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心は揺れる(1月第4週)

大遅刻ですみません……。


仕事をしたり引っ越したり病院に行ったりしておりました……。特に引っ越しはもう二度としたくない。全然片付く気配がないし。

感想いただいたかたもありがとうございます。近々、お返事させていただきます~。

放課後、いつものように講義室でノートを広げていたわたしは、戸が開く音に顔をあげた。


「あ」

「ひさしぶりだね。ヒロムちゃん」

「うん。久しぶり」


静かに教室に入ってきたのは望くんだった。望くんと会うのは、去年の11月ぶり。キス未遂以降初めてだ。あのあと、課題はなんとか自力で頑張ったという報告と、年明けのご挨拶メールをやり取りしたくらいで、一度も会っていなかった。年末年始はお仕事で結構忙しかったらしい。当然、休み明けの実力テストも受けていないそうな。


「ごめんね、急に」

「別にいいよ。でも、今回はちょっとくらい自力で頑張ったの?」

「うん。ホントにちょっとだけどね……」


わたしがいつも通りに笑って返すと、望くんはほっとしたような顔で笑った。

今回もテストの代わりに出された課題に、前回のことは深く反省するので、助けてほしいとヘルプ要請が来たのだ。

すとんと隣の席に座った望くんは、なんだか前よりちょっと大きくなったような気がする。ごそごそとプリントを鞄から取り出して、そしてなぜか最後にかわいいパステルカラーの包みを机にのせた。


「えーと、それも課題、なわけないよね?」

「これは、ヒロムちゃんにあげるお菓子だよ」

「わたし?」


思わず聞き返すと、うん、どうぞ、と包みを手渡された。


「そう。甘いもの、嫌いじゃないよね?」

「うん。でもどうして?」

「お礼っていうか、お詫びっていうか……。とにかく、ありがとうとごめんねの気持ち」


ちょっと苦笑いぎみの笑顔で、望くんはそう言った。

お礼、というのは、きっと課題のお手伝いのことだろう。お詫びは、もしかして去年のキス未遂のことかな。気にしなくていいって言ったのに。


「えーと、もらっていいの?」

「うん。よかったら食べてね」

「ありがとう」


なんだか、前よりもちょっと遠慮したような態度に、違和感を感じる。なんだろう、わたし、嫌われちゃったのかな。いや、でもそれならメールをやり取りしたりしないよね? うーん、でも、課題のためだから仕方なくってこともあるのかな。だとしたら、さびしいなあ。

だけど、望くんにかけられた声に、そんな考えをかき消した。


「それで、課題なんだけど……」

「ああ、うん。何科目あるの?」

「現代文と、数学と、化学と、世界史と、ライティングと……」


望くんの広げる課題を一緒に見ながら、ひとつひとつ課題のポイントになりそうなところを教えていく。前回と違って、きちんと理解して取り組もうという様子が見えて、なんだか嬉しくなった。


「ありがと。これなら、なんとか自分でできそう」

「それはよかった。でも、望くんも、前より勉強しようって気になってるよね?」

「うーん、……うん。そうかも」


柔らかく笑って、望くんは肯定した。やっぱり、前までとちょっと雰囲気が変わったような気がするな。大人っぽくなったっていうか、落ち着いたっていうか。

うまく言えないけれど、やっぱり距離感が遠くなったように感じる。同世代の男の子相手なら、こんなものなんだと思うけど、以前はもっと近かったせいかなんだか変な感じがする。


「だって、ちゃんと頑張ったら、ヒロムちゃん、ほめてくれるでしょ?」

「へ、そう?」

「そうだよ。ボクは、それが嬉しいから、頑張ろうかなって思ったんだ」


たったそのくらいのことで? いや、お仕事だけじゃなく勉強も頑張るのはいいことだと思うし、そういうことならいくらでもほめるけど、そんなことで気持ちが変わっちゃうんだ。それに、わたしなんかが望くんをほめるだなんて、結構おこがましいと思う。


「勉強も役に立つことってあるんだな、って思ったのも本当だけど、それより、ヒロムちゃんに認めてもらえるのが嬉しいよ」


ふわりと笑って、望くんは首をかしげた。そのしぐさがなんだか妙に艶っぽくて、ドキッとする。いやいや、相手は俳優さんだ、こういうしぐさが決まっていても、なんら不思議はない、と自分に言い聞かせて、いつもより大きな音を立てる心臓を鎮めた。わたしにこんな色気を振り撒くなんて、いったいどういうつもりなんだろう。


「ヒロムちゃんはさ、好きな人とかいないの?」

「うえっ? えー……うーん、いない、かなあ」


なんとか鼓動が収まったと思ったところに、微笑みながらの意味深発言ありがとう。思いっきり動揺して、変な声が出てしまった。おまけに、またしても心臓がうるさく鳴っているし。


「ふうん。……ヒロムちゃんは、カレシほしい~、とか思わないの?」

「そ、そんなに積極的には、ない、けど」


なんだなんだ。この問答にはいったいなんの意味があるの。わたしはどうして望くんにこんなことを聞かれてるんだろう。


「そうなんだ? 変わってるね」

「いや、そうでもないと思うけど」


だって、ほしいと思ったらできるもんでもないでしょ。そもそもわたしの場合、好きな人もいないわけだし。


「女の子ってみんな、そういうものじゃない?」

「そういう人が多いのはわかるよ。でも、そればっかりじゃないことも事実だよ?」


そりゃあさ、高校生ともなれば、素敵な恋愛に憧れるものだと思うよ。わたしだっていつかは幸せな恋がしたいとは思う。だけど、それを今望むのかと言われたら、そうじゃない。だって、今やらなきゃいけないことがあるから。もし、本当に心から好きだと思える人ができたら、今は彼氏いらないとか言っていられないのかもしれないけど。


「そう。……やっぱりヒロムちゃんって面白いねえ」


またしてもふっと笑って、望くんはこちらを見た。だから、その思わせ振りな態度はなんなの。ていうか、面白いは誉め言葉じゃないよ。言われても嬉しくないからね。


「ね、ヒロムちゃんはバレンタインはどうするの?」

「えっ?」


また急に話題が変わった。あいかわらず、望くんの話には脈絡がない。恋愛系つながりといえばそうかもしれないけど、微妙にバレンタインの時期には早いような。まあ、そろそろデパートなんかでは大々的にフェアとかやってる頃だろうけど。


「誰かにチョコをあげたりするの?」

「友達と、お世話になってる人には毎年あげてるよ」

「そうなんだ。でも、好きな人にはあげないんだね」

「だって、別にいないもの。あげようがないでしょう?」


毎年、家族にあげたり、友達と交換したりくらいはする。でも今年はクラスの子達と交換会をする約束だから、いつもより多目に作らなくちゃ。今年は、お世話になった人が多いから、お礼チョコの数も増えそうだ。


「その中に、ボクは入ってる?」

「え、望くん?」


まさか、バレンタインにチョコくれる? って、正面切って聞いてくる人がいるとは思わなかった。そして、実は望くんは保留リストに入っている。一緒に出掛けたりもしたし、こうして時々一緒に勉強もするし、割と仲がいいほうだとは思う。お友だち枠としてならあげてもおかしくない。

だけど、天羽さんの攻略対象っていう引っ掛かりがどうしても解けなくて、やめとこうかな、と思っていた。


「ボク、ヒロムちゃんのチョコほしいな」

「う、でも、……望くんは、いっぱいもらうでしょう?」


そういう問題でもないことはわかっていて、あえて聞いてみた。視線をあわせられないのは、やっぱり申し訳ない気持ちがあるからだろう。ほしいって言ってもらえるのは嬉しい。でも、わたしのチョコにそんなに価値はないと思うし、どうしてって戸惑いが大きくて、ためらわれるのだ。


「やだなあ。見ず知らずの人にもらうのと、ヒロムちゃんにもらうのじゃ、全然ちがうよ」

「……そういうもの?」


もらえるなら誰からでも嬉しいって人も多いのかと思ってたんだけど、そうでもないんだろうか。それとも、たくさんもらえるからこその意見なのかな。


「そうだよ。ヒロムちゃんからもらえたら、ボクすごく嬉しいのにな」

「……う、うう」


にこにこと笑顔を崩さない望くんは、断られるなんてまるで考えていないように見えた。わたしが断らないと思ってるのか、それとももらえるのが当然だと思っているのか。

いずれにしても、どうしてそんなに自信ありげなのか、さっぱり理解できない。


「う、検討、します……」


困って困って出した結論がこれだなんて情けないけれど、あげると言ってしまうのも、あげないと言ってしまうのもまずいような気がする。


「ねえ、ヒロムちゃん」

「うん?」

「困ってる?」

「そ、うだね」


うっかり肯定の言葉を返してしまって、ヤバイと思ったのに、望くんは嬉しそうに笑っていた。


「そう。じゃあ、もっと考えて」

「え?」


なぜそんなことを言われるのか、言われなくちゃならないのかわからなくて、呆然と望くんを見た。


「ヒロムちゃんは、恋愛ごとから逃げようとしてるみたいだけど、怖いの? みんなしてるんだから、そこまで警戒することないのに」

「そんな、つもりは」

「じゃあ、自分には関係ないって思ってる?」


不思議そうな顔で無邪気にそんなことをいう望くんに反論しようとして、言葉につまる。そんなことない、と言い返したいけど、それは本当だろうか。思えば、友達の話を聞いていてもどこか他人事で、自分が当事者になることなんて考えてなかった気がする。


「当たり? だったらやっぱり、ヒロムちゃんはもっと考えた方がいいよ」

「……なにを?」


望くんはおもむろに手をこちらに伸ばすと、わたしの髪を一房手にとってするりとなでた。

ふいのことについ首をすくめると、ぐっとこちらに顔を寄せて、耳元でささやく。


「たとえば、なんでボクは、ヒロムちゃんにこんなことをするんだと思う?」

「ぅえっ?」


意味深な台詞と共に、耳に当たる吐息に、顔が熱くなる。

これは、いったいどういうことなの? からかっているんじゃないの? まさか、あり得ないことだけど、望くんは、わたしを……? いやいや、ダメだそんなはずない。

だって身の程知らずにもほどがある。わたしは、地味で真面目なガリ勉女で、そもそもこのゲームの中では悪役ポジションのはずなのに。いや、むっちゃんと三鷹先輩ルートでって話だったけど、もろもろの出来事のせいで、わたしの評判は一部ではすこぶる悪い。それなのに、どうして、芸能人までやっていて、美人で人気者の望くんがわたしを、なんて思えるの。友達になれたってだけで、奇跡的なことなのに。


「わからないとか、そんなわけないよね。まさか知らないふり? ……ひどいね、ヒロムちゃん」

「だ、だってまさか、冗談、だよね……?」


どうにか口に出した言葉は情けなく震えていて、ついでに望くんを見返した視界も滲んでいる。

だって、そんなの、考えられるわけが……。


「ボクは、ヒロムちゃんが好きだよ。ちょっとくらい、わからなかった?」

「っな、んで……」


あっさりと告げられた決定的な言葉に、頭の中をめぐるのは、どうしてわたしなんか、なんで今なのという疑問と、なんだかいじわるな言い方に対する苛立ちだった。予想していたとはいえ、やはり衝撃は大きい。


「ヒロムちゃんがあんまりだからさ」

「あんまりって、……」

「こういうことには鈍感みたいだし、簡単にいらないって言うから」

「わたし、そんな……」

「そんなつもりなかった? でも、周りはそう思ってないんじゃない?」


どういうことだろう。そんなこと、誰にも言われたことなんてない。好きな人いないの、とか、恋愛って楽しいよ、とか、そういうことは言われたことがある。だけどそれだけで、自分が悪いなんて言われたことはないし、考えたことだってなかった。


「意外と、ヒロムちゃんを好きな人は周りにはいたと思うよ。たぶん、ヒロムちゃんが興味がないっていうから、だれも言えなかっただけ」

「まさか、だってそんな感じの人なんて……」


そんなそぶりの人なんて周りにいなかった。そもそも、いわゆるモテる女子とは全然方向性が違う自分が、誰かから気持ちを寄せられるなんて思えない。


「そりゃあ、そんな態度見せられないよ。だって、きっとヒロムちゃんは逃げるでしょ?」


残念ながら、反論できない。たぶん、まっすぐ気持ちをぶつけられたら、どうしていいかわからなくて、逃げ出すかもしれない。だって、今だって正直逃げたいもの。


「真剣な気持ちを、簡単に拒絶されるのって、すごく悲しいことなんだよ」


その言葉が、なんだか強く心に刺さる。そうだとしたら、わたしは無意識にひどいことをしていたってことなんだろうか。どうしよう、わたし、誰かを傷つけてた……?


「だから、もっとちゃんとよく考えて。別にボクのことだけじゃなくていいよ。……そりゃ、もちろんボクを選んでくれたら嬉しいけど」


いまだ衝撃から立ち直れないでいるわたしの頭を、数度、優しく撫でると、望くんは荷物を持って立ち上がった。


「でも、よく考えた上で、やっぱり無理なんだったらちゃんと言って。それから、ボクのことだけじゃなくて、周りのこともよく見て、考えて」


すがる思いで望くんをみあげても、彼は助けてくれない。わたしを混乱に叩き込んだ本人だし、これはわたしが考えるべきことなんだから当たり前だ。


「じゃあ、またね、ヒロムちゃん」


ちょっと寂しげな顔で笑って、望くんは講義室を出ていった。

一人取り残されたわたしは、しばらく椅子に座ったまま、動き出すことができなかった。

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