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降伏拒否の代償

 外殻に隙間を作りながら疑似筋力繊維を伸ばしたラングレーは大型犬から更に二回り大きな巨躯となる。

 一斉に駆けだすと脅威を認めたマテリアルハザードの獣は衛利たちに振り向いて飛び出すと、ラングレーはそれを上回る巨体と出力を持って獣の顔面に一撃を叩きつける。


「今のうちに行って!」


 二人に近づいた衛利は青年からライフルを奪い取ると目を閉じ。開ける。


【知恵の実アクセス開始。ノンバッテリーモード】


 衛利の脳視覚に投影されたラングレーの解析データから獣のハザードコアの場所を特定し、銃身の下に取り付けられた電磁射出装置を起動。脳内の情報が統合され散布界込みで射撃演算が終了する。

 対マテリアルハザード徹甲弾が撃ちだされ獣のハザードコアを破壊する。衛利はその反動を完全に受け切る。


「……」


 そのまま次の獣へと向いてライフルを単発に切り替えると遠くから走る獣に向ける。

 最初の一発は避けられるが避けた先に置くように二発目を発射する。ライフル弾一発なら建材で出来ているマテリアルハザードは何ともないだろう。

 しかし、いくら避けても先読みされた弾丸が命中することで正面の結合が弱くなり始める。それを解析したラングレーが獣に飛びかかりヒビの入った右肩をごっそり抉って真っ二つに体を引き裂く。

 断面からハザードコアが零れるように脱落するとラングレーは左前脚で粉々にコアを踏み潰した。


「ラングレー。行こう」


 衛利はセントラルビルまで走ろうとするとラングレーが先回りして脚を屈める。

 意図を理解した衛利は背中に飛び乗ると、生体CPUから鋼埼までコールする。


(衛利か。記憶操作がとけたんだな)


 通話先の声のトーンは低く、残念がっているのはすぐ感じ取れた。それに含めて衛利に自分が記憶をかき回した事を白状する。


「なぜ私の記憶をいじったのか理由は今は聞きません」


 衛利も努めて冷静に事実を受け止め丁寧な言葉を使っても、思い返した嫌悪感と怒りや悲しみが混じった感情で口調はどこかとげとげしい。


「ただ悪いと思っているなら。……私の考えている事は分かりますよね?」

(ああ。セントラルビルのいつもの部屋で待っている)


 通信を切り。生体CPUから【知恵の実】の情報を更新する。そしてシックスアイの顔写真とその遺体、死亡報告を確認する。


「……」


 目を閉じて誰かに祈る。神の存在を信じているわけではない。ただそうすれば死んだ者から自分が少しだけ許されるような気がした。

 そんな自分に気が付いてから鼻で笑って自嘲する。


「こうすれば許されるとでも思っているの?」


 そう自分に問いかけてから走り出す。

 衛利自身もどうすればいいのか分からない。そして、今はやる事があるからとそんな気持ちも頭の隅に追いやった。

 もし仁美が生きているなら救い出さなければ。これ以上周りの人間が死んでいくなら。自分が持つ力で何も出来ないなら。今自分が自分の存在を肯定出来なくなってしまう。

 本当は苦しみたくない。だが、もう自分を偽りたくもない。それでしか望む物が手に入らないような気がしてくるから。


 ―――


 難民居住区に住む人々の大半。ミングの決起の放送にただどうすればいいか分からずに、呼応して武器を取った以外のほとんどの人間は自宅に籠り全てが終わるのを待っていた。

 皆がテレビやラジオをつけて一連の事件を追っているが本州や九州新都市からも電波や回線が届かずに何も映っていない。

 ミングの放送を最後に情報が一切流れてこなくなってしまった。だが、それでも人々は戦闘が行われているかもしれない外に出ようとは全く思わなかった。

 ミングの妻子のソナレとユンジャンも同様だった。ソナレはミングの決起から落ち着かずにうろうろしており、ユンジャンはじっとソファに座って何かを考えている

 放送から2時間近く経ち。ソナレは疲れてユンジャンの隣のソファに座る。


「ねぇ母さん」

「なに?」

「お父さんが言ってたことは本当?」


 ラジオで突然語られた大半が噂であったこと、人々が普段口々に言う悪評を事実として、生活が幾分かマシになった今でも理不尽な圧政を強いられている証左として肯定したのだ。

 もちろん日本政府がイヌモの企業統治を終わらせて行政権を取り戻し、難民への排除政策を遂行される可能性も語られると。融和的な政策をする今のイヌモへの期待すら打ち消してしまった。

 しばらくして路地で何人かの男性が走っていく様子が見えた。きっと蜂起に参加するのだろうとユンジャンは思った。


「お母さんにも分からない」


 ソナレは首を横に振る。突然の夫の行動に感情がついていけずに、たまに怯えたように震えている。


「……でもお父さんもきっとこのままだといけないと思ってるの」


 真偽が分からなくとも皆が漠然と感じている事が現実的な脅威と語られ襲い掛からんとしているなら。座して待つ理由がどこにあるのか。

 ミングはそう人々に呼びかけた。ユンジャンも4課の過激な介入への反対デモをこの目で見た事がある。

 だが、あまりに事態が早すぎるような気がした。4課が現れてからまだ3か月も経っていない。


「外が安全になるまで家に居なさい」


 ソナレはそうユンジャンに伝えると自室へと姿を消す。するとユンジャンは立ち上がり玄関へと行くと取っ手に手をかけた。


 ―――


「まだセントラルビルまで到達できないのか」


 戦況を確認させるミングは時計を何度も確認する。

 紙の地図に置かれている戦力に見立てたマグネットは難民居住区とセントラルビルの間で大通りに沿って徐々に押していたが、その進歩は明らかに遅れていた。

 小さな路地から少数が浸透していると報告が入るも主力ではないゲリラが出来る事などたかが知れている。

 警察機構側は少ない戦力でありながら劣勢箇所の徹底的な遅滞戦術と増援部隊による反撃すら行い。偵察ドローンによってそれらは効率的に行われ爆撃による通路封鎖で数に任せた進撃も受け止められつつある。

 蜂起から既に2時間も経つ。国防軍がいつ上陸してくるかも分からない。定期的に周囲を観測させているが、未だに空にも海にもそれらが来る気配はない。

 二鏡啓二が言ったような秘密兵器もまだ現れていない。

 ミングは部屋から出ると副官は聞いた。その態度にはいささか怯えのような物が浮かんでいた。不安がっているのは明らかだ。


「どちらへ?」

「今度こそ話をつける」


 そう言って最上階から一階にまで降りると大部屋を通り過ぎ、小さな面談室の扉を開ける。


「誰!?」


 二鏡仁美は後ろ手に手錠で拘束されながらもそれ以上の拘束は受けていない。武器や装備も取られているが着衣は綺麗で顔には傷もない。ミングも監視する部下に捕虜への虐待を禁じていた。


「二鏡社長は降伏に応じません」


 ミングはいきなりそう言うとカバーが所々外された端末を取り出した。


「だからあなたから話してもらう」


 それを仁美の口元に差し出すとスピーカーモードで通話を開始した。


(ミングさんかな?)


 啓二が通話に出ると仁美は口をつぐんだ。


「二鏡社長。今あなたの姪と一緒に部屋にいます」


 代わりにミングが答える。


(ああ。仁美も一緒か)


 対して興味もなさそうな声。一度目はまだ余地があるのは織り込み済みだったが、どうやら啓二は本当に仁美に興味がないのかもしれない。


「これで最後だ。貴方が今ここで隷下の戦力を降伏させなければ、ここで仁美さんを殺します」

(……)


 この沈黙が動揺かはミングには分からない。


「叔父さん」


 突然仁美が喋り出す。


(仁美か。悪いが……)

「分かってる。絵里は無事?」


 ミングはその人物の名前に聞き覚えはなかった。


(ああ。確認している。大丈夫だ)

「そう。よかった」


 心の底から安堵したようにため息をつく仁美。そして少し間を置いて意を決して口を開いた。


「あと一ついい」

(なんだ?)

「通信先の相手。余裕がなくなってるから頑張って」


 予想外の言葉にミングは即座に通信を切る。歯をむき出しにして怒ると腰から拳銃を引き抜いた。


「その言葉を後悔させてやる!」


 仁美に向いた銃口が火を噴いて小部屋に乾いた音が響き渡った。

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