本性
また足裏に敵意外の血を染みこませてしまった。
足元に転がる死体を抱えて見知った顔を覗く。
脳波は完全に止まり。サングラスの奥の瞼が開くことは永遠にない。
親しい人間が死んでしまった時。普通の人はもっと怒ったり泣いたりするはずなのに、なぜか自分にはそれが出来ないし、する気も起きない。
兄が死んだときも本当に自分は悲しかったのか分からない。
むしろ無理やり戦わされている人を手にかけた時の方が、吐き出したくなる程嫌悪感と罪悪感の方が大きかった。
本当に自分が守りたかったのは「自分の心だけ」で。本当は他人なんてどうでもいいのかもしれない。
なぜシックスアイと初めて出会った時に「弱者を助ける事」を口にしたのか。本当は出来るか分からないのに。イヌモの非道さを知ったからか。これではいけないと思ったからか。
その時感じていた怒りや義憤を、今も持っているかと聞かれたら私は素直に頷けるだろうか。
「もう私には分からない。私はどこへ行こうとしているの?」
それに答えはなくとも、何気ない返しをしてくれるだけで良かった。
もうその言葉を聞くことはないのだから。
ああ、なんだか何もかもどうでもよくなってきちゃったな。
―――
衛利が穴の開いた扉を開けると、細長い通路と血濡れの槍を携えるユリアスの姿があった。
「もういいの? 友達だったんでしょ?」
「……」
ユリアスの言葉に衛利は一切答えない。脳波も動じない。ただデフォルトブレードの切っ先を下におろしたまま、ユリアスに近づいていく。
先ほどとは全く違う様子に不気味さを覚えながら、衛利の胸に向かって槍を突き出すと。寸でのところで衛利が左足一歩を踏み出し槍は左わきに逸れていく。
そして脇を思いっきり引き締め得物が封じられた。ユリアスはすぐさま引き抜こうとその場に踏ん張るが、戻ってきたのは槍だけじゃなかった。
「しまっ」
ユリアスの引っ張られる力で接近した衛利はユリアスの片肺にブレードを突き刺し。すぐさまもう片方の肺にブレード突き入れる。
「あごっ……」
その場に倒れ込み口をパクパクさせて、必死に呼吸をしようとするユリアスを見下ろす。そして、転がる槍を持ち上げると思いっきり右腕に突き立てた。
「ーーーーーーーーっ!!」
ユリアスの悲鳴が通路に鳴り響く。引き抜いてまた適当に刺す。決してバイタルは狙わずに、死なない程度に手足を抉り。腰を砕き。腹を踏みつけては傷口から出口を求める血液が溢れていくのを見た。
叫びは消え。目の前の肉体はもう動かなくなっていた。
「貴様あああああああああ!!!!」
脳波が別のところで発生して怒声にも悲鳴にも聞こえる声が鳴り響く、通路の奥の扉が開け放たれる。機関銃を向けるユリアスが鬼気迫るような顔で叫ぶ。
「殺さないからって調子に乗るなぁ!」
逃げ場がない通路で放たれる銃弾が、アイギスの装甲と左腕に展開した疑似筋力繊維の盾で防がれる。両腰の疑似筋力繊維を前の床に射出。固定させ収縮させながら、足を折って被弾面積を減らし距離を縮める。
【アイギス総消耗30%を切りました】
機関銃を捨て拳銃とナイフを取り出し白兵戦に備えるが。すぐさまそれを取り落とした。
近づいたアイギスの右手から伸びた疑似筋力繊維が、器用にユリアスの首に絡みついて持ち上げると気道を圧迫する。
衛利は左手指の疑似筋力繊維を猛獣のような鋭い爪のように形成すると、ユリアスの腹に食い込ませた。皮を引き裂き腹筋を傷付け、内臓を少しだけ傷つけ何度もひっかく続ける。
いつの間にか絶命をしていたのをそこらに打ち捨てる。感慨もなく次の部屋にはカプセルのような物が7つある部屋だった。全て閉められその近くにはゲル状の物が床に散らばっていた。
その部屋の真ん中に無傷であるにも関わらず槍を杖にしてもたれかかるユリアスの姿があった。
「はぁはぁ」
肩で息をしながら胃液を吐き出す。そんな痛々しい姿でも衛利は見逃さなかった。
「まだ抵抗するの?」
まだユリアスの目には光がある。戦意をへし折る為に苦痛を与えてきた衛利は次はどのように殺そうかと思案し始める。
苦しそうにしながらも健気にも立ち上がるユリアス。だが、衛利はそれを無視して、デフォルトブレードをカプセルの一つに投げつける。
「あっ」
同じ部屋内であればアイギスの正確な投擲が外れる事はない。カプセルから颯爽とデフォルトブレードを引き抜くと、ユリアスの肉体のスペアの血が付着していた。
目を向けられたユリアスは半狂乱に槍を振り回して衛利を近づけまいとする。希望は失っていなくても戦うには絶望的な状況だ。
その様子を見守るように静観する衛利。その間にユリアスは呼吸を落ち着かせしっかりと槍を構える。
いつまでも仕掛けない衛利に疑問を投げかける。
「慌てていたさっきまでならすぐ殺せたのに。なぜ来ないの?」
「……さぁ」
「ふざけるな!私は命がけで」
「貴方が命を語るのは少し違うと思うけど」
衛利は気だるそうに首筋をかき、静かに言った。
「ふざけているのは半分そうかもしれない。もう半分は虚しくなってくるから」
「っ!」
突然衛利が前のめりで飛び出し、単純な突撃を仕掛けてユリアスは衛利のブレードをはじく。それでも大振りの斬撃を繰り返す衛利に反撃を試みてもそこを拳でカウンターを食らう。
ブレードを槍で受け止め、ユリアスは壁に押し付けられる。顔と顔が接近しお互いによく見えた。
一方は怯えながらも勇気を失ってはいない瞳。もう一方は目を細めて穏やかな表情で口端をあげていた。
「ふざけていると言うよりは楽しんでいるのかも」
衛利はギリギリと刀を押し込むと、槍を持つ手が圧迫され窮屈になっていく。
「確かに貴方は私の相棒(半身)を殺した。恨みがないと言えば嘘。だけど貴方は私の全力の攻撃でも、他の敵と違って壊れないもの。最高の玩具じゃない?」
ユリアスは感じていた恐怖の正体が、なんとなく分かった気がした。
「さっき私を化け物と罵ったけど、それは本当の事。認めたくなかったけど。否定してくれる人はもういなくなっちゃった」
目の前にいるのは遺伝子や体を強化した「人間」ではない。おもちゃを乱暴に扱い壊すことを楽しんでいる「獣」が、自分と言うおもちゃをどのように破壊しようかと楽しんで考えていたのだ。
「でも、もう十分楽しんだ。最後に肉体移動はどんなからくりで動いてるのか教えてもらう」
いきなり左手で首を絞められるユリアス。疑似筋力繊維がうなじにある生体CPUに伸びて、強制的に接続する。あらゆる防壁も「知恵の実」の助けを借りた強制アクセスをはじくことは出来ない。数億の抵抗も人が認識出来る時間すら超えて突破される。
衛利はそこに広がるネットワーク空間が知恵の実とは違うクローズド空間である事に気が付いた。
「やめろ……そこには」
「独自の量子計算ソフト? 知恵の実ではない……」
【originがホワイトの意識データリンクをパージしました】
衛利は突然切断された酔いで少しよろめくが、ユリアスは崩れ落ちた。
「あっあっ、そんな」
ユリアスが両手でうなじを抑えながら、絶望を深く刻まれた表情で泣き叫ぶ。
「ボックス!? 中佐ぁ!! 応答してください。接続して!なんで切ったんですか? 私はまだやれます!やれるから接続してください」
その目に希望はなかった。衛利はユリアスが彼らに捨てられたと理解した。あてにしていた復活も、頼りにしていた人たちにも見限られ。捨てられた犬のように泣きわめく少女が残された。
衛利はデフォルトブレードを持ってユリアスに近づく。それを認めたユリアスは壁にもたれかかりながら、ただ枯れた喉から現実逃避の言葉しか出なかった。
「嘘だよ。私は人類で最強なの。だから二人が見捨すてるはずがないわ。ははは、殺してみなさい。また復活してやるんだから!!」
「……」
その顔を見ると急に衛利はデフォルトブレードを収める。
柿種の依頼に沿うなら。この女を捕まえて尋問したら敵に対して情報を引き出す事が出来るかもしれない。
だが、それより衛利は一足でも早くここからいなくなりたかった。ここからも、そしてこの世からも。
「どうして殺さないの? 私に同情でもしてるの!?」
やけになって威勢よく死を望むユリアス。もはや正気とは呼べない姿を衛利は一瞥して背を向ける。
「貴方に同情していないし。していないから貴方を殺さない」
「私は貴様の相棒を殺したの!許せないはずよ!だったら……」
純粋な悪意で惨めな命を生かす。自身の感情を廃して最も残虐な選択を相手に押し付ける。
これもある意味「人の立場に立って考えると言う事か」。本来優しさを表す言葉も裏を返すと恐ろしい武器となる皮肉を、衛利はおかしく思った。
「この先に生き延びたとして、貴方を切った事人たちが生きている事を知れば、証拠隠滅する為に貴方は狙われるかもね。それにあなたは他に生きる術も知らなそうだし。だから永遠に幸せになれないわ。だけど、自分で死ぬ勇気もない」
振り向きながら言った言葉にユリアスは閉口する。そして怯えたように言った。
「……分かっているくせに」
「せいぜい苦しみなさい。死ぬまで」
―――
【近衛課長宛 4課特別班からの報告】
倉庫群にて遺伝子強化体2番を発見。40人のユニット3班で包囲し投降を呼びかけるも、抵抗した為交戦。
遺伝子強化体2番の消耗激しく戦闘開始4時間で沈黙。死者0。負傷者60人。
拳銃、小銃合わせて胴体4発、左腕3発、左足2発。全身に手榴弾による火傷と破片の傷害多数。
沈黙後に延命措置を施しイヌモセントラルビルまで搬送。鋼埼主任研究員の即製医療チームによる緊急手術が行われる。
手術開始4時間。心停止と脳波停止が確認される。
遺伝子強化体2号(名前:利府里衛利) 死亡
アンダーグラウンド編終了です




