも。もっと何か出来たはずだ」


 デスクに両肘をつき両手を組むと顎を乗せる。


(それでも社長は知恵の実の力に頼らず、主導権を握らせずに政策を進めました)

「誰にだって思いつくことさ。それに私も正直半信半疑なんだよ。知恵の実が、意志を持たない演算装置が、本当に人間に牙を向けるのかね」

(確信のない仮説ですが。強化体1番が予言した事です)


 二鏡は笑った。


「強化体1番もしょせんはただの人間さ。知恵の実とほとんど同化した思考を持ち、現代の哲学者や研究者を圧倒する知識を持っていたとしても、奴の言う事に間違いはあるんじゃないか?」

(私もそう思いたいものです)


 しばし沈黙してからボックスは切り出した。


(知恵の実は現在自発行動をしていますか?)

「別に、今は適切な避難情報を市民に届けている」

(分かりました。それとセルゲイから先ほど連絡がありました。ロシア政府はイヌモの提案を受け入れるとの事でした)

「そうか……今頃日本政府は大慌てだな」

(米中は良い顔をしないでしょうが)

「流石に相談せずにしたのはまずかったか。だが、きっとどちらにも反対されているだろう。こうなれば本当に首が飛ぶかもな」


 二鏡の表情は晴れないが悲観な未来に対して覚悟を決めなくてはならなかった。

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