二つの焦燥
うちっぱなしのコンクリートで覆われた部屋。そこには7つのカプセルが置かれ、そのうち2つは開いていた。タオルで保護ジェルを拭い去ったユリアスは下着を着ると、体を隅々動かしてから具合を確かめる。
(ユリアス。聞こえるか?)
セルゲイから通信が開かれる。まだ彼らはトラックに乗っているようだった。
「はい。中佐」
(3番肉体の不具合は?)
「はい。ありません」
(分かった。今移送物資の一部をそこへ回すが、強化検体2号に捕捉されている可能性が捨てきれない。武装して待機しておけ。襲撃があれば死守するんだ。武器庫と全ての機能の使用を許可する。それから……)
セルゲイはそう言いかけて言葉を切った。
(私とボックスは他の場所へ機材を運ばなくてはならない。後で合流する)
「了解しました」
通信が切られると、すぐさま隣接する武器庫で収納された量産型雷神に身を包む。そこに収められている様々な武器から槍状の兵装と小銃から拳銃を選別する。
「今度こそ」
拳銃の動作を確認して構える。
多くの訓練や戦闘を積んだわけでもない。ただ与えられた力だけでシミュレーションを勝利しただけ。
しかし、ユリアスの頭の中は一度ではなく二度も屈辱を与えられた怒りだけではなく、強迫観念にも似た感情がじわじわと心を蝕んでいた。
「このままじゃ」
自分は最強の人間として生まれてきた。世界は更新されなくてはならない。ボックスの言葉を信じてきた。だから自分より前に生み出された存在に負けるわけにはいかない。
でなければ……。
そう頭の中によぎると息が詰まる。片手でなかなか拳銃がホルスターにしまえずに、息をついて両手でゆっくり収める。
右手で思いっきりコンクリートの壁を殴りつける。めり込んだ拳の隙間からコンクリート片がパラパラとユリアスの足元に散乱する。
「私に価値はない」
見捨てられる。それが何よりも怖かった。
―――
二人には身を隠してもらい、ラングレーと合流した衛利は隠れ家のアパートの近くまで戻る。
その際ラングレーの探知映像を確認すると、大型コンテナに偽装した脱出口が、第6集積場の最奥にあった道と通じているのは間違いなさそうだった。
ビードローンを通じてシックスアイに、コンテナ付近のタイヤ痕を追ってと言う事は言ってはみたものの、ビードローンが何をするわけでもないので伝わっている確証はなかった。
アパートの様子を伺ってから。ラングレーから黒いコートを取り出しアイギスの上に羽織る。
「ラングレー。そのまま待ってて」
アパートの付近に感じる複数の脳波を感知するが、居所には人は見えない。つまり隠れている。だが、隠れ家の部屋は灯りがつき。感じ慣れない脳波が一つだけあった。
(緊張しているけど、戦いに来たわけではなさそう)
アパートへの通りに姿を現すと、通りにいる人間の一部の脳波が活発になり始める。衛利を認識し何かしらのチームが動き始めたのだろう。衛利はそのままアパートまで歩いていく。
【照準されている武器なし。狙撃の心配はありません】
アイギスの被照準測定が安全を告げても気を緩めることなく通りを歩いていく。
「お仕事ご苦労様」
アパート付近で佇んでいる一味と断定した男に声をかけながらアパートへ入り階段をあがっては、扉の前まで歩く。
扉の奥には脳波が1つ。アパート付近には3つ。3階の踊り場には2つ。合計6人の人間がいる。
「ただいま」
玄関を開け部屋に入ると、一人の警察機構の制服を着た男が立っていた。シックスアイでも柿種でもない。
「誰あなた」
白々しく質問すると男は警察機構の身分証を提示した。
「お初にお目にかかります。私は警察機構4課課長の代理で参りました。利府里衛利さんですね?」
「ええ」
「4課課長の命令で貴方を警察機構までお連れします」
「……柿種さんから話は聞いてないけど?」
衛利はうまく状況を飲み込めなかった。インターネットに接続し、4課に関してメディアや情報を探すが全くと言ってない。
「3課はマテリアルハザードやテロの捜査から外れ、代わりに我々4課がその任務を引き継ぐことになりました」
「それが私と何の関係があるの?」
「近衛課長は、貴方のマテリアルハザード対処能力を高く買っています。是非協力して頂きたい」
衛利はうなづいてからコップを取り出し、水を入れると一口含む。
「悪いけど、私じゃ判断できない。柿種さんからかイヌモからの正式な文書がないと」
逃げに徹する衛利を男は追撃する。
「柿種さんは貴方をここから出す時に正式な文書を発行されましたか? 事実貴方は表面上は拘留中の身だ」
「……」
衛利は先ほどの出来事を男へデータ送信する。
「この通り。敵が態勢を整える前に追撃しないと、連れて行くにしてもまた今度にしてくれない?」
「ダメだ」
男はテーザーガンを取り出すと衛利に撃ちだし、コートに噛みついたコードが高電圧を流し込む。
「……」
コートが制御されて電流をアイギスのバッテリーだけに流しこむよう回路を形成する。電流を浴びていない衛利は平気な顔をしてコード引き離すと、男は警棒を取り出し振り上げて口調を荒げる。
「お前を連行する!」
「断る」
振り降ろされる警棒を避けながらすれ違う瞬間、コップの水を男の顔面にかけて怯ませると、衛利は二階の窓をぶち破った。
「ラングレー!」
主の危機から既に走り出していたラングレー。二階から飛び降りる衛利はそれを見ては体を一回転させ体勢を整えて、曲芸の如く走るラングレーに着地すると加速する。
柿種にコールしながらシックスアイにも連絡を取る。先に取ったのはシックスアイだった。
(大丈夫か?)
「ビードローンで全部見てたでしょ。今から柿種さんに連絡を取るから。今どこに居る?」
(奴らの脱出地点まで向かってる。たぶんそっちが先に着くだろうけどな)
衛利は後ろを振り向くと数台のバイクの光が迫ってくるのが見えた。
「そうでもないかも。……後で偽装コンテナで合流しましょう」
ラングレーがジェネレータを唸らせる。人通りを避けゴミやジャンクがたまった簡素な建物の隙間を縫っていく。
「……」
何度か拘束された事がある衛利も、何かから逃れる事は未経験だった。それに伴う焦燥感や不安が少し考えを鈍らせたが、真っ先に思い浮かんだのは3年前、自分の前から走り去る兄の後姿だった。
あの時、再び自分の前に姿を現すまで、いったい彼はどこへ逃げてどこで隠れたのだろう。
「またこんなこと」
懲りない自分に苛立ちながら道端にある石を拾い、ノンルックで逆手投げすると後ろでバイクが転げるクラッシュした音が響いた。




