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3話 ~告白~

 


 朝の柔らかな光が満ちるリビングは、どこか現実味を欠いた静寂に包まれていた。


 木目のテーブルの上に並べられたコーヒーカップからは、白い湯気がゆらゆらと真っ直ぐに立ち上っている。香ばしい豆の香りが漂う中で、三人はそれぞれ、張り詰めた沈黙を抱えていた。


 真利亜まりあは、いつもの席で小さく身を縮めている。顎のラインで切りそろえられた黒髪のボブカットは、まだ少し寝癖が付いて跳ねていた。


 どこぞのアイドルグループのセンターに収まっていてもおかしくないほどに整った童顔は、今、極度の人見知りと困惑で硬く強張っている。


 その隣では、兄の招福まねふくが、いつもの淡々とした顔でマグカップを口元へ運んでいた。高身長で痩せ型、どこにでもいる典型的な日本人男性の平凡な顔立ちをした彼は、この奇妙な状況にあってもどこか超然としている。


 そして二人の対面では、フレイヤが、浅い腰掛け方をしたまま背筋を伸ばし、お行儀よく座っていた。


 食パン、目玉焼き、ベーコン、サラダという朝食を静かに食べ終えた三人は招福が用意したコーヒーを前に座っている。ただ薄い湯気だけが揺れる長い沈黙が流れていた。


 やがて、フレイヤの青い瞳がかすかに揺れた。彼女は意を決したように薄い唇を開き、頭の中で慎重に言葉を選ぶようにして、ぽつり、ぽつりと語り始めた。


「……私は、異世界からやってきました」


 教科書をなぞるような、丁寧で拙い日本語が、静かなリビングの空気を小さく震わせた。


「え?」


 真利亜まりあの薄い唇から、呆気にとられたような小さな呟きが漏れた。


「別の世界、です」


「……外国ではなく?」


「異世界、です」


 フレイヤは真利亜のアイドルのような瞳を真っ直ぐに見つめ返し、はっきりと、迷いのないトーンで言葉を返した。


「私のお爺さんのお爺さん、日本人でした。そして、私たちの世界、来ました。その時の穴、使って、私は来ました」


「えぇ……」


 にわかには信じられない壮大な告白に、真利亜は驚きと戸惑いを隠せないまま、助けを求めるように隣に座る兄の顔を見たが、その表情はいつもと変わらなかった。


「ちょっと兄さん、聞いてたの?」


「もちろん聞いていたよ」


「異世界だってよ!?」


「ああ」


「ああ、じゃなくて……!」


「ああ」


 感情の起伏が全く見えない兄の生返事に、真利亜はガシガシと寝癖のついた黒髪をかきむしった。


 フレイヤという『外の人間』への緊張よりも、目の前の兄へのイライラが上回り、いつもの家の中での毒舌が思わず口をついて出る。


「……何が『ああ』よ、我が兄ながらやっぱり変人過ぎる」


 真利亜は心底呆れた表情で大きなため息をつくと、再び視線を対面の金髪美女へと戻した。


「フレイヤ、あなたはどうして日本語を喋れるんだい?」


 招福の問いかけにフレイヤは少し誇らしげに胸を張った。


「お爺さんのお爺さん、日本語の本書きました。私達、それ、勉強しました」


「なるほど……」


 招福がマグカップをテーブルに置き、顎に手を当てて小さく呟いた。その表情を見た真利亜が、お箸を持ったまま問いかける。


「何、何か分かったの?」


「今までのフレイヤの話を繋げて考えた、ただの推測だ」


「良いから教えてよ」


 招福はいつも通りの淡々とした声で、目の前の綺麗な金髪を見つめながら話し始めた。


「フレイヤのお爺さんのお爺さんは、自分と同じように、日本からの転生者がまた向こうの世界にやってくる可能性を考えていたんじゃないだろうか」


「転生者……?」


「そう。その場合に、最も苦労することは『言語が通じないこと』だ。その事態に備えて、彼は自分の子孫に日本語の教科書を残していった。向こう側の世界に日本語を使える人間がいれば、いつかやってくるかもしれない日本人とのコミュニケーションが格段に取りやすくなるからね」


「おおー……」


 招福の淀みのない、理路整然とした推理を聞いて、真利亜は「やるじゃない」と言わんばかりにパチパチと小さな拍手を送った。小柄な妹からの称賛を、招福は特に表情も変えずに受け流す。


 二人のやり取りを見ていたフレイヤは、深く、何度も力強く頷いた。その青い瞳には、自分の先祖の意図を完璧に見抜かれたことへの、深い感銘の色が浮かんでいる。


「その通りです。まねふく、あなたは、とても賢いです」


 異世界の聖女からの最大の賛辞を、招福はやはり「どういたしまして」と淡々と受け止めた。


 そんな兄を見て真利亜は少し悔しそうな顔をした。






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