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崩壊する理念

「上に逃げたぞ!」


 数多のブーツの足音。小銃が揺られカチカチと鳴り。狭い建物の廊下に反響する。

 それから逃れる様に階段を駆け上がり屋上に飛び出す一組の年若い男女。

 褐色の肌の二人は、それぞれ持った拳銃を構えながら屋上をクリアリングしていく。


「「クリア」」


 二人が同時に確認すると、すぐさま隣の建物の屋上に飛び移る。飛んでいる最中に銃声が聞こえ。飛び移った勢いで転がって受け流す一瞬、二人は元居た屋上から十数人の少年少女が、訓練を受けた兵士の如く小銃を構えていたのを見た。


「飛び込むぞ!」


 銃声が鳴る中、男が女を引っ張り二人は屋内の階段へと飛び込み、転がり落ちると踊り場に叩きつけられた。


「大丈夫?」


 女が声をかけ男がうなづくが、ふと男の顔が歪む。


「足が……」

「えっ」


 男の右足から出血し、ますますひどくなっていくように見えた。


「そんなアドル。立って!」

「ユホン。逃げてくれ。時間を稼ぐ」


 アドルは足を引き入れて上体を起こし拳銃を確認する。


「いいかユホン。アレを見てしまった者がいなくなったら、誰があの子たちを救うんだ? とにかく誰でもいい。あんなこと絶対に阻止しないと」


 時は残酷に彼らに引き裂く時間へと至り、屋上から煙が漏れ出してきた。すぐにこれが目くらましだと感づくと、ユホンを押し出しジェスチャーで行けと伝える。

 決心が決まったユホンは階段の手すりから滑り降りると、アドルは息を吸いながら屋上へ銃を向ける。それと同時にある疑問を浮かべていた。


(おかしい。少年兵の装備に煙幕グレネードなんてあったか?)


 先ほどまで居た自警団なのだからアドルには分かりきっていた。いくらでも替えが効く使い捨ての少年兵。小銃だけ与えられ命を守る装備は全て大人が持っている。

 こんな危険なところにわざわざ大人たちが来るわけもない。きっと子供たちの後ろに隠れて指揮しているはず。


(誰の煙幕なんだ?)


 その時煙の中から飛び出す黒い影。あまりに意外な接近に一瞬判断が遅れ銃を向けるが、先に影がアドンの隣に着地するのが先だった。銃を握った手は抑え込まれ、アドルは迫りくる死から逃れるように顔を背けた。


(なんて馬鹿をした……。あんな接近の仕方考えてもなかった)


 想定外の事で死に行く愚かな自分を呪いながら覚悟を決めるが、死はやってこなかった。


「いつまでもこうしてはいられないわ。追っ手が来てる」


 目を開けると黒髪を後ろでまとめた、ユホンより少し年上の女性が居た。


「誰なんだあんた」

「利府里衛利。敵ではないわ」


 ―――


 時は遡って


「簡易兵士計画?」

「ええ。あの巡回している子供たちを見た? まるで訓練を受けた兵士みたい。まぁイヌモのプライベートフォースしか見てないから本職と比較しても分からないけど」

「じゃあ見込み正しいな。兵士の中でも奴らはプロの中のプロだった」


 街の周囲の確認を済ませた衛利とシックスアイは潜伏するアパートで地図を作成していた。特に下層自警団の駐屯地はよくよく確認し、その様子も細やかに見ていた。

 彼らの装備する武器は各国の装備更新後に引き払われた二線級の小銃。だが、ロシアで使用されている一級品の小銃を一部の装備の良い団員が引っさげていた。

 そして、その一部の団員以外は大半が年端もいかない子供だった。それに衛利は身のこなしや警戒等が素人ではなく訓練が行き届いている様に感じられた。

 そこにふと衛利はある計画が頭に引っかかった。


「3年前。それを計画していたチームは利府里司徒によって皆殺しにされて計画は実現しなかった。その提案者がアメリカから志願したジェレミア・アマスーンって若い脳科学者。私も何度か(知恵の実)の接続試験の時に会った」

「その計画って言うのは?」

「開示されたデータでは、神経に融合するナノマシンを体の各所に打ち込み生体CPUと接続させることで生体CPUに入力された動きが身につく学習装置。体を慣らすだけで動きは分かっているから訓練はかなり短くて済む」

「そんな事研究して大丈夫なのか?」

「もちろん大丈夫じゃなかった。司徒が開示して世界に広まったことで、計画そのものが抹消されるわ。多人国家向けに需要が期待されていたけど、先進国のほとんどの少人国家としてはメリットが薄い上に訓練されたテロリストが大量に発生する事を恐れたの」

「まぁ欧州方面での戦いで、もし(三日月と星)にそんなものが渡れば人数が不足している(クライスアーリア)は良い顔はしないだろうな。それで衛利は、ここでその計画が生きていると?」

「確証はないけど。でも旧体制が瓦解した時に検挙を恐れて多くの研究員が行方をくらました、ここには隠れ蓑が多すぎる」

「分かった。だが、どこから探す?」

「……どうしましょう」

「まぁそれは俺の役目だな」


 シックスアイはバックパックから大型ボトルを取り出し、十数匹のオオスズメバチを改造した監視ドローンを窓際で解放した。衛利は怪訝な様子でそれを見ていた。


「……こいつら豆腐のお偉方に受けが悪くてな。使わせてもらえなかったんだ。イヌモのマシンドローンも悪くなかったが、ここじゃ目立ちすぎる。安心しろ俺はこの技術で生き延びてきたんだ」


 自身たっぷりの得意げなシックスアイに衛利がうなづいて答えた。


「信頼してる」


 ―――


 警察機構の大会議場で行われている実働課長会議は、ピリピリとした雰囲気が漂っていた。警察機構の上層部の人間も集まり会を進行していた。


「ぇ、えー1課から報告致します」


 脂肪をゆらしながら小太りの男が手元の資料で、セントラルビルとイヌモ社員の警備での報告を行う。


「以上です」


 ゆっくり座りながら対極に座る二人の男を見る。

 3課課長の席に座る新任の柿種余里。そして新設された4課課長、近衛仁藤。前者はその不快感を隠すように、後者は軍人然とした態度で両者とも静かに座っている。

 その気配に圧倒されて2課の課長であるキャリアウーマンの女性課長も居心地悪そうに報告する。


「2課から報告します」


 各インフラ対する警備について話終わるとまた静かに座った。

 立ち上がる柿種を会議に出席する誰しもが哀れな彼を見ていた。度重なるマテリアルハザードの対処に責任を追いきれなくなった老課長に、全てを押し付けられた形で就任した人間。そんな彼らの目を気にする事もなく、淡々として喋り始めた。


「今回の課長会議より3課の課長に就任いたしました。柿種余里です。皆さまよろしくお願いいたします。3課からはマテリアルハザードに対する課題について……」

「失礼する。柿種課長」


 発言を遮られ、突然立ち上がった近衛に眉をひそめる柿種。


「私、新設されました4課課長、近衛仁藤であります。警察機構の要請により日本国防軍から派遣されました。編成にあたり対マテリアルハザードは我々の管轄になります。それらの報告は我々が致します」

「国防軍!?」


 会場がざわつく。ここであってはならない事を堂々と言ってのけた。企業統治の理念から逸脱した事態に誰しも口を開かずにはいられなかった。


「我々が派遣されたのは当然の帰結です。国家を廃絶した統治機構は夢物語に過ぎません。それはただ新たな国家を生み出すだけであって、いたずらな分断を招くだけです。それに、この企業統治も中国とアメリカの利害によって生み出されただけの……」

「近衛4課課長。ご意見はごもっともだが、これ以上は会の妨げとなります」


 会を進行している上層部の人間達は動揺する事も、取り乱すもなく声をかけた。自身の立場が根本から覆される話であるにも関わらず。その事に柿種や他の出席者は直感した。

 この組織のトップは既に日本政府に取り込まれ。新たな時代の考えだと信奉していた概念は、近いうちに危機を迎える、と。


 ・・・


 柿種は部下には先に戻るように伝え、大会議場から人がいなくなっても、力なく椅子に座ったままだった。

 ふと我に返り、重い腰をあげて立ち上がると、左手からリングが滑り落ちた。いつの間に握っていたんだと、半ば呆れながら拾い上げ眺める。リング光沢と共に内側に掘られた英語を凝視する。


≪Jeremiah(ジェレミア)・Amsoon(アマスーン)≫


 理想を持つ人物だった。自分の計画によって人類は一つになるとビジョンを持った人間。それがなぜ殺されなくてはならなかったのか。そして、彼女の愛した能力を重視する企業体制は風前の灯火となっている。


(ジェミー……。俺はどうしたらいいんだ)


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