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第三話 背骨はやがて、灰となり —— 参

 まず、私は丁寧にババアの皮を剥いだ。少しも破けることのないよう、細心の注意を払って。顔の部分は特に丁寧な作業が必要で、他よりかなり多くの時間を要した。


 次に、中身を肉と骨に分けていく。肉は凝り固まった筋ばかりで、食えるところは思ったより少なかった。


 私は鍋に水を入れて火にかけ、最初に筋を放り込んだ。いくら煮込んでも柔らかくならなかったが、濃い出汁が取れたのでこれで良しとする。


 それから一口大に切った肉を鍋に入れて、ぐらぐら煮えるババア汁の表面を眺めた。時々灰汁を掬い取り、流しの横にあった草をちぎって放り込む。

 昇り立つ湯気の匂いは、私にとっては臭くて臭くてかなわないものだったが、人間の食欲をそそるものには違いなかった。


 それからしばらく。陽が傾き出したのを認め、私はババアの骨を流しの下に隠した。ババアの皮を被り、囲炉裏の横でジジイが帰るのを待つ。


 あれこれと考えているうちに時間が経ち、真っ赤な太陽が山向こうに沈もうという時分になって、ジジイがやっと帰ってきた。


「ただいまぁ」


 上機嫌なジジイに、私はババアの声を真似て「おかえんなさい」と応え、椀に汁を掬う。


「くそタヌキがいないおかげで、今日は畑仕事が捗ったよ」

「それはよかった。たくさん収穫できそうですか?」

「ああ。きっと、きっとそうさ」


 ジジイが囲炉裏を挟んだ向こうに座り、私は彼に腕を差し出す。


「どうにも、タヌキ汁とは思えないくらい良い匂いだなぁ」

「じっくり煮込んで臭みを飛ばしたんです」

「へえ。そりゃあ、大変だっただろう」

「せっかくなら、美味しく食いたいですからねぇ」


 ジジイは私の分の椀が整うのを待ってから、「それじゃあ、いただこうかね」と言って椀に口をつけた。ずずっと音を立てて汁を飲み、肉をひょいと口に入れる。

 私は汁を飲むフリをしてから「どうですか?」と尋ねた。


「ああ、美味い。すごく美味いよ」

「どれくらい美味しいですか?」


 ジジイがまた肉を口に放り込み、「うーん」と唸りながら咀嚼する。


「よく、夢にウサギ汁が出てきてなぁ」


 私は手元の椀に映る、ババアの皮を被った自分を見つめる。


「それが大層美味いんだ。芳しい匂いがして、肉を口に入れると甘い脂が溶け出して、噛むとほろほろ崩れる」

「……それは、幸せな夢ですねぇ」

「ああ。だからワシはウサギの肉が好きだし、タヌキなぞ食えたもんじゃないと思ってたが、まあ、驚いたよ」

「…………」

「このタヌキ汁は、夢の中のウサギ汁よりずっと美味い」


 ジジイがずずっと汁を食べ尽くし、「おかわり」と言って腕を差し出す。私はそこへ汁をなみなみ注ぎ、渡しがてら言ってやった。


「それは夢ではない」


 内心で「遠い前世の記憶だ」と続ける。この時私は、微かな高揚を覚えていた。

 生まれ、老い、朽ち、再び生まれ、また老いた。しかし、やはり、彼らはあの日と同じジジイとババアだったのだと。死が罪を終わらせることはないのだと。


 ならば、私も同じこと。()()()()()()()()()()()()、私たちさえ変わっていなければ、それでいい。


「ふふっ……」


 思わずほくそ笑んだ私に、ジジイは怪訝そうな顔をして椀を横に置いた。


「婆さん、どうしたんだい?」

「いやあ、何、君が何も知らずに汁を食っているのが大層面白くてな」

「どうした、その喋り方は」

「どうもしない。私は元からこうだ」


 私もまた椀を置き、立ち上がる。困惑するジジイがこちらを仰ぐのを見下ろして、


「君たちがかつて死に、再び生まれ、今に至るまで、私はずっとこうだった」


 ババアの皮を脱ぎ捨てた。ジジイが白く濁った目を見張り、私はヘラっと笑って見せる。


「ババア汁は口に合ったか?」


 それから流しの方を指し、


「流しの下の骨を見ろ」


 言うと、ジジイがガクガクと震え出し、ワナワナと口を動かしながら横を向いた。それからのそっと体を動かし、這うようにして流しへ近づく。


 流しの下の戸を開けたジジイは、当然、ババアの骨と対面した。


「ば、婆さん!」


 私は知っている。

 人間はウサギの皮を剥いで帽子を作るのに、人間で何かを作ることを忌避し、恐れる。

 だからババアの脚と腕の骨で台を組んだ。その上に頭蓋骨を置き、余った小さい骨は台の下へ。


 祭壇、あるいは断頭台。ジジイは文字通り、ババアの頭蓋骨と()()したということだ。


「ああ、なんてこと……なんてことだ!」


 ジジイがその場で腰を抜かし、「ああ、ああ」と言葉にならない声を漏らす。私はそれをせせら笑い、ババアの皮を投げ出して玄関へ。

 尻尾の先まで外に出たところで、「どうしたの?」と背後に澄んだ声を聞いた。


 振り返る。


「おじいさん、そんなに泣いて、どうしたの?」


 流しの前でうずくまる、ジジイの老いさらばえた背中。その傍らに、真っ白なウサギが座っている。

 ウサギ——そう。兎だ。


「ああ、ウサギ。聞いてくれ、ウサギ。これはワシの女房なんだ」

「こんなに白くなって、何があったの?」

「腐れタヌキの奴めが殺したんだ。皮を剥いで被って、ワシに女房の肉で作った汁を食わせた」

「まあ、大変!」


 ジジイが「あのタヌキだ」と言ってこちらを指す。兎の真っ赤な瞳が私を映すのを、私は外の夜の暗がりの中から見つめた。


「おじいさん、安心して。私がきっと仇を取るから。だからもう泣かないで」


 兎がそっと、しかし芯の通った声で言う。ジジイは「ああ、ありがとう。ありがとう」と言って兎に頭を下げ、一層大粒の涙を溢し始めた。


「どうか、どうか頼んだよ。ワシの老いた足じゃ、奴を捕まえることができない。罠を作る縄を買うのも難儀だ。お前さんだけが頼りだよ」


 ジジイが「ワシは悔しくて堪らない」と言って、流しの下の老婆の骨を一瞥する。兎は「わかった」と言って、ジジイを勇気づけるようにシワだらけの手を握った。


「明日、早速タヌキを誘い出して、酷い目に遭わせてあげるから」

「やあ、ありがたや、ありがたや。ワシはもうウサギ汁を食べたいなんて言わないよ。そうだ、お礼に栗の実をやろう」

「嬉しい。私、栗の実が大好きなの」

「そうかい。秋に取って寝かせておいたから、きっと甘くて美味いだろう」


 私は彼らの会話を背に、暗い夜道の帰路に着いた。狭い巣穴に体を捩じ込み、眠りについて、至った朝、


 巣穴の前に座った兎は、これみよがしに栗を頬張って見せた。

 私はまるでそれを欲しがるように、巣穴から顔を覗かせた。



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