消失
柿種は自動運転車の車内で淡々と答えた。
「ですから何度も言っています通り。私は人事部の決定を覆すことは出来ません。それに理由もなく就任して1か月も経たずに辞任など出来ません。それでは」
その隣に座る二鏡仁美はこの30過ぎの新米課長が普段は表情豊かである事を知っている。そして、そんな男が冷たく人と話す場合、大抵機嫌が悪くそれを周りに知られまいと努力している事も。
「いい加減にしつこいなら。連絡先をブロックすればよろしいのでは?」
「ブロックしようが、あの老人はまた別の方法でかけてくるさ。なんとかヘイトを人事委員会に逸らす方がいい」
辞任した3課の前課長は厄介な任務の一部が4課へ移行すると決定した時から、頻繁に柿種に連絡を寄こしてくる。最近は露骨に辞任を迫るようになった。例え辞任してもまた回って来る保証もないはずなのに、その執念には柿種も頭を悩ませていた。
「いやむしろこんな忙しいなら、他の人に渡してしまった方がいいのかな」
「啓二おじさんは許しませんよ。課長の存在はイヌモが4課出来る牽制なのですから」
「はっきり言ってくれる。俺はいつの間にイヌモ側の人間になったんだ」
「利害が一致する限り……ですよ」
イヌモセントラルビルの社内駐車場から降りた二人。入場セキュリティは車内で済ませており、現れたホログラムの女性が応対する。
「柿種余里様。二鏡仁美様。ようこそおいでくださいました。鋼埼のところまで案内いたします」
ホログラムの歩く後を付いてセントラルビルまで入っていく。
中はスカスカだった。
一階から天井まで吹き抜けていながら。その巨大さ故、壁にしかオフィスや施設がなくとも十分な環境が整えられている。
様々な人種の人間が通り過ぎていく。ブロンドから黒、個性的に髪を染めた人もいる。黄色から黒、白。ここに勤めている人間は何かしら実現したい事があって国を捨てたか、もしくは国に捨てられた人間が集まっていた。
二人が通されたのは地下の医療棟だった。邦人やイヌモの人間は無料で医療が提供されているが、普段は移住区画にあるメディカルセンターを使い、ここに来るのはだいたい重篤な病か重傷を負った人間しか運ばれてこない。
無論。命を落とせば運ばれる「霊安室」もあり、鋼埼はそこにいた。
広いドアが開くとホログラムは消え去り。白い照明が壁と床に敷き詰められた青い抗菌タイルを照らす。部屋の奥には「鉄の棚」が鈍い反射を返していた。
「ご足労をかけたな。「二人」も待ちかねていた」
「いいえ。事の発端は俺の……」
「そう言うな。自分もこうなると分かっていたなら辞めさせたさ」
鋼埼は棚のそば。引き出された一つにはシックスアイの遺体が横たわっていた。
「感じのいい奴だった。やっぱりいい奴ってすぐ死んでしまうもんだって。つくづくそう思うよ」
「……」
「そういや柿種さん。ここで会うのは二度目だったな」
「3年前は色んな人とここで会いましたから」
「そうだな。ジェミーだけじゃない。ここに入りきらない程死んだよ。あいつたった一人によってな」
鋼埼はシックスアイの遺体を棚へと押し込んだ。柿種は次の棚を開けるのだと覚悟した。ジェレミアの夢を実現させるの一段階に過ぎない検体。それが今では彼女の置き土産のように思えて、それを雑に扱ってしまった自分は彼女に合わせる顔もないと自己を嫌悪した。
「死者は死者らしく眠ってもらうとして」
金属と金属が接触し棚はオートロックでしっかり締められる。そして鋼埼は番号4番の棚を開けると。そこにはタッチパネルが存在していた。
鋼埼のカードを差し込み。目をスキャン。奪われたものではないと瞳の中の生命反応を検知して。ようやく認証が完了した。
「他言は無用に願う」
出入口とは反対側の壁のタイルが消失し扉が姿を現した。
「ナノスキンを応用した光学迷彩。隠し部屋にピッタリだよ」
「すごい……」
絶句する柿種に仁美は少し興奮気味だった。
「ああ、挨拶が遅れたね。鋼埼です。二鏡社長には贔屓にしてもらっています」
「鋼埼……えぇっと研究主任でしたね?」
「流石社長の姪っ子さんだ。耳が早いね」
扉を開けるとあるのは2つの部屋。巨大なモニターのある小部屋と奥に隣接する部屋はガラスに仕切られていた。
入室するとどちらの部屋もほのかに灯りがつく。生体情報が表示されたモニターを見て鋼埼はうなづいた。
二人はガラスで仕切られた部屋に近づく。
「死んでしまった人について深く考えるのは後にして。今は差し迫った生者の話をしたいと思うんだが」
ガラスの奥には変わった真っ白いベッドが一つ。巨大な湿布のような物が掛け布団のように上からかけられ、それはピッタリとベッドに張り付いてそこに眠る人物の体のラインをくっきり映し出していた。
呼吸器を付けられ眠りにつく利府里衛利は、しっかりと息をしてその鼓動はモニターの線を打つ。
「彼女は死んだはずでは? 4課ではそう報告されたはずです」
つぶやく柿種に鋼埼はとぼけたように言った。
「さぁ乱れた状態をリセットする為に一時的に脳波も心臓も止めて。オペも丁度良くなるまで「中断」したがね。衛利はこのように生きてるさ。試作の全身再生ジェルベッドに寝かせるぐらいにはね」
「つまり……」
「誰も死んだ者を捕まえようとは思わないだろう」
鋼埼のしたり顔はすぐ真顔へと変わる。
「……だが、衛利はこのあとどうすればいいんだろうな」
柿種は沈黙する。肥大化する4課と不満を持つ難民達。衝突はいずれ起こるだろう。その時イヌモはどう出るのだろうか? 衛利は今度は誰の命令で誰と戦うのか。
「周りの人間はみんな衛利にエゴを押し付けすぎたのかもしれない。人より感覚や能力が優れているからって。望まれもしない戦いを延々とし続けて……」
「あいつは兄が破った使命を破るまいと。獣に落ちないように踏みとどまっている」
「それが衛利を苦しめるんだ。重大な使命を説いても結局するのはだいたい人殺し。昔、お前が出張る方がこちらの被害も少なくなるとも言ってやったさ。傷つく人間が少なくしたいならお前が手を汚すのが一番とね」
戒めるように自白するように鋼埼は告げる。
「この3年間。いや、生まれてからずっと衛利は強制され続けてきた。何も拒否出来なかったんだ。唾液を取るのも腸液も羊水も体のあらゆる分泌物も調べられて。小さな体を切り開かれて臓器や脳にも機械に繋がれて何度も注射されるのも。更に何を考えていて何を感じているのかも、好奇心の前にさらけ出さなきゃいけなかった」
口調は苦々しくなる。この話は柿種も初耳だった。人道とは程遠い場所、まるで別の世界での出来事のように聞こえる。
「新体制は衛利への実験を全て中止して備えていたんだ。非人道な扱いに対する反省なんて言葉を並べてな」
「何にだ?」
「利府里司徒が拡散したデータを基に、難民側にESP能力者が現れた時のカウンターとして生かしていた。その理由も4課の台頭で薄れつつあるけどな。しょせんESP能力者も人間だ。少数では軍隊には勝てん。だから今こそな……」
鋼埼は上着から端末を取り出し衛利の下層での情報を表示する。それは人の記憶を操作する事に言及された文章だった。それを柿種に見せつける。
「衛利は意思を問われれば。きっと本当の事は言えないだろう。ただ自分の心を削りながら手を汚すだけだ」
「まさか……出来るのか?」
「今更だが。これ以上大人の義務を押し付けるのはやめようと思う。本来俺たちの戦いのはずだ。俺もあいつが死んで目が覚めたよ」
鋼埼の手に握る端末。それは紛れもなくシックスアイが使っていた端末だった。




