反骨
シックスアイがラングレーを連れた衛利を見つけ資材から腰をあげる。追ってきたバイクが全滅しているのは確認済みだった。
「意外とかかったな」
「少し寄り道をね」
雑多に放置されている野ざらしの資材、それら置き場に自然と放置された貨物コンテナ。その扉は開け放たれ風が吹きぬけている。衛利が覗き込むと地下へと続く道路が見えた。
「奴らはここから機材を運び出したのね。行先は分かる?」
「一台だけ分かった」
「一台だけ?」
不審に思う衛利に視覚データが送られる。一台のトラックが煙を吐いて車道を走る映像だった。右前輪がパンクし、せいぜい時速30kmしか出せないビードローンですら追いつけてしまう。
「これが30分前の映像。それでこれがついさっきの映像だ」
先ほどのトラックはここから少し離れた倉庫に停車すると、床に偽装していたエレベーターで下へと降りていく。
「あれ程の機材を運んだんだ。一台だけじゃなく、他の車両もこの地下に入った可能性がある」
「この先は?」
シックスアイは首を横に振り、端末の画面を切り替えてビードローンの残数と状態を表示する。
半数のビードローンが暗く表示されており残りも赤く点滅している。
「ない。ビードローンの残数が尽きた」
3時間に及ぶ全力疾走の継続は虫達は、予備をやり繰りしても半数が命を落とす程過酷な物だった。
「虫の権利の侵害ね」
「そんなの言い出すのは過激な動物愛護団体ぐらいだろ」
ジョークでお互いクスリと笑うと、シックスアイは突然真面目な顔で衛利に問いただした。
「それで。この後どうするんだ」
「……」
「本来、表でマテリアルハザードを仕掛けた犯人がここにいるかもしれないから調査しろって事で、それも警察機構。いや、柿種が個人的に頼まれた事だろ。警察機構からも追われるようになったんだ。柿種が心変わりをしてお前を売っていたら」
「柿種さんはそんなことしない」
「なぜそう言い切れるんだ? 実際アパートに奴らは来ただろ」
沈黙した衛利。知恵の実にアクセスしても頭を捻っても答えが出ない。例えこのまま逃げても柿種が約束した調整ナノマシンが手に入らなければ、どのみち衛利は死んでしまう。
シックスアイは片手で頭を掻きむしりながら、体を背けた。
「今からでも遅くない。やり方が強引だったからつい逃げました。それでどうにか……」
「嫌だ!」
突然の大声に驚いたシックスアイ。顔を向けると、うつむいた衛利が両手の拳を握り締め肩を震わせていた。
「私は絶対やだ。なんであんな事をする奴らに頭を下げなくちゃいけないの? 私が検体だからって何をしてもいいの?」
「……」
頬に流れる涙をシックスアイは直視出来なかった。いたたまれない気持ちで衛利の嗚咽を聞き続ける。
「私だって求められれば応じるわ。ただそれだけで良かったのに。せめて説明ぐらいして欲しかった」
「……」
「あんな形じゃなくても、他にやり方はあったはずでしょ」
シックスアイは資材に腰を下ろした。衛利は右手で顔を拭いながら佇んだ。
「っ?」
衛利が左を見るといつの間にか横に居たラングレー。車体を撫でると鳴くようにサスペンションを沈める。
「うん。分かってる。こんな事している場合じゃない」
そうラングレーに話しかけると、深呼吸して顔をあげた衛利。目は赤く充血しているが、瞳は座っていた。
「でも、これだけは言える。今奴らを叩かないともっと多くの弱い人達が奴らの都合で命を差し出さないといけなくなる」
その時、衛利の生体CPUにコールがかかった。
―――
柿種は警察機構にある仮眠室で死んだように寝そべっていた。
3課の課長となってから難民居住区の治安任務を任され、テロ対策等の仕事は減ったが、それに伴い減らされたモノはあまりに大きかった。
人員は半分まで減らされ、ヘリや装甲車、ドローン等の機材が4課へと提供された。
警察機構嫌いな難民達に部下を丸腰やドローンなしで突っ込ませる事わけにはいかず、貧弱な装備を持たせ固まって動き。いつ裏切るかもしれない自警団に協力してもらいながらなんとかやっている状態。
それでカバー出来る行動範囲もたかが知れたものだ。
眠っていても1時間程もすると目を覚まして。すぐに課の状態を把握する。
「はぁ」
そして、何もない事を確認して安堵の息をつくと。居ても立っても居られずに起き上がる。
いかなる問題や衝突もあるか分からない。ただでさえ他の課を切り取って4課が勢力を拡大している中で、弱みを見せるわけにはいかなった。
難民居住区地図の再調査画面を開くと、ふと衛利の存在を思い出した。
(下層に到着してから6日ぐらいか。情報の一つぐらいあれば良いのだが)
肌身離さず持っている専用の小型端末で回線を開くと、溢れる通知と受信データの数々が柿種の目に飛び込んできた。
「なんだこれ……」
柿種はデータに目を通すと予想外の進展に衛利へ電話をかける。
(柿種さん? やっと出た)
衛利の声は少し鼻声だった。
「すまない。それで今どうなっている?」
(テロの手がかりを追っているんですが。4課からも追われてて)
「なんだって。誰の命令なんだ?」
(4課の課長からです)
愕然とする柿種。近衛の手はそこまで手が回っている。
(ともかく私は事件を追います。それとデータでも送りましたが、この件で二人の証人保護を申請します)
柿種は頭を抱えた。
「すまない。テロ関連は全て4課の担当になった。これらの事件に関する証人保護はうちで対処出来ない」
(そんな……)
データにあった難民の二人。そして、柿種はある事に気づく。
「証人保護は掛け合ってみるさ。だが、この自警団の戦力は本当なのか?」
(何が言いたいんですか?)
「表の自警団とは装備と規模が違いすぎる。まるで軍隊規模じゃないか。奴らが本気になれば九州新都市は止める術はないぞ」
(そんなの実行できるはずありません)
衛利の懸念を柿種は遮る。
「実行出来なくてもいいんだ。これだけの戦力を突然突きつけてきて難民側が表に何かを要求してきたら?」
(要求? まさか……)
なぜこうも気が付くのが遅くそして、何も出来ないのか。柿種は自分の無力さに肩を落とした。
「いいか利府里。4課の正体は日本国防軍だ。難民の独立蜂起なんてもってのほかだろう」
(4課の誕生も拡大も、独立を阻止する為に?)
「それがすべてとは思えんが、最悪多くの血が流れる事になる。それに例え4課の目的通り行政権を日本が取り戻しても、政権の一部には難民排斥を掲げる極右が混じっている。どちらにしろ対立は避けられない。それにイヌモが消えれば米中も、どう出るか分からない」
(ちょっと待ってください。話が大きくなりすぎて)
衛利が止めに入るが柿種は続けた。
「一事が万事だ。ともかく君はテロを追ってくれ。私は証人保護がこちらでも出来ないか掛け合ってくる」
(分かりました)
通信を切り仮眠室から飛び出してかけてある上着を羽織ってから3課オフィスへと赴いた。
そのオフィスの中でただ一人居た。スーツを着たショートボブの若い女性が出迎えた。
「柿種課長。もうよろしいのですか?」
女性は物腰柔らかく尋ねると、柿種はああと不器用に対応すると女性は耐熱紙コップのホットコーヒーを差し出してくる。
「すまない」
柿種が受け取ると屈託のない笑顔で女性は応えた。
「いいえ。課長を補佐するのが叔父さまからのお願いですから」
警察機構にまさかイヌモ社長の姪が勤めているとは柿種も思わなかった。それも安全な1課や2課でなく危険が伴う3課にわざわざやってくるのだから。
(二鏡仁美。新体制社長、二鏡啓二の姪か)
愛想よく周りの部下たちにすぐに馴染み、高いコミュニケーション能力を持っている事は1週間で感じた事だが、イヌモの関係者である事に柿種は全面的な信用を置くわけにはいかなかった。
そう考えながら仁美の淹れたコーヒーを啜る柿種。権限に関するデータをもう一度閲覧する。
(4課の事も気になるが、下層の事も気になる。どうにかして保護しなければ)




