狂気の尻尾
コンクリートで出来た廊下。照明が取り付けられた壁。それらにモビルマテリアルは使われておらず「知恵の実」には決して悟られない場所。
そこに一人の男と茶の短髪で色素の薄い少女が歩いていた。
「中佐。ここはどのような施設なんですか?」
セルゲイの後ろに付いてくる少女が尋ねてくる。浮ついた声で落ち着かない。
「ユリアス。落ち着かないか?」
「はい」
ユリアス・ホワイトの落ち着かなさは好奇心より不安から来ている。何かしらを感知していると思ったセルゲイは、話せる範囲の会話で答える事にした。
「ボックスが次から一緒に仕事をする仲間を、紹介するそうだ」
「一緒に?」
少し不機嫌な様子になるユリアス。確かに今まで教えてきた「究極の単騎」神話を突き崩す事になりかねない事だ。言葉を選ぶセルゲイ。
「勘違いするな。別にこれからもお前一人で出来るだろうが、それでもお上は納得しないだけだ」
「それでも私は一人で出来ます。利府里衛利に苦戦したのは……」
「あれは色々不都合があっただけだ。ユリアス。お前が弱い訳じゃない」
「はい。中佐」
勇気づけられたのか、ユリアスは背をすっ伸ばし歩きも軽やかになる。
大きな隔壁がある曲がり角で1m程の箱型ボディが見えた。
「やぁ中佐。それと白雪姫。捜索任務中なのに呼び出して悪いね」
ボックスが左手を振って二人を出迎える。その姿や仕草はいつ見てもコミカルで滑稽にも見える。
「呼び出したのは他でもない。お姫様の御付きの者たちを今ここで訓練している。まぁハイローミックスの概念みたいなもんだ。百聞は一見に如かず。ささ、さっそく見て行ってくれ」
隔壁が開き、広めの部屋には鉄網の歩道に複数のカプセルが所狭しと置かれていた。網の下にはカプセルと直結した円柱の管理機械を汎用フレームが操作し、警備用のフレームも巡回していた。
「えっ」
ユリアスはカプセルの中身を見て口を抑える。
中には緑色のボディアーマーを着た人間が入っている。だが、ユリアスの驚いたのはそれではなかった。
「もしかして……ESPですか?」
「その通りだ。やはり能力者には分かるもんなんだね」
中の人間の顔は見えない。ただ、でかい呼吸マスクにヘルメットには大量の機器とコードが繋がっていた。セルゲイは淡々と尋ねる。
「能力者の量産ですか」
「うん。普通の人でも活性剤で脳を開発すると処理能力、つまり使用量あげる事でESP能力をある程度獲得できるようになったんだよ。それに記憶を改ざんする事で戦闘への意識を前向きに調整する事が出来る。すごいだろう?」
えっへんと両手を腰にやりボディを張ると、ユリアスはそのまま唾を飲み込んだ。
「大人がいないようですが」
セルゲイは複数のカプセルに入っている人間の体格を見て言うと、ボックスは「ほぉ」と言って感嘆すると指先でカプセルを叩いて見せた。
「よく気が付いたね中佐。ここにいる人間、全員。下層に流入してきた親なしか親に売られた子供達だよ。若いのは素晴らしい。安価で大量、脳が不安定だから開発した時の伸びも良い。記憶も掘り込めば純粋な兵士となってくれる」
「そうですか……」
ボックスの居る反対側のカプセルへと顔を向けるセルゲイ。ユリアスは普段見せない険しい表情のセルゲイを見逃さなかった。
「だが、流石に一部の子供たちは素直に入ってくれず逃げられた。ここで銃を使いたくなかったから警備を配備してなかったのは失策だったよ。おまけに自警団達も奴らを捕まえ損ねてね」
「本題はそれですか」
ユリアスが率先して答えるとボックスはうなづいた。
「そう。ここを探られる事は避けたい。魔女の捜索は一旦中断して脱走した素体2体を始末してもらいたい」
「始末ですか」
「うむ。存分に……あっごめん。雷神、メンテナンスにしてたんだっけ」
ボディの頂点をかくボックス。突然カメラカバーを覆い隠し沈黙する。
「そうだ。雷神の量産試作モデルがあったんだ。お姫様。よかったらそれ使っていってよ」
「はい。ユリアス・ホワイト。必ずや果たして見せます」
元気の良い返事に満足し、カプセルへ視線を移すボックス。その隙にユリアスはセルゲイの顔を伺うと、険しい表情は消え物思いにふけった顔でカプセルを見ていた。
だが、決して明確な思考言語を発する事もなく。ユリアスは彼が何を考えているかは分からなかった。
―――
「やっぱり。簡易兵士計画は復活していたのね。それに得体の知れないカプセルがあったと」
隠れ家のアパートで、衛利は医療キットを仕舞いながらソファに寝かせたアドルから話を聞いていた。
簡易兵士計画は復活し、更に機械に繋がったカプセルがある施設。不安を抱いたアドルはユホンと共に施設を脱走。運よく逃げ出せたが追跡に合い。今に至る。
「ユホンが心配だ。探しに行かなくちゃ」
体を起こし顔をあげたアドルにシックスアイが熱いお茶を差し出した。
「その足でどこに行くんだよ。完治まで三日ぐらいかかるような怪我して外を出歩くんじゃない」
茶を受け取ったアドルがうつむく。消毒テーピングが巻かれた足元には細胞活性粉の袋と保護ジェルのチューブが転がっている。
「これらの事。柿種さんに報告してくる」
「おうよ」
衛利が部屋から出ると、シックスアイは小さな端末を取り出しビードローンから送られる情報を解析する。
「シックスアイさん」
「どうした?」
端末から目を離しサングラス顔をアドルへ向ける。
「貴方たちが警察機構の外部協力員なのは分かりました。出来たら教えて欲しいんですが」
「知っていることは教えるさ」
「イヌモや警察機構はここに来るんですか?」
「……それは分からない。だが、こんな地下世界を作って表の権力から逃れたい気持ちはよく分かるつもりだ。ここには暴力があっても秩序がある。アドル君はどこから来たんだい?」
「生まれはマレーシアです。10年前にここに来ました」
「10年前なら、宗教政府樹立闘争の真っ最中か。俺も君がそれを経験したくらいの歳に、「大老達の反乱」で祖国が真っ二つに割れて逃げてきた。今の国家元首は早期に決着してくれたが」
アドルの目つきが鋭くなる。原因に気が付き、慣れたように言う。
「そう睨まないでくれよ。中国は東南アジアの動乱に介入しまくったが、それは俺の責任じゃあない。俺もここのみんなと同じさ」
「……」
「ただいま」
衛利がアイフォンを外し部屋に入って来る。
「早かったな」
「柿種さん。電話に出なかったから。それで何か続報は?」
「あぁ目星はつけた」
ビードローンのライブ映像が映し出される。「第6集積場」と表示された場所には、装備の良い自警団員が徘徊していた。装甲車や見張り塔等過剰とも言える警備体制だった。
「自警団直営の資材管理場だよ。ここなら警備も良いし、外部からの圧力もない。おまけに資材を運び込んでも誰も怪しまない。いいとこ尽くめだな」
「仮に場所はそことして、ユホンさんは見つかったの?」
「いやまだだ。……だが、半ば見つけたようなものか」
「見つかったんですか!?」
アドルが立ち上がると、衛利はすかさずアドルの肩を抑えて座らせる。
「半ば見つかったってどういう意味?」
「付着した痕跡を辿ったが、ある路地の時点で途切れている。それの前後にその路地に通じている通りに大型車両が急ブレーキをかけたタイヤ痕と、路地には周囲が焼け焦げた跡。これは……放電か?」
「放電……」
衛利の脳内に白い鎧が思い浮かび。一方アドルは状況を理解し、絶望の表情にあらわれる。
見ていられず、シックスアイはあくまで俺の見立てだと前置きをしてから口を開く。
「ユホンさんは殺害されたか、敵に捕まった可能性が高い。少なくとも……無事ではない」




