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トラウマ

(衛利!二人を見つけたぞ)


 予測脱出地点までの通りをラングレーにまたがる衛利に、ビードローンの視覚映像が送られてくる。

 それはユホンと見られる女がアドルに拳銃を至近距離で構えていた。


「これは?」

(とにかくまずいぞ。どうする)

「決まってる」


 シートから立ち上がると拳銃の安全装置を外し、ラングレーに急ブレーキをかけさせた。慣性とジャンプで50mの距離をジャンプし、疑似筋力繊維を建物に射出収縮を繰り返し加速する。

 ラングレーは通りを迂回して予測脱出地点へと向かわせる。


【アイギス総損耗25%到達】


 アイギスの警告を聞き流し、二人の人影を認識した衛利は聴音機能を作動させた。


「ユホン? どうしたんだ?」

「私の敵は貴方だから」

「なんだって……」


 言い終わる前に乾いた音が一発響いた。衛利ははっと息を呑み地面に着地する。


「動かないで」


 アドルは尻もちをつき。ユホンを見ていた。


「ユホン。俺だ。アドルだよ」

「その名前は私の敵の……敵?」


 困惑するユホンにアドルは更に投げかける。


「違う俺は味方だ。いったいどうしたんだ?」


 二人の様子をうかがう衛利が一歩近づいた。その瞬間、衛利の足元に弾丸が撃ち込まれた。


「近寄らないで!貴方は誰!?」


 威圧される衛利は動じず、一方でユホンの脳から少しだけ波のような物を感じた。普通に人間では発しない微弱な物だった


(まさかESP……)


 そんなことを考えているとユホンがアドルの首を抱え込み、銃口を側頭部に突きつけた。踏み込みそうになる衛利に、アドルは手を前に出して制止させる。


「これ以上近づいたら撃つ!」

「やめろユホン!落ち着け。この人は敵じゃない!」

「じゃあ私の敵はどこにいるの!!」


 まるで話が噛み合わない。状況が硬直する。


(ビードローンで近寄って刺す。その間に)

「待ってシックスアイ。これじゃあ解決出来るか分からない。少し待って」


 衛利は知恵の実でユホンを解析する。衛利の問いかけに知恵の実は答えた。


「彼女の混乱の原因は?」


【レーザースキャン。呼吸から人工的な混乱成分、興奮成分を確認】


「脳内状況は?」


【記憶野が活性しています。何かを思い出している状況です】


「ESP能力はどのくらい?」


【リーディング能力なし。微弱な感知のみです】


「十分。アイギス、緊急気付け剤を脳波増幅補助もお願い」


 アイギスの警告を無視し、アイギスの隙間から現れた小さなケースから、タブレットを取り出して飲み込むとしばらくして立ちくらむ。体をモニターしているシックスアイの声が聞こえた。


(おい何してるんだ。それは負傷した時に……)

「少し静かにして」


 目をつむり集中力を高める。動悸が激しくなり吐き気もしてくる。それ以上に脳が強い刺激と頭痛が衛利をさいなむ。


「届け……」


 ユホンは突然奇妙な感覚を覚え、脳の奥から何か電気のような、何かが逆流し引き出されているような感覚だった。アドルを掴む力が緩む。


「アドル!取り押さえてからもっと話しかけて!」


 衛利の声と共にアドルは拘束から抜け出し、拳銃を叩き落として突き飛ばすと馬乗りになった。


「ユホン。頼む、正気に戻ってくれ。忘れたのか!」


 衛利はその場に倒れ込むと、更に集中しユホンの脳内へ更にアプローチをかける。脳波がユホンの脳を刺激すると、段々ユホンの脳内のイメージが衛利にも伝わる。


(もう少し……)


 最後の一押しを感じると、衛利の脳内にユホンの鮮明なイメージが流れる。ユホンの流れてくる記憶と衛利の記憶が混濁し始めた。


 ・・・


 鮮烈な記憶が伝達した。


 戦禍に巻き込まれ家族と共に故郷を追われた悲しみ。


 疎開船まで行く途中出会った少年に対する揺り動かされる心。


 疎開船の上で少年を家族として迎えた喜び。


 そして。


 少年によって海から引き出され、燃え盛り真っ二つに折れる疎開船を見た。


 救命に来たはずのボートから機銃が掃射し、少年に引っ張られながら海を逃げ回った。


 浜辺につけば家族はどこにもいなかった。そして一緒に流れ着いた少年の名は。


 ・・・


「アドル?」


 ユホンは突然我に返ったように周りをキョロキョロし始める。アドルは馬乗りからユホンを放すが、次の言葉で表情が凍り付く。


「お父さん? お母さん? ミュジン? ビレツ?」

「ユホン。やめろ!」


 アドルはユホンに抱き着くと。その瞬間ユホンは大声をあげて泣き始める。


「みんな死んだんだよ!受け入れたはずだろう?」

「嫌だぁ!なんで? なんでみんないないの!?」


 一方衛利はその場に屈んだままうつむく。その目は虚ろ。記憶の混濁から戻っても、幸せや悲しみの場面の感情を体感してしまった。それ以上に引っかかった疎開船の名前をポツリとつぶやく。


「守礼号……」

(衛利!おい!聞こえるか)


 シックスアイの焦った声で我に返る衛利。次々に来る頭や心臓等の体の痛みを認識すると苦痛で呻きながら返した。


「ごめんなさい。今はダメ」


 通信を切りそのまま座り込んだ。


 ―――


「ああ、いいお土産をありがとう」


 セントラルビルの高層オフィスで二鏡は満足げにうなづいた。立体画面に映る電子口座に入金された5億の数字。


(これからもよろしくお願いします。二鏡社長)


 通信相手の4課課長、近衛は通信を切断した。


「……まぁ使えんこともないな」


 二鏡は5億をそのままで鋼埼の研究室にぶち込むと、椅子の上でぐるぐる周りながら思案する。


(挨拶のつもりなんだろうが、さて日本政府の狙いはどこだろうか)


 米中が非人道な旧体制の関与が明るみになり、日本が付け入る形で関わり始めた事で、自分も社長の身へありつくことが出来た。近衛も自分が同胞だと認識しているはず。


(かと言って描いているビジョンは同じであろうか?)


 近衛は、日本政府はイヌモを解体か無力化し、九州の行政権返還と言う実質的な併合を模索しているはずだ。

 米中もそれを止めようとするだろうが、どちらかが手を出せば今度は九州だけでなく日本列島そのものが危うい。それを彼らは承知しているのだろうか。

 その考えられるシチュエーションで一番得するのは誰か。

 そもそもこれほど米国の影響力が低下した日本政府が強気になれるのも、新たな後ろ盾を得たからに他ならない。

 その後ろ盾はその内連絡を取って来る可能性がある。


「さてキリル文字はどれだけ覚えているかな?」


 二鏡は呑気に独り言をつぶやいては、またのんびりと広い空を眺めるのだった。


 ―――


「ありがとう。利府里さん。落ち着いたみたいです」


 アドルが礼を言うと衛利は首を横に振った。ユホンはアドルの胸の中で疲れ果てて眠っている。


「いいえ。私も無事に解決出来て良かった」

「あの、ところで」


 アドルが言わんとすることは分かった。


「私たち。これからどうすればいいですか?」


 自警団を裏切りもう下層にはいられないだろう。衛利はすぐに提案する。


「マテリアルハザード事件被疑者の、別件の事件の証人として警察機構に保護してもらう方が良いと思うわ」


 警察機構と聞いてアドルの顔が曇った。


「それ以外は……」


 あまり表には行きたくない気持ちは衛利にも分かる。守礼号の生き残りは発表は0だが本当は居る。

 守礼号への作戦も知恵の実の奥に隠された、最高アクセス出来る人物でなければ知りえないが。噂話でも旧体制の非道さからイヌモは槍玉に挙げられる。それと繋がっている警察機構は敵の仲間、それらが管理する表は敵地と思われても仕方がなかった。


「警察機構も、イヌモも一枚岩ではないわ」

「……」


 今は従うしか道はない。アドルは諦めて衛利の言葉を信じるしかなかった。

 メールを開き柿種に事の顛末と二人の元自警団の保護申請について文面を整え送信する。

 すると、先ほど届いたシックスアイのメールに気づき開封する。


【衛利へ

 隠れ家がやばい

 追って接触する】


「なにこれ?」


 疑問と共に衛利は通信を開くが繋がらない。ふとビードローンが近寄って衛利の左手の甲に着地した。

 これがある限りシックスアイはこちらの様子を確認できる。だが、あちらからは何の発信も出来ない受信機でしかない。

 シックスアイが今どうなっているのか確かめようがなかった。

 そして衛利は手の甲でカサカサ動くビードローンに向けて言う。


「……出来ればそこらの壁に引っ付いてくれてたら助かるんだけど」


 ビードローンはすぐ飛び立ち、衛利の周りをぐるぐる旋回し始めた。


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