影の片鱗・苦渋
高暗号通信が開くと同時にオフィスのドアがロックされ、窓全てが真っ黒のブラインドモードとなり、デスクに浮かび上がる灯りだけが40台のスーツの男を照らしていた。
「どうしたんだいボックス?」
(失礼します。第6集積場が襲撃を受けました。重要機材の最下層への移送をお願いできませんでしょうか)
通信先のボックスは淡々としていた。男はそれを焦燥の抑え込みだとすぐに分かった。
「ああ、いいよ。あそこには直接私から言っておく。気をつけてな」
(ありがとうございます)
通信が切れるとブラインドが透過し、高所からの真昼の都市風景が見下ろせる。男は伸びをしながらあくびをすると、暇そうに風景を眺めていた。セントラルビル上層からの景色は、イヌモの人間でも特に上にいる特権であった。
しばらく眺めを楽しんでいるとインターフォンが鳴り、すぐ入室許可を出すと鋼埼が入ってきた。
「時間通りだなぁ。休暇明けなんだから、もう少しゆっくり来てもいいんだよ」
「上層部の常識は分かりませんので」
真面目だねと半笑いの男とは対照的に鋼埼は至って冷淡だった。
「昔のイヌモなら君の感覚と同じように取り組んでいたろうが、必死過ぎて身を滅ぼしてしまった」
「何事もほどほどにですね。それで、要件とは」
「要件ね。近々君を主任研究員に昇格させるよ」
「それは……いくらなんでも早すぎませんか?」
困惑する鋼埼。当然の事をするように男は言った。
「あれは単に強化検体の暴走で、処分の体裁を保つための物にすぎないさ。一研究員の間ずっと休暇にさせてたのも、今まで尽くしてくれた礼のようなものさ」
「しかし」
「しかしも何もない。ここにいる限り、優秀な人間が力を発揮できる環境を整備し続けるつもりさ。近々辞令が来る」
「……ありがとうございます。二鏡社長」
「当然の事さ」
鋼埼が退室すると二鏡は窓から眺める景色に目を移す。浮かぶ大きな雲は太陽の当たる明るい面、当たらない暗い面を持ち合わせていた。自然が自分を皮肉っていると思い鼻で笑って呟いた。
「そう当然の事さ」
―――
集積所内部の地図は精巧だった。だが、その出自に衛利は悪い予感を感じていた。
メモリーダビング。旧イヌモの開発した抽出した記憶をデータ処理し、尋問等しなくとも情報を取り出せる技術。癒着ナノマシンを大量に脳内に投与した後に、高圧電流を流し脳細胞を焼きながらナノマシンにデータを刻み込む。もちろん施術者は死亡する。
地図のおぼろげな部分や空白の部分は、その人間が行った事がないと埋まられない。メモリーダビングの特徴そのものだった。
データ元の不穏さを考えながらも、施設内へと進むが、人影一つ見えず置き去りにされた弾薬等の戦闘物資があるだけ、電子機器類は全て持ち去られたようだ。
「どこかにこの施設の目的が分かる物があるといいけれど」
先行するビードローンの視覚にもそれらしきものがなく。安全を確認しながらマップ最奥を目指す。その途中、搬入場と表記された広い場所へと差し掛かった時だった。
(誰かいる。それも小隊規模)
脳波を感知し8人の人間が散開している事を確信する。小声でシックスアイに指示を出す。
「この先の広場。待ち伏せがいるわ」
(隠れてたか)
「恐らくね。このまま先まで偵察をお願い。排除してから追いつく」
搬入場の手前まで両腰の疑似筋力繊維を床に射出・固定し、一気に収縮させイオンスラスターの推力を借りて、勢いよく搬入場に飛び出す。
各所から銃撃がが襲い掛かるが、このまま物陰に隠れることなく相手の対応を上回る速度で動き回る事を選択した。
勢いそのまま柱でカバーを取っている、緑色のボディアーマーを着た兵士に向かってデフォルトブレードを引き抜くと、疑似筋力繊維とイオンスラスターが織りなすトリッキーな立体的起動で射撃を回避し肉薄した。
ブレードを突き立てようとした。その時。
(まさか)
衛利は何かに気づくと、デフォルトブレードを下げて兵士を蹴り飛ばした。兵士は壁にぶつかりぐったり倒れ込んだ。
「子供?」
呟いた時、別の兵士から銃撃を浴びせられ柱に隠れる。
(全員好戦的な感情になっている。無理やり戦う為に抑制された感じでもない)
「流石に子供までは殺したくないのね」
白いボディアーマーを着た少女が搬入場上の通路から姿を現した。衛利はこの脳波と声に覚えがあった。
「この前ぶりね。利府里衛利」
「やっぱり関わりがあったのね。衣装がこの前とは違うけど、ご自慢の電動玩具は壊れちゃった?」
衛利の挑発に口を一文字にするユリアス。
「この状況でよくそんな事が言える。包囲されているのに分かっていないの?」
「ただの人間の小隊が、私の相手になるわけないわ。白ガキ」
「私には……」
背部の武装ユニットを組み合わせ槍にすると、下に降りてから衛利に飛びかかる。
「ユリアスって名前があるのよ!」
「そう!」
衛利がデフォルトブレードで受け止め、すぐにユリアスが引くと柱から身を晒した衛利に支援射撃が入る。その絶妙なタイミングは一発右肩の装甲を掠る程度だった。例え微弱なESP能力だとしても、指揮官の思考やタイミングを読み完璧な連携に活かす事は出来る。
(ただの兵士にしては連携が取れすぎている)
柱で足止めを食っている衛利に一方でユリアスとその小隊は徐々に包囲網を縮めていく。
「はっはっは。どうしたの? さっきみたいに軽口叩いてみなさい」
電撃を放ち柱から離れる衛利に銃弾が浴びせられるが、とっさにぐったりした兵士を、左腕の疑似筋力繊維を射出し収縮。引き寄せて盾にする。何発かボディアーマーを貫通し、徐々にその兵士の脳波が弱まっていく。
「引きなさい!」
まずいと思ったユリアスの思考と指示は今一歩遅かった。衛利は別の兵士に突撃するとその兵士が次の盾となって致命傷を負う。兵士達が発砲をやめても盾となった兵士の体内から、血塗られたデフォルトブレードの切っ先が現れる。
包囲を狭めた事で4人も容易く殺傷される。一旦距離を取ったユリアスと4人の兵士。盾にされた兵士の陰からユリアスは相対する「敵」の目と合った。
その目は見開かれ、瞳はしっかりユリアスを捉えていた。
「っ」
また一歩距離を取る。ユリアスの脳から本能的な何かを生じて下がらせた。それに気づきかむりを振った。
(警戒するからこうさせたの。これは断じて恐怖じゃない)
「怖いの?」
「あんた人間じゃないわ。化け物よ!」
煽られ放題で気が立ち、つい言葉を返す。無力な自分への怒りが合わさりユリアスの罵倒は疑問に変わる。
「だいたいあなたはなんなの!? 私は認めてもらいたい人が居るから一生懸命戦っているのに、いっつも邪魔をして!理由も特にないのに強いだけ? あなたの戦いにいったい何の意味があるの?」
「……」
「ないの? ないんでしょ!だったら教えてあげるわ。今あなたが殺した兵士達、お察しの通りみんな子供よ。そして非常に協力的に参加してくれてるけど、作り物の記憶で戦わされているからそりゃあ協力的。でも、理由もない人間に殺されてさぞ悔しいでしょうね。操られて戦わされて無目的な敵に殺されて無意味に死んでいくなんてかわいそうだと思わない?」
まくし立てたユリアスは肩で息をしながら、衛利を見つめる。少しして変わらない様子に気づくと同時に、先ほどより感情は感じ取りにくくなっていた。
「……それがこの施設の目的かしら」
「知ったところで? どうせあなたはここから出られない」
「そう。じゃあ」
宣告するように言い放った衛利は、盾にしていた兵士ごと疑似筋力繊維を射出して死体をユリアスの前に転がす。
「お前にもう用はない」
人格が入れ替わったかと困惑したユリアスは相手を観察するが、次の瞬間そうではいられなくなった。
先ほどのように対応出来ない程の早く縦横無尽の機動で突撃する衛利。ユリアスは上に飛び上がり避けるも、逃げ遅れた4人の兵士は全員両断される。
「っ」
ユリアスは着地出来きず地面に転がった。足元を見ると両足が切断されなくなっていた。
「えっ」
(反応できなかった)
ショックを感じたと同時に、ズンと首に何か異物を無理やり押し込まれた違和感を感じる。
いつの間にか接近していた衛利がユリアスの首にデフォルトブレードを刺しこんでいた。
「がっ……」
ユリアスは苦しそうにもがくと、体から緊張がほどけ息絶えた。
デフォルトブレードを振って血を払うと、生き残りを確信してから通信を開いた。
「ねぇ。シックスアイ」
(どうした)
「この子供達。やっぱり無理やり戦っていたのかな?」
(違う。こいつらは自分の意思で銃を向けたんだ。お前は自分を守ろうとしただけだ)
いつもははじめどうだろうとか、分からない事には分からないと言う男は、この時だけはきっぱりと自分でも分からない事を断言する。
「それに、あの白ガキの言う通り私には、目的がないのかな?」
(何言ってんだお前。弱者を救うのが私の願いだって、俺と出会ったときに言っただろ。大丈夫だ。お前はあの時から何もブレていない)
早口で必死なシックスアイの様子が、衛利がおかしくなってほくそ笑み。そうね。と元気よく言ってみせる。
「ごめん。通信リンクが悪いみたい。再起動するからちょっと待ってね」
「分かった。でも早くしろよ」
作戦中に通信リンクを切る。言い訳にしては論外な行為を快諾したシックスアイが画面から消える。
全ての通信が切れると、衛利はデフォルトブレードを床に突き立て、四つん這いになると。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
叫ぶ。居てもたってもいられない衝動を、吐き出すしか押しつぶされそうな心を逃がす術がなかった。
―――
隠れ家のアパートで作戦を支援していたシックスアイは頭に手をやってつぶやく。
「あんなのねぇだろ……」
自分より年下のまだ少女を終えたばかりの人間にどうしてあんな事をさせるのか。神がいるなら文句が言ってやりたいと憤慨する。ふぅとまた息をついて、両手で頬叩き、自分がらしくなく熱くなっていると実感する。
冷静に戻ると、ふとアドルの事を思い出し端末からソファに目をやると。赤かった頬が青ざめた。
「あれ?」
作戦前まで、ソファで寝ていたアドルが居なくなっていた。
最後に彼を見たのは端末に集中する前の1時間半前の事だった。




