13話 ~食欲~
「嘘でしょ………?」
招福は、広い店内の中心で思わず愕然と立ち尽くした。
服を買うためにやってきた、無印良品。
もともとファッションにこれっぽっちも興味の無い招福が、最短で服を選ぶ方法は極めてシンプルだった。店内のマネキンが着ているコーディネートと『全く同じもの』を、自分のサイズでそのままカゴに放り込む――それだけだ。
ついでに消耗品の下着や靴下も迷わず選び終えた彼は、その足で大好きな食品売り場のカレーコーナーへと向かった。
そこで、棚にズラリと並ぶレトルトカレーを「全種類買う」という自分なりの大冒険に出かけ、さらに寝具やインテリアのコーナーをのんびり見て回り、この店舗のほぼ全てを網羅した。
ふと時計を見れば、そ三十分以上は優に経っているはずだった。
それだというのに――真利亜とフレイヤの二人は、未だに最初に入った服のコーナーから一歩も動いていなかった。
二人はハンガーにかかった何着もの服を手に取り、真剣そのものの険しい表情で、何やら熱を帯びた議論を交わしている。
(どうしよう………なんか、重要会議の中盤みたいな雰囲気だぞ)
カゴの中にパンパンに詰め込まれた大量のレトルトカレーの重みを両手に感じながら、招福は完全にアウェーな空気の中でポツンと途方に暮れるのだった。
それからさらに三十分程度が経ったのち。
「じゃあお兄ちゃん、これお願いね」
「招福、お願いします」
ようやく会議を終えた二人から、これでもかと服がパンパンに詰め込まれたカゴを手渡され、招福は大人しくレジの列へと並んだ。
(……やばいかもしれない)
その時、招福の脳裏を不吉な予感が襲った。
それは、これからこの大量の荷物をすべて自宅まで持ち帰らなければならない、という冷酷な現実だった。
(こういう買い物のとき、世間一般では普通、男が全部荷物持ちをさせられるものだよな……)
その不安は見事に的中した。
会計を終えて店を出たときには、招福の両手には、手のひらを引き裂かんばかりに食い込む巨大な買い物袋が、ずっしりとその存在感を放っていた。
「あー、頭使ったらお腹空いちゃった! ついでにお昼ご飯を食べに行きましょうよ」
真利亜のその提案を、招福は待ってましたとばかりに迎え撃った。すぐさま、同じビルの中に入っているお気に入りのラーメン屋を提案する。二人が洋服を熟考している間、時間が余り散らかしていた招福は、すでにレストランフロアの案内板を見て完璧な計画を練り上げていたのだ。
(注文は、煮卵ネギラーメンにチャーシュートッピングだ)
頭の中ではすでにスープの匂いまで漂っていた。
――しかしその結果、招福が今、目の前で食べているのは熱々の『石焼ビビンバ』だった。
彼のラーメン提案は秒で却下され、女子二人の強い希望により、選ばれたのはお洒落な韓国料理店『妻家房』だったからだ。
自分の意見が通らない哀愁を感じつつも、いざ食べてみればお焦げの香ばしいビビンバは文句なしに美味しかったので、そこは大きな問題ではなかった。
本当に驚いたのは、その後に繰り広げられたフレイヤの食欲だった。
(異世界の人は、みんなこういうブラックホールみたいな胃袋をしているのかな……)
サムギョプサルにプルコギ、ヤンニョムチキン、さらには山盛りの白米。テーブルの上の隙間を埋め尽くすほど並べられた大量の料理が、まるで手品でも見ているかのように、フレイヤの口へとあっという間に吸い込まれて消えていったのだ。
「ごちそうさまでした。とても、美味しかったです。私、この世界にきて……本当によかったです」
まだ少しカタコトな日本語で、けれど心からの幸せそうにふにゃりと頬を緩めるフレイヤ。その嘘偽りのない純粋な笑顔を見た瞬間、招福の胸の奥に、じんわりとした温かいものが広がった。
(来てよかったな………)
両手には、相変わらず指がちぎれそうなほど重い荷物が握られている。けれど、招福は確かな充実感と共に、賑やかに笑い合う二人の少女の後ろ姿を見守りながら、のんびりと自宅への帰路につくのだった。
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