初動
柿種は朝の廊下を歩きながら記事を読み漁る。流石に「国内」の右派系や左派系の新聞にも、4課の治安維持活動に対して批判的な論調で書かれていた。
難民の住居を平気で吹き飛ばして危険分子を確保するのはまだマシで、大所帯の場合無警告で周囲一帯を爆破するなど傍若無人な振る舞いは続いている。
柿種にとって更に腹立たしいのは、彼らが突入や攻撃的な作戦しかしない。一方で平素の巡回やトラブルの処理は3課のみ行っていることだ。
今まで3課に配備されていた人員や装備のほとんどは「待機戦力」として警察機構の倉庫で眠っている。
柿種が濃いめのコーヒーを片手に司令センターに入る。数人のオペレーター達がなけなしのドローンを操作して現場で任務に当たる職員たちを支援する。
「調子はどうか?」
一人の男性オペレーターに尋ねる。わざわざ人の口から報告なんて受けなくても、自動で作成されたデータを見るだけでいい。
オペレーターは最初は戸惑ったようしていたがすぐに返した。
「今のところは何もありません」
「じゃあ何か変わったことは?」
「どういうことでしょう」
同じような質問に怪訝な顔をしたオペレーターに柿種はすぐ言いなおした。
「あぁ。目の前に写るデータ以外に感じるものとかないか? 勘だよ」
「……不確実な事はお答え出来ません」
「分かった」
無理強いはせず柿種が司令センターのモニターを凝視する。するとあることに気づく。
「オペレーターワン。自警団の人数を今日と1ヶ月間の平均を比べてくれないか?」
「了解」
別の女性オペレーターが出したデータ。それは柿種の感じた事を裏付けていた。
「今日は少ないな……極端に」
現場にいる4つの班と行動を供にする自警団は普段三十人程だが、今日はどこの班も十人足らずだった。
「祭日か何か調べてくれ」
少し不安にかられた柿種の指示はすぐに表示される。
「難民多数派の民族や宗教には、本日は祭日ではありません」
「各班に繋げてくれ」
―――
第一班班長の仁美は班の中央で目を光らせていた。最初は班の先頭に立とうとしたが、回りに静止されて仕方なくそこに収まっている。
回りには仁美より歳が上の人間ばかり、本来は彼らが自分の立場に就くのが自然なはずだと仁美は思っていた。
もちろん能力さえあれば年齢は関係ないイヌモの主義を表面上警察機構も掲げている。仁美も能力には自信があった。
ただ、どうしても生まれつき他の人と一緒にさせてもらえない劣等感にも似た感情。生まれつきかけられた呪いのような「権威」の付随を感じないほど仁美は鈍感ではない。
(各班に通達。返答不要。本日、同伴の自警団が少ない。各自一層警戒せよ)
柿種からの通信が耳の通信機へと入る。これは警察機構の人間しか持っておらず、同伴の自警団には聞こえていない。
バラバラの服装に統一されていない火器。中には足りない武器を棍棒で補っているのもいる。
難民居住区を何度も見て回り、いつも仁美の目に映るのは貧相な服に身を包んだ子供がどこかしこもいることだ。
自警団に警備されたスーパーに入る。平均的な労働者には毎日は食べれないような値段の冷凍された生物食品と、多種多様な安い栄養バーが並んだ売場がある。
前者には比較的身なりの良い人が商品を手に取り、後者は老若男女問わず栄養バーに群がっていた。
「一人三本まで」
あらゆる言語で書かれた看板が後者の売場にはいくつも存在した。
スーパーを出ると、丁度品を運んだトラックが停まる。その回りにはサブマシンガンを持った自警団のバイクが取り囲み護衛していた。
(物資不足なんて大嘘をいつまで続けるつもりなのかしら)
呆れたように仁美は思った。本当は九州新都市を発着していく船にも飛行機にもそれらは載せられて「戦地」に売られていく。
イヌモの難民統治は餓死しない程度に栄養をとらせながら贅沢はさせない。
死んでなければそれでよし。
そんな事を続けた日本が20年代に格差の是正を訴える共産革命が再燃し、あわや政権すら取りかねなかった事を叔父達は忘れたわけではないだろう。
仁美はそう思案していると。バイクに乗った自警団が班の周囲を囲む。
「!」
本能的に班の人間達はそれぞれの火器に手を伸ばしていた。それでも先に仕掛けた側が武器を向けるのが圧倒的に早かった。
「全員やめて!武器から手を離して!」
仁美はあたりを見渡し、たった数秒で判断した。辺りを囲まれ同伴している自警団からも武器を向けられれば。こちらにもう打つ手はない。たった一射で全滅だ。
こうなればどれだけ命を生かす事が出来るか。それが仁美の出来ることだと考えた。
歩み寄ったバイク隊員の一人が仁美の武器を取り上げるとにやついてこう言った。
「賢明な判断、だな!」
「うぶ……」
突然腹を拳で突き上げられ仁美は地に伏せる。背中を踏みつけられながら、バイク隊員は吐き捨てた。
「独立なんてどうでもいいが。こう出来ただけでも腹の虫が収まるもんだ」
「なっ!?」
独立。その言葉に事の重大さに仁美は目を見開き唖然とするが、理解したところで事態は手遅れだ。
仁美が出来る事は、叔父がこの件を出来れば穏便に解決して欲しいと願うしかない。
そしてもう一つ。
二鏡ではなく自分を仁美としてみてくれるただ一人の「妹」。特別な出自を持った本当の意味で孤独を共有出来るかもしれない人間。
たった1ヶ月間しか過ごしていないはずなのに。仁美にとって何よりも大切な人になった人を思う。
胸の中が熱くなるのを感じながら願う。
(絵里……)
どうか彼女がこの争いから無事逃げられるように。
「もう一人の彼女」が目を覚ましてしまわぬように……。
後ろ腕を持っていた手錠で拘束され引っ立てられると。先ほど荷を下ろしたトラックに放り投げられた。
―――
絵里は橋を渡るバスの中、邦人区へ移送されるなかでそれを聞いていた。
空を映す川は段々と雲に覆われていく。
「我々は立ち上がった!警察機構は我々を弾圧し、イヌモはそれを何ら静止しようとはしない。我々を救うのは我々の血と勇気である!」
指導者と思わしき男性の声がラジオが流され皆端末を開いているので絵里の耳にも自然と入ってくる。
「新設された4課は三年前に壊滅したプライベートフォースと変わりない。あれは我々を害する者だ」
(プライベートフォース……)
その響きに絵里は身震いした。記憶にはないのに聞きなれた気がして、それがとてもおぞましい意味を含んでいる事に身震いし、つい両手で胸を抱えて背中を丸める。
足元のランが心配そうに見上げる。
「大丈夫。少しびっくりしただけ」
ランの頭の上に手を乗せると深呼吸する。
(姉さん。大丈夫だよね)
館長が大慌てでバスに全員を押し込めた為安否を確認することも出来なかった。ただショートチャットで自身が無事だと送信しても既読がつかない。
今はかけても邪魔になるだけだろうから、通話はしなかった。
「警察機構だ」
バスの誰かの言葉に絵里は顔をしてあげる。橋の対向車線に装甲車の列が見え、無人攻撃ヘリが飛んでいく。
「これで安心だな」
バスにいるほとんどの人間は安堵した。ただ絵里は何か言い様のない不安を感じていた。
いや何かを頭の中で感じていた。難民居住区には何かがいる。それに本当にあれだけの戦力で足りるのか?
装甲車は人間相手には圧倒的だがマテリアルハザードのような俊敏で堅い相手がいれば小回りが利かない。
ヘリだって費用対策に誘導兵器対策などの防衛機構が外されていると言うのに……。
(あれ?)
絵里はふと我に帰る。どうしてこんなことを考えているのか。そう思考を巡らせようとした時、遥か後ろで爆音が鳴った。
……
「大したことないな」
破片が飛び散ると風穴を開け落ちるヘリ。少年の面影を残した青年は銃口から煙を吹く対物ライフルを肩に軽々しくかける。
建物の上から狙撃する青年はあまり興味がなさそうに目の前の敵を観察する。
(撃つのは程々にしてくれ。難民側が負けない程度にな)
通信先のボックスは青年に話しかける。
「分かった。だが、あれはどうする」
青年の建物の下の路地を駆ける数多のマテリアルハザードの獣達。味方だがそれとは目的が合わない。
(スフィアめ。余計なことを……)
忌々しそうに言うボックスを尻目に青年は空いている左手で首からかけているスコープを覗き、橋の上を走る一台のバスを見る。
「あれがか……」
そうつぶやくと対物ライフルを片手で構えると。「対象」に照準を合わせた。
ドウン
着弾。
無人攻撃ヘリ二機目が橋の近くの施設に落下して爆散する。青年は真横に構えた対物ライフルをもう一度肩に乗せる。
(検体三番。あまり調子に乗るなよ)
「了解している」
そう答えながら三番はバスが見えなくなるまでずっとスコープで覗きこんでいた。
旅行先でもいけるやん!
スマホ投稿初めてなのでなんか色々ちがってますね。
帰ったらパソコンで直します




