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流民救世共和国


 2061年 7月29日

 午後14時に発生したイヌモ難民居住区での自警団を中心とした武装蜂起は、時間を合わせて居住区にある警察機構施設及び人員への攻撃から開始された。

 ハン・ミング将軍がラジオ放送に乗せて「流民救世共和国」を名乗り。居住区と近場の海までの無人地帯を含めた一帯の領有権を主張。

 イヌモ企業政府はこれを拒否し警察機構に鎮圧を命令。


 警察機構4課は反乱の鎮圧と拘束された人々の解放の為に装甲車を中心とした中隊規模の2部隊、約350人を投入する。

 対して難民蜂起軍は自警団と反乱協力者と蜂起に呼応した者を含めると1万人以上が参加。(全員が戦闘に加わったわけではない)


 同時に難民居住区でマテリアルハザードが発生し蜂起側に協力した(注・蜂起前にマテリアルハザードによる難民攻撃が複数回あったが、証言によると蜂起時には警察機構戦力を攻撃し、蜂起側には手出ししなかった為実質的に協力したと見られている)


 警察機構は反乱自体は予期していたものの、蜂起戦力が予想を遥かに上回り反乱から30分後に鎮圧部隊が全滅し、政府側は蜂起軍の邦人居住区の侵攻を許すことになる。


 ※2101年建設 難民蜂起記念館 概要説明より


 ―――


 ハン・ミングは庁舎を占拠し、そこから指揮を執っていた。難民居住区での戦闘が終了し一息ついて窓の前へとやって来る。

 難民区管理庁舎の最上階の窓からは居住区を隔てる川が広がり。それにかかる橋を伝って黒い塊の群体が邦人居住区へ向かっているのが見えた。


「……」


 装甲車を一方的に蹂躙したマテリアルハザードの獣達とボディアーマーに身を包み、普通の人間には重すぎる小銃システムを軽々と使いこなす下層義勇軍を先頭にして多くの人間達が橋の上を進んでいく。

 下層から来た父親の元部下たちや義勇兵が持ちんだマテリアルハザードと誰でも扱える先進型拳銃を数百丁。弾丸や手榴弾も潤沢に与えられた。

 これ程の物資がどうして供給できるのか? ミングは不可解に思ったが義勇兵達ははぐらかすばかりだ。主力である彼らの機嫌を損ねてまで聞き出すのもミングには気が引けてしまった。


「失礼します将軍!」


 ミングが振り返ると若い部下が慌てたように敬礼した。流民救世共和国を名乗る際に自身を将軍と公言した。

 彼も皆に呼ばれやすい称号が欲しかったし、自身が国の代表ではなくただの指揮官に過ぎない事を戒める為でもある。


「どうした?」

「イヌモの監視ドローンから回収したものです。連絡先の男は二鏡啓二と名乗っています」

「なに?」


 部下が差し出したのはスティック状の端末。分解して調べたのかカバーが剥き出しになっている。


「指揮所に戻る。獲物がエサに食いついてくれた」


 すぐさま端末を受け取り指揮所に戻るミング。指揮所は中央に重点箇所が針で刺された紙の地図を広がり、壁際には多種な通信機器が持ち運ばれていた。

 通信機に対応する多くの人間は事あるごとに中央の地図を眺めている人間へ指示を乞うていた。


「将軍。通信班全員の渡河が完了しました。順序通り制圧戦に移行します」


 指揮所を任されていた副官の男がミングに伝えるとうなづいた。そして端末をかざしてから言う。


「メインターゲットと話し合いをしてくる」


 神妙な顔になる副官が敬礼をする。その脇を通り抜け庁長室の中へと1人入り鍵を閉める。

 

 ……


「やぁハン将軍。私の事が分かるかな?」


 セントラルビルの社長室から難民居住区を見つめる二鏡。彼は窓の前で立ち尽くしている。その表情はあくまで穏やかで口調は落ち着いている。


(二鏡啓二社長。貴方の声は何度か聞いた)

「……さて、単刀直入に言う。私として君に軍勢を引いて欲しいのだ」

(それは降伏と言う意味かな?)

「いや。逆だ」


 両者が沈黙する。片方は困惑ともう片方は相手の出方を伺っている。


(警察機構の主力は既に殲滅した。残りの戦力もたかが知れているだろう。貴様らの頼みの日本軍も……)

「日本国防軍は最初から頼みにしていないし、警察機構も厳密にいえば我々の味方ではない。最初から準備している戦力をこちらはまだ出していないのだよ」

(状況はこちらの優勢だ。覆されない限りハッタリは効かないぞ)

「では、また連絡するよ」


 二鏡が電話から耳を離そうとするとミングの「待て」と言う声が聞こえた。再び端末を耳にあてた。


「どうしたのかな将軍?」

(知っているとは思うが。貴方の姪はこちらで預からせてもらっている)

「そんなことか……」


 関心がなさそうな声でのこの回答はミングにとって意外だった。旧体制の首脳陣であった二鏡天智の娘。旧体制が崩壊して影響力が減ったとしても、今電話の先に居る啓二にとっての姪だ。


「未確認だが仁美が君達の手に落ちている事は知っている。だが、あの子はそれを承知して警察機構に勤めている。取引材料になるぐらいなら自決するだろう。だから、あの子は取引に使うには向いていない」

(取引を拒否するなら、まず君の姪から処遇を決めなくてはならない)

「それもいいだろう。本人も喜ぶ」


 思わず電話を切り端末をソファに投げつける。

 人を心配するのは一丁前な癖に人に心配されるのは無頓着なワガママな女。

 相手の心の気を引く癖に相手の気は知らずに自分の正しさの為に行動する迷惑な女。

 苛立ちながら啓二はそのままぽつりとつぶやいた。


「使命感に狂ったマゾヒストが」


 この時だけ彼の笑顔の仮面にヒビが入った。


 ―――


 7月29日 15時


 あれからちょうど1時間経ち。邦人居住区の渋滞した道路から人々が降りて走って逃げていく。パニックになってはいないが、皆必死な足取りで橋とは反対側の北に向かって歩を進めている。近場のシェルターはどこも満杯で隣の区画のシェルター状況を手元の端末を見ながら確認して向かっている。

 それとは反対に絵里はランを連れてトボトボと彷徨っていた。自分達が安全であるからと確信しているわけではない。ただ疲れてきたのだ。


「いいんです。私、隣の区画のシェルターに行きますから」


 定員+αとなったシェルターに図書館の館員達が入る中。シェルターを辞退した絵里は独自に避難するにした。ただ行く先々で閉鎖されたシェルターが並ぶばかりで一向に見つけられる気配はなかった。

 核兵器によって壊滅した過去を持つこの地にとって、シェルターの充実が何よりも課題に挙げられていた。だが、この様子を見るとシェルターの収容能力に比べて人口が余りに多すぎるような印象を絵里は受けていた。


「ちょっと休もうか」


 見つけた公園のベンチに腰掛けて絵里は逃げていく人々を見送った。この危機を人ごとのように感じている自分を認めなくてはならなかった。


「ねぇラン。お姉ちゃん……絶対大丈夫じゃないよね」


 突然絵里はそう言いだした。ランはなんとも言わずにベンチにあがり、頭を絵里の膝の上に乗せると頭を撫でた。


「死んじゃったのかな?」


 その問いに答える者はいない。空を見上げると夏間近のうっそうとした雲が流れていく。

 このメンタルを絵里は知っている。どうしても何か必死になれない憂鬱な気持ち。記憶を失う前はよくこんな気持ちになっていたんだろうと思う。


「なんか嫌になっちゃうね」


 目をつむり独白する。


「記憶がなくなっちゃうなんて多分嫌な事なんだよね? トラックに轢かれるなんて普通に嫌な事だよね。それでお姉ちゃんもどうなったか分からない。こんな気分を良く知っている自分も嫌。きっと何も思い出さなくてもいいのかもしれない」


 思い出しても碌なことがないのだろう。予測とも直感の間で推理した絵里は何も考えずにゆったりと時間を過ごし、うとうととしながら膝の上のランを撫でてた。


 …

 ……

 ………

 …………

 パパパパパパ……


 ふと目を覚ます。そして立ち上がり一歩を踏み出して止まる。はっとしてかむりを振った。


(今何しようとしたの?)


 もちろん逃げるのではない。自分はそこに行って何かをしようとしていた。


「私が行ってどうなるの? 私はただの人。何が出来るの?」


 銃声と共に湧き出た感情を抑えて否定する。

 自分はただの人間である事への証明が自分に何より大事な事に思えた。


「逃げないと」


 絵里は走り出した。それが「普通の人」のような気がしたからだ。

 とてつもない嫌な予感を抱えながら絵里は走る。自分は本当に銃声から逃げたかったのか絵里には答えられない。

 今冴えわたる思考と一切震えず理想に動く体を否定する為に滅茶苦茶に走り自分で自分をかき乱す。


 でなければもっと恐ろしい者に追いつかれそうな気がした。


7月になりましたね

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