第二話 背骨はやがて、灰となり —— 弍
まず、ここに至った経緯を明るみにする必要があるだろう。
罰には罪が、正義には悪が必要だ。
* * *
兎との再会を果たしてから、私はあれこれ考えた結果、ジジイの畑を荒らすことにした。もっと悍ましく残虐なことをしてやりたかったが、その時の私には、これくらいしか思いつかなかった。
私がもしクマだったなら、鋭い爪でジジイの喉笛を裂き、内臓を引き摺り出すことができただろう。しかし、私の手も爪も小さ過ぎた。
私がもしタカだったなら、尖った嘴でジジイの目玉を抉り出すことができただろう。しかし、私の口元はもふもふで、噛みつこうにも、どれだけ懸命に飛び跳ねたところでジジイの目玉には届かない。
本当はもっとやりたいことがあった。しかし、私は畑を荒らすことを選んだ。これは偏に、私が私であるがゆえの限界によるものだ。
ジジイが半日かけて作った畝を踏みつける。
植った種芋を全て掘り出し、全部を一口齧ってから捨てておく。
怒ったジジイが追いかけてきたら森に逃げて、作業に戻ったところを狙って石や土くれを投げつける。
何度も、何度も、繰り返し、私はふと気がついた。
ジジイは大層、足が遅い。
私だって、大して足が速い方ではない。むしろ走るのは苦手で、他のタヌキより足が短い。ジジイは、そんな私よりずっと足が遅かった。
いつも怒って私を追いかけるが、ちっとも追いつきやしない。それでも私を追いかける彼は、決して私を捕まえられない。
畑を荒らす私。
憤慨するジジイ。
逃げる私。
追いかけるジジイ。
それらが日々の定型と化し、いつからか、私は飽きてきていたのかもしれない。
満月の深夜。月の表面の模様に見惚れていた私は、足元の罠に気づかなかった。
まずいと思った時には既に遅く、私はその場に倒れ込んだ。硬い縄が、足首を縊り落とさんとばかりに締め付けた。
私はジジイの畑の隅に横たわり、足首の痛みを感じながら月を見つめた。
翌朝、罠にかかった私を見つけたジジイは、小躍りをして喜んだ。
「腐れタヌキめ、いい気味だ」
ジジイは私の四肢を縄で縛り、片手にぶら下げて家へ帰った。迎えたババアが「あれま」と声を上げ、ジジイは「ついにやったぞ」と誇らしげに言い、私を天井の梁に吊るす。
「畑を荒らす忌々しいタヌキを捕まえてやった」
「これはどうしましょうか?」
「汚いタヌキだからなぁ。毛皮は売り物にならんだろう。ワシはこれから畑仕事に戻るから、帰るまでにタヌキ汁でもこしらえといてくれるかい?」
「タヌキの肉は臭くて不味いですよ」
「そうも言ってられんだろ。食えるものは食っておかないと」
ジジイが「行ってくる」と言って戸口へ向かい、ババアが「行ってらっしゃい」と言ってそれを見送った。
ジジイの姿が見えなくなってからババアがため息をついたのは、私を解体するのが面倒だからか、それとも、不味い肉でも食わねばならない食糧事情を嘆いてのことか。
今生の彼らは貧しく、森はずいぶん前から痩せ細っている。
食糧を買う金を持たず、森で得られる資源は乏しく、せっかく作った畑も私が荒らすものだから、きっと疲れ果てていたのだろう。
ババアは再びため息をつき、流しの下から臼と杵を取り出した。一掴みだけ麦を入れて、トントンと気怠げな音を立ててつき始める。
彼女がふと手を止めたところで、私は声をかけてみた。
「やあ、ババア。疲れたのか?」
ババアはついっと顔を上げ、「何を当たり前のことを」と言いながら汗を拭いた。
「何もかも、あんたのせいさね。あんたが畑を荒らすから、アタシらはこんなにひもじい思いをしとるんだ」
「あの種芋、どれも腐りかけで不味かったなぁ」
「近頃、山に入ったってろくなもんが取れやしない」
「みんな川向こうの山へ引っ越したそうだ。ここらの森は人間に荒らされて、すっかり弱ってしまったから」
私は吊されたまま考えていた。鋭い爪も嘴ももたない私が、今、ここで、何をできるのか。
「やあ、ババア。教えてやろうか?」
ババアは返事をせず、麦をつく手を止めない。私はそのまま語り出す。
「なぜ、畑で何も収穫できないのか。なぜ、ジジイは山へ行ってもいつも手ぶらで帰ってくるのか。考えてみればおかしなことだ」
家の中に響くのは、私の声と杵の音だけ。
「畑を荒らすのは私だけ。ジジイは人間で、私はただのタヌキ。それなのに、収穫が一切なくなってしまうなど、あり得る話だろうか」
「森は確かに衰えている。多くの動物が見切りをつけてこの地を去った。しかし残っている者もいるし、森にはアケビも、木苺も、栗もある」
「ワラビもあるし、セリもある。たくさん生えている場所を教えてやろうか?」
ババアはふと手を止め、私を仰ぎ見た。皺だらけの乾いた頬を少し動かして、ひび割れた唇をゆっくり開き、「何が言いたい?」と尋ねる。
「もしくは、よくジジイが一人で木苺を食っている、森の窪地を教えようか?」
私はニヤリと笑ったが、ババアはそれに気づかなかった。タヌキの表情と人間のそれは異なり、私は長く彼らを観察することでその判別ができるようになったが、ババアは私を観察したことがないからだ。
何も知らないババアは、「やってられっか」と言って杵を置き、立ち上がる。
「今もあの人は木苺を食ってんのかい?」
「どうだろうな。それは行ってみなければわからない」
「アタシはすっかり腹が減っちまったよ。その窪地は遠いのかい?」
「近くはないが、着いたら木苺をたらふく食えると思えば、十分歩ける距離だ」
ババアが私の縄を解く。私が床にひょいと降り立つと、傷んだ板がぎいっと音を立てた。
私は「行くなら、これを持って行った方がいい」と言って、ババアが置いた杵を取る。
「そんなもん持って行って、一体何に使うんだい?」
ババアが尋ね、
「木苺取りに役立つ。ほら、ここを見てごらん」
私は嘯き、杵を指す。
「何を——」
ババアが屈んだ瞬間、私はその脳天目掛けて杵を振った。
打撃音と、「ぎゃっ」という耳障りな人間の悲鳴。
ババアは倒れ、それきり動かなくなった。




