17話
「このカメオは私のよ、いいわね?」
日葵が、虹色に妖しくきらめく大ぶりのカメオを胸に抱きしめるようにして、巌頭を牽制した。異世界の白蝶貝と思わしきその素材には、うっとりするほど美しい女神の横顔が、信じられないほどの精密さで彫り込まれている。
「ふん、どうぞご自由に。ワシはそんな有機物の塊(貝殻)にはハナから興味はない」
巌頭は顕微鏡から目を離すこともせず、鼻で笑って手をひらひらと振った。
「なによその言い方! これがどれほど凄いか分かってないのね!? この立体感、そして貝殻特有の虹色の光沢が、ちょうど女神の髪の毛のウェーブに沿うように計算して彫られてるのよ! 地球のシェルカメオの巨匠たちだって、これを見たら嫉妬で筆を折る……じゃなくてノミを折るわ!!」
「どれだけ職人の腕が良かろうが、成分は炭酸カルシウムじゃろ。ワシのルーペを曇らせるほどの結晶バグはそこには無い」
愛おしそうに未知の鉱物を撫で回す巌頭を見て、日葵はジト目で小さくため息をついた。
「あなたって本当に分かってないわねぇ……。ま、おかげでこの最高傑作が私のものになるんだから、今回は見逃してあげるわ」
「おおお……! なんじゃこのフォブシール(印章ペンダント)は! 台座の無骨な装飾も素晴らしいが、この底面に据えられた『スモーキークォーツ(煙水晶)』に似た鉱物の結晶密度が異常だ! 地球の煙水晶はアルミニウムイオンが放射線を受けてこの色になるが、これは違う! 内部の分子がまるで自ら意思を持って光を吸収しとるかのような、完璧な漆黒のグラデーションじゃあ!!」
「ちょっと巌頭さん聞いてる!? この女神のドレスのドレープ(シワ)の立体感を見てよ! 糊付けもなしに、どうやってこの極薄の貝殻の層を割らずにここまで深く彫り込めるのよ! これぞ職人の魂、美の極致、私の大本命よ!!」
「人類の歴史のシンクロニシティ、ここに極まれり! 異世界にも懐中時計の鎖に印章をぶら下げる『フォブシール』の文化が存在したという事実だけで、ワシは白飯が十杯は食える! しかもこの底面に彫られた獅子の紋章、ミクロ単位の狂いもないインタリオ(沈み彫り)だ。この硬度をどうやってこれほど滑らかに削った!? 物質そのものの物理法則が地球と違う証拠じゃあ!!」
「これは私の個人コレクションにするからね!」
「市場に流してなるものか! ワシが死ぬまで毎日顕微鏡で覗き倒して、ワシの棺桶に一緒に入れるんじゃあ!!」
「「素晴らしいわ(素晴らしいぞァ)!!」」
机をバンバン叩きながら、お互いに一歩も引かずに己の愛を叫び散らす二人の大人。
完全に会話のドッジボール、いや、会話の並行世界がそこには完成していた。
ソファで見守る招福と真利亜は、もはや呆れるのを通り越して、無言でそっと椅子の位置を遠ざけている。
「……ねえお兄ちゃん。あの人たち、一見会話してるように見えて、1文字も相手の話を聴いてないよね?」
「そうだな。お母さんは『貝殻の彫刻』しか見てないし、巌頭さんは『黒い石の結晶』しか見てない。完全に自分の世界に引きこもって暴走してる……」
「私も宝飾品は好きだから気持ちは分かるけど」
当のフレイヤだけは、自分の持ち込んだ故郷の品々が、なぜか目の前の偉い大人たちをトランス状態に陥らせている様子を見て、「あ、あの……お二人とも、息をしてください……?」と、不安そうな表情で青い瞳をパチクリさせていた。
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