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9話 ~聖女の返礼~

 


「私も、何かお二人の役に立ちたいです」


 フレイヤは自分の国の重荷が軽くなった喜びの反面、ただで施しを受けるわけにはいかないと、申し訳なさそうに思い悩んだ表情を浮かべた。


 そんな彼女に対し、招福まねふくは事も無げに言葉を返した。


「気にしなくていいよ」


「ですけれど………」


 なおも食い下がろうとするフレイヤに、招福は少しだけ首を傾げて提案した。


「それなら、フレイヤがいた世界の話を聞かせてほしいな。こちらの世界とは色々と違うのだろう?」


「たしかに! 私もすっごく興味ある!」


 真利亜まりあも身を乗り出して賛同する。未知の異世界のインフラや歴史は、投資家としても創作のインスピレーションとしても最高の好物だった。


「私の世界、ですか? それならいくらでもお話しできますが……あ!」


「どうしたの?」


 急に何かに気づいたように声を上げたフレイヤに、真利亜が瞬きを返す。


「実は私……向こうの世界では『聖女』と呼ばれていたのです」


「聖女!?」


「はい。それは私が、人々の怪我や病を治す、強い力を持っていたからです」


「回復魔法!? 嘘、すっごく格好いいんだけど!」


 真利亜はアイドルのような瞳をきらきらと輝かせ、フレイヤを見つめた。本物の魔法使い、それも聖女が目の前にいるのだ。興奮するなという方が無理だった。


「でも、僕たちは今のところ、大怪我はしていないのだけれど……」


 招福がいつも通り冷静に呟いた、その時だった。


「マリア!」


「はいっ!」


 急に鋭く名前を呼ばれた真利亜は、厳しい教師に指名された生徒のように、思わず背筋をピンと伸ばしてしまった。

 フレイヤは真剣な面持ちで、真利亜の体をじっと見つめている。


「あなたは……腰が痛い、ですね?」


「えっ、どうしてわかるの!?」


 真利亜は驚愕して自分の腰をさすった。フレイヤは神妙に頷く。


「あなたの腰のところに、澱んだ『黒いもの(不調の気配)』が見えます」


「ええええええ!?」


「……家でパソコンに向かって、座っていることが多いからじゃないかい?」


 招福の至極まっとうな指摘に、真利亜は「う……そうかも……」とばつが悪そうに、そして不安そうに頷いた。朝から晩までディスプレイに向かって市場のチャートを睨み続ける生活だ。自覚症状は十分にあった。


「私が、治します」


 フレイヤは救世主のような凛とした微笑みを浮かべた。


「そんな事も出来るの!?」


「任せてください」


「あ、ありがたいかも……。時々ね、寝ている時に腰が痛くて目が醒めちゃうことがあって、本当に困ってたのよね」


 真利亜がホッとしたように胸をなでおろすと、フレイヤは実直な目で告げた。


「任せてください。――それでは真利亜、服を脱いでください」


「えっ!?」


 リビングの空気がピキリと凍りついた。真利亜は自分の耳を疑った。


「治す魔法はとても繊細で難しいです。衣服の布切れ一枚でもあると、魔力の伝達が気になって集中できません。だから、すべて服を脱いでください」


「ちょ、ちょっと待って! 治すの腰でしょ!? 腰の所の服をちょっと捲り上げるだけじゃダメなの!?」


「ダメです。全裸になってください」


「そんなの絶対無理ーー!! 恥ずかしいし、いくら女の子同士でも嫌だよ!」


「大丈夫です、任せてください。すぐに終わりますから」


 フレイヤは聖女としての使命感に瞳を燃やし、一歩、また一歩と真利亜に近づいていく。その美貌のまま一切の妥協を許さない表情は、ある意味で魔物よりも恐ろしかった。


「ちょっと待ってフレイヤ! こっち来ないでってば!」


「任せてください」


「なんか怖い! 笑顔が怖いって!」


「逃げないでください。治療の時間です」


「やっぱり今日のところは大丈夫だから! 腰痛治ったから!」


「逃げるなーーー!!」


「キャーーー! 来ないでーーー!!」


 ドタバタドタバタ! と、リビングのフローリングを激しく蹴る足音と、二人の甲高い悲鳴が家中に響き渡った。ソファの周りをぐるぐると猛スピードで逃げ回る真利亜と、パジャマの袖をまくり上げて大真面目に追跡する金髪の聖女。


 招福はその大騒ぎを背中で聞き流しながら、いつも通り淡々と朝刊をめくり、時折、淹れたてのコーヒーを静かに口に運ぶのだった。





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