4話 ~魔法~
「フレイヤ、あなたは魔法が使えますか」
招福の淡々とした、けれど好奇心の滲む問いかけに、フレイヤは嬉しそうに口元を綻ばせて頷いた。
「はい、使えます」
「見たい! 魔法、めっちゃ見たい!」
真利亜はアイドルのような童顔をこれ以上ないほど輝かせ、身を乗り出している。フレイヤはその熱意を受け止めるように、一つ深く頷いた。
「まねふく、マリア、私、お世話になりました。魔法、見せたいと思います」
「やったー!」
真利亜は、部屋に飾られたポムポムプリンのぬいぐるみさながらに、子供のように無邪気に笑って両手を挙げた。しかし、その隣で招福がいつも通りの平坦な声でボソリと呟く。
「……大丈夫だろうか」
「何がよ」
「いや、巨大な火柱とかを出現させて、この家が燃えたりはしないだろうかと思ってね。一応、賃貸だからさ」
「え!? まさか、そんな……!」
真利亜の顔が途端に引きつる。二人の心配を宥めるように、フレイヤは首を横に振った。
「大丈夫です、私には火の魔法は使えません。それに、今の私はすごく弱い、です。小さな魔法だけ、使えます」
「小さな魔法?」
招福が小首を傾げると、フレイヤは頷いて、借り物パジャマの長すぎる左の袖を実直にまくり上げた。
モデルのようにすらりと白い手首には、半透明の大きめの宝石を連ねた、数珠のようなブレスレットが嵌められていた。
「ここに、私の友達、います。……魔法の生き物、です」
「ほう!」
招福は少年のような眼差しになり、興味津々といった様子でその数珠をじっと眺めた。
「呪文、言うと魔法の生き物、出てきます。出しますか?」
「是非!」
招福は即座に頷いた。平凡な顔立ちのどこにそんな情熱が隠れていたのかというほどの、食い気味な返事だった。
「分かりました。このテーブルの上に、生き物、出します」
「ねえちょっと、本当に大丈夫なのよね……?」
真利亜は、さすがに投資家としてのリスク管理本能が働いたのか、不安そうな顔で問いかけた。しかし、フレイヤはすでに意識を集中させており、その薄い唇からは現代日本の言語ではない、全く認識不能な神秘的な響きの言葉が紡がれ始めていた。
「ねえ、何が出てくるの!? 蛇とか蜥蜴とか、そういう這いずる系は絶対にやめてよ!? まさか恐竜じゃないわよね!?」
真利亜のマシンガントークを余所に、フレイヤは呪文の合間に「大丈夫、とても、小さいと思います」とだけ短く返した。
「小さい? 小さい蛇ってこと!?」
真利亜は、低身長な身体をさらに縮こまらせ、テーブルからじりじりと距離を取った。その時、
「おお!」
招福が感嘆の声を上げた。フレイヤの手首にある半透明の宝石の一つが、朝の光を吸い込んで激しく明滅し始めたのだ。
――ぼふっ。
リビングの静寂に、そんな乾いた水音が響いた。同時に、ブレスレットから淡い光の粒子が放たれる。
「ねえ! ねえちょっと待って!? ねえ!?」
パニックを起こした真利亜が、お箸を握りしめたまま悲鳴を上げる。
光が収まった瞬間、テーブルの上には何もいなかった。代わりに、真利亜の黒髪のボブカットのちょうど真上に、それは出現していた。
「あ」
招福の口から、間抜けた声が漏れる。
それは黒くてぬめぬめとした、いかにも両生類然とした『オオサンショウウオ』だった。
オオサンショウウオは、真利亜の強張る顔のすぐ上で、何食わぬ顔で「きょとん」とつぶらな瞳を輝かせていた。リビングに、妙に生々しい川の匂いがふわりと漂う。
「私の友達「ぬめぼん」です。今後ともよろしくお願いいたします」
嬉しそうな顔でオオサンショウウオの頭を撫でたフレイヤ。
「ぬぼー!」
ぬめぬめも嬉しそうな声でそれに答えた。
真利亜は完全に白目を剥きそうな表情のまま、頭の上の不気味な重みとぬめりを感じて、指一本作動させられずに硬直していた。
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