大往生
その夜、早い時間にマユは出現。
早速、薫とのやりとりを詳細に報告した。
「……『生首現場』は『ワイヤー切断の事件』?」
マユも、失念していたのか。
いや、違った。
「あれはネットで『首』で検索しても出てこない筈。報道では『身体の一部を切断』だから。被害者は相当な殺人事件オタクね」
と感心している。
君だって……と、思った。(言わないけど)
「薫の推理は、どう思う?」
マユは暫く考え……首を傾げた。
「時間的、物理的に可能ではあるわね。でも……憶測の段階だと思う」
「憶測だと、薫自身も言ってたよ」
「想像部分が多すぎるわ」
1 母親と子がトイレに行った(店主の証言)
2 被害者が入店、トイレに(薫が目撃)
3 父親がトイレに行った(店主の証言)
4 父親が被害者の入っている個室のドアを壊し殺害
5 被害者のジャケットを着た母親が店から出た(店主は後ろ姿を見た)
6 裏口から父親と母親で遺体を車に運ぶ
7 橋の上に遺棄
8 店主がトイレの鍵が壊れているのを確認
「4から7が、想像の段階でしょ。可能だった、だけ」
「まあ、そうかな」
「可能=犯人では無いでしょ。たとえば……薫さんにも犯行は可能だった」
「へ?」
「被害者の後を付けてトイレに向かったの」
「いや、無理だろ。ばーちゃんも父親も店内にいた。なにより俺と電話中だよ」
「おバアさんは見ていなかった。父親は携帯電話、触っていた。薫さんなら携帯は胸ポケット、スピーカーにして、セイと話ながら殺人くらい出来そうよ」
「……ま、絶対無理ではないか」
「3つあるトイレの、2つは母親と子供が使っていた、あと1つの個室に入りかけた被害者を殺害。トイレの隅に遺体を置き、鍵を壊す。その時上着をゲット。外から見て鍵は壊れドアが半開きになっていたら、誰も使わない」
「それで?……被害者のジャケット着て出て行ったのは?」
「薫さんよ。上着は店の中に隠していた。座敷のどこか」
「続きは分かったよ。店を出た後、裏口から引き返す。被害者の上着を羽織り、膝曲げて身長低く見せて、ささっ店を出る……」
「おバアさんの注意を逸らすために、電話かけてね」
「で、あとからトイレの遺体を回収?」
「暗くなってから共犯者が車で回収に来たの」
と聖を指差す。
「え? 俺?」
「おばあさんに不審がられない。時間的にも可能よ」
「……その推理、穴だらけだよ。被害者を追って店の中で殺した、それって誰かに見られる可能性高いじゃん。トイレに遺体を放置? これも誰かが覗く可能性はゼロじゃない。他に客が無かったのは偶然だ。何よりも、薫には全く動機が無い」
「その通りね。薫さんの推理も同じだと思わない? たとえば、3人家族より、被害者より先に、薫さんが酒屋を出たのは、たまたまでしょ。薫さんもトイレに行ったかも知れないしね」
「……そりゃ、そうだ」
「動機が不明も同じ。計画的な犯行だとしたら、わざわざ酒屋のトイレを選ばない。じゃあ突発的なトラブル?……それがね。どうしても想像出来ないのよ」
「そうだよね。たまたま酒屋で一緒になった家族連れ、だもんな」
「……お金目当てでも無いし。怒りが乗じて殺意に、というのも考えにくいでしょ」
「殺す、だけが目的とか」
「快楽殺人?……家族連れよ。しかも田舎の店のトイレで、それ殺る? 変でしょ」
「確かにね」
「分からないわね……車で連れ去られたに違いないと、思っていたから」
「新たに、意外な情報が出てくるかも知れないしね」
「……そうね」
マユはこの事件に関心が高まっている様子。
「捜査に進展があれば、薫が知らせてくれるよ」
翌日、酒屋の前を通ると
駐車場に警察車輌が数台停まっていた。
店先には「臨時休業」の札。
「警察が調べているみたいだよ」
とマユに報告。
「それって被害者が店を出た痕跡が見当たらない、って事かしら?」
「念の為、事件当時に壊されていたトイレを調べてるのかも知れないしね」
「カオルさんから、何も連絡は無いのね?」
「うん。こっちからは聞けないしね」
……待つしか無い。
1週間過ぎても薫から連絡は無い。
事件の続報も無い。
酒屋は店を閉めたままだった。
捜査は終了した様子であるのに……。
12月10日
山田動物霊園にシロを迎えに行くと
悠斗が、酒屋の主が心配だと、言う。
「昨日の夜、店の前を通ったんです。そしたら2階の明かりが点いてなかったんですよ。どこかへ行ったんですかね」
「ばあちゃん、居ないんですか……」
「捜査官がバタバタ出入りしてましたよね。対応に疲れて、倒れたんじゃないでしょうか?」
「まさか。あの、(超パワフルな)ばあちゃんが?……大丈夫でしょ」
聖は、ありえないと思った。
しかし、すぐに自分の認識が正しくないと気付く。
年齢を考えれば、悠斗の心配は尤もだった。
「……そっか。何かあったかも」
「セイさん、近所の人だったら、知ってるんでしょうかね、」
話の最中に聖の携帯電話が鳴る。
<幸森>からだった。
(資産家、幸森一族の老人)
「三代目(神流剝製工房の三代目)、今、ちょっと喋ってもええか? あんなあ、酒屋のばあさんなあ……」
そこで言葉を切り、溜息。
長過ぎる沈黙。
何?
心がざわつく……。
スピーカにして、悠斗と一緒に、
続きの言葉を持つ。
「ワシなあ、ばあさんは、八十、五六やと、思てたんや。……なんとなあ、94才、やってんて。そんだけ生きてな、間際まで、動いて食べて喋って……大往生やな」
「だいおうじょう……」
悠斗は、復唱しながら……ゆっくり顎を上げ……空を仰いだ。
灰色の雲で覆われた冬の空を。
心配したことが起こっていたと、悟ったのだ。
「コウモリさん、もう1回、言って下さい、ばあちゃんが、どうしたんですか?」
聖は、訃報を告げられたと、分からない。
「昨日の朝、神戸の孫が迎えにきてん。そろそろ1人で置いとかれへんとな。ほんでな車の中でな……死んだんやで」
「え……ええつ。ばあちゃん、死んじゃったんですか?」
なんで、
と、子供のように問うていた。




