11話 ~服屋の店員~
フレイヤの服を買うために『アトレ恵比寿』の4階へとやって来た一行。
真利亜は当初、投資家としての潤沢な資金を背景に、フレイヤに対して「海外のモデルさんみたいな格好いい服をバシッと奢ってあげる!」と息巻いていたのだが――。
「うっ……!」
招福は、隣を歩く妹の微かな呻き声と、その身体がカチコチに強張った瞬間を見逃さなかった。
真利亜の視線の先を探ると、原因はすぐに判明した。お洒落なセレクトショップの入り口で、こちらに向けて極上の営業スマイルを浮かべている美しい女性店員。ただそれだけだった。
(まさか………)
その瞬間、招福の脳内で静かに推理が始まった。
(真利亜の、いつもの『あれ』が始まっている………)
真利亜は家の中では口数が多く、毒舌で生意気な少女だ。しかし、一歩外に出れば、無口で猫背な極度の人見知り少女へと完全変身してしまうという致命的な弱点がある。
改めてフロアの状況を見渡してみれば、平日の昼間ということもあって客足はまばらだった。つまり、お店の店員たちは完全に暇を持て余している。少しでも客が近づこうものなら、一斉に親切丁寧な接客の波状攻撃を仕掛けてくることは火を見るより明らかだった。
案の定、真利亜はまるで獰猛な熊を目の前にしたタヌキのように、招福の陰でぷるぷると震え出している。
(だったら、どうしてここを選んだのだろう?)
当然の疑問が浮かぶ。
フレイヤに服を買うと言い出したのは真利亜だし、このアトレ恵比寿を選んだのも真利亜自身だ。それなのに、どうして彼女は戦闘不能の一歩手前まで固まっているのか。
(……まさか)
招福が導き出した答え。それは極めてシンプルなものだった。
(真利亜は、ここに来るのが『初めて』なんだ)
おそらく我が妹は、異世界から来たフレイヤの前で格好いい所を見せたかったに違いない。自分はこういう大人でハイセンスな店を知っているんだぞ、と大人な女性を演出したかったのだろう。
しかし、実際のところは、ただ事前にネットで調べてきただけ。
頭の中でのシミュレーションは完璧だったはずだ。このビルは駅と直結しているから迷う心配は無い。店舗の位置や取り扱いブランド、その予算についても、投資家らしいリサーチ能力できっちり調べていたのかもしれない。
だが、実際に現場へ来てみると、そこには「アパレルショップの店員」という、人見知りにとっては天敵とも言える強大な難敵が待ち受けていたのだ。
よくよく考えてみれば、招福はこれまでの人生で、真利亜に対して「お洒落だな」と思った記憶があまりない。
自宅にZOZOTOWNの段ボールが届いているところは何度も見たことがあるが、彼女が実店舗で、対面で服を買った経験などほとんど無いのではないか。
「ふぅ………ふぅ………ふぃ………」
招福の推理を肯定するかのように、呼吸が荒くなっている真利亜の額には脂汗が滲み始めていた。
(やっぱり………)
これこそまさに、絵に描いた餅――『机上の空論』と言うにふさわしい事態だった。
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