焼身自殺
幸森は、経過を話した。
楠本酒店、老店主の最後を……。
孫夫婦が言うには、
吉野川を超えた辺りで会話の返事が途切れ、
息をしていないのに気付いた。
驚き、近くの<幸福会記念病院>へ車を走らせた。
蘇生が試みられたが、命が戻る事はなかった。
幸福会記念病院は幸森一族の経営だ。
本人が長年通院していたこともあり、病院の職員(幸森一族)から
知らせを受けたという。
「自治会の訃報メールがな、今日にも届くと思う。葬式は神戸で家族葬やねんて。しやから、村のモンは見送られへん。残念やけどな」
幸森は、薫と山田霊園に伝えて欲しいと言った。
聖は薫にラインで知らせた。
即既読。暫くして
「大往生やな」
短い返信。
あっさりしすぎてない?
聖は薫の反応に不満。
自分はまだ信じられない。
突然すぎて、受け入れられない。
「お孫さんの車で……大往生ね」
と、マユもあっさり言う。
喜ばしい知らせのように、微笑み浮かべて。
「大往生かなんか知らないけど、俺はショック」
本音が口から出る。
「まあ……セイは、驚いているのね。……予感は無かったの?」
「……うん」
全く、予感は無かった。
それもショックではあった。
霊が視えるのに
人殺しが視えるのに
身近な人の逝く時が近いと
全く感じ取れなかった。
「予感が無かった……一体どういう……」
マユは何か言いかけて、黙ってしまった。
長すぎる沈黙。
次の言葉を待っていると、薫からの着信。
「セイのワークブーツ、ダナーの本革ブラウン、26㎝やんな」
と、大きな声。
「うん。そうだけど」
なんで、そんなこと聞くの?
俺の靴、なんで、そこまで知ってる?
「山を歩くときも、車で遠出するンも、そのワークブーツやんな」
「……うん」
「しやけど、この前酒屋で会った時は、黒いスリッポンやったと記憶してる。家の中で履いてる、」
「そうだよ。酒屋やコンビニ行くのに履き替えないよ。面倒じゃん」
「しやな。了解……」
電話を切ろうとするから、慌てて聞く
「なんで、そんなの、聞くの?」
気になるじゃ無いか。
「トイレの床に、被害者のブーツの靴跡に重なるような靴跡がでた。鍵が壊れていた個室の、通常の使用では不可解な位置に。それが泥の付いたワークブーツやねん。セイのとは別ブランド。サイズも違うねんけどな。念の為、確認したんや」
「へ? やっぱ、あのトイレが殺人現場?」
「まだ分からん。けど否定する材料は今のところ、無い」
「じゃあ、決まりだね」
殺害したのは家族連れの男。
死体遺棄は女も絡んでいる。
薫は車のナンバーの大半を憶えていた。
すぐに素性は分かるはず。
「車の持ち主は判明したで。ところがや、難儀なことに、行方不明者届が出てたんや」
「行方不明? いつから?」
「11月13日に、家を出たまま連絡が取れないんやて」
「それって、事件の3日後だよね……もしや、一家で逃走?」
「いや、旦那だけやで。嫁さんが、届を出してる」
「そうか。あ、でも夫婦共犯なんだ。奥さんには事情聴取できるんだ」
「もちろん、聴取したで。電話やけど」
娘を連れ、高知の実家に身を寄せているという。
「事件当日、楠本酒店に行ったのは認めた。それだけや。被害者との接触は否定。見たかも知れないが、憶えてないと言うたらしい」
「車を調べたら、何か出るんじゃないの?」
トランクに被害者の髪の毛とか、体液とか。
「ところがな、車ごと消えよったんや。ワークブーツも履いて逃げた可能性が高いな」
「警察は今、行方を追っているんだね」
「行方不明者としてな。現時点では関係者でさえない」
「そうか……メッチャ怪しいよね、このタイミングで家出って」
「……自殺の可能性もあるんやで」
「自殺?」
聖は想像もしていなかった。
行きずりの女を殺した男が、自ら命を絶つなどと。
「心療内科に通院中やねん……あんな、長男が川で溺れてな、それからメンタルやられたんやて」
「え?……川で溺れて、死んじゃったの?」
酒屋の店主の顔が浮かんだ。
首にくっついた<川で死んだ長男>の顔も。
幼い子を川で死なせたエピソードが重なる。
……ばあちゃんも、メンタルやられた人だったんだ。
……そんでも94まで生きたって、やっぱ大往生か。
「川に流されたけど、遺体は上がってないんや。ほんでな、事件のあった日も、吉野に捜索に行ってたんや」
「吉野、か」
「うん。事故は今年の春、子供の名前はナガイ・タクト。当時4才。ネットで調べたら分かるで」
近いうちに会いに行く、
早口で言って電話は切れた。
「ナガイタクト、よ」
マユはディスプレイを指差す。
早々に検索。
「これだ。両親が目を離した隙に欄干に上って足を滑らせた……橋の上から落っこちたのか」
浮いたり沈んだりしながら流される姿を数人が目撃。
父親は、息子を助けようと川に飛び込んだ。
父親が必死で泳ぐ姿は、誰かがスマホで撮った画像が出てきた。
「助けられなかったのね」
「流れが急で、姿を見失ったのかな。警察の捜索でも発見できなかったんだ」
諦めきれずに、現場に通う姿が、記事になっている。
(どんな姿でも、帰ってきて欲しい。靴でも服の切れ端でもいい)
涙ながらに情報を求める動画もあった。
父親は長井サトシ 41才
自営業(歯科技工士)
中肉中背。眉毛薄く瞼が垂れた目元。印象の薄い顔立ちだ。
ぼそぼそと小さな声で訴えている。
母親は長井マユミ 40才
専業主婦。
小柄で痩せている。
端整な顔立ちだがノーメイクなので暗い印象。
夫の横で黙って頭を下げている。
抱いている女の子は2才半くらいか。
母に抱きついているので顔は見えない。
「痛々しいわね。この夫婦が人殺しだとは想像も付かないわね」
「うん。俺も同じコト思った。事件の日も、息子を探しに行ってたんだよな」
悲しい捜索の帰り道に
たまたま出会った<遺体発見現場巡りの>女を、なんで殺したのか?
「タクト君の写真は?」
「えーと。これかな」
帽子を被り、やや俯いているので、顔立ちは分からない。
「メンタルやられて……人格までも壊れちゃったら、本人にも殺人の理由は分からなかったりして」
突発的な犯行。
とっさに思いついた偽装工作は破綻。
(遺体が計算外に早く発見されてしまった)
「本性が善人だとすれば、犯した罪が怖くなって、捕まる前に自殺するかも知れないね」
「……罪に問われない為の自殺かしら?」
自殺しても、警察は捜査を続ける。
被疑者死亡で不起訴にはなる。
それでも罪が消えるわけじゃ無い。
と、聖は考えた。
2日後、
地域ニュースに焼けた車の写真。
何気なく記事を読めば
吉野で車輌火災。
車の中で性別不明の焼死体。
車は行方不明者届けが出されていた
大阪市在住、自営業男性の所有する車
長井サトシだと直感。
「焼身自殺?……車ごと燃やしたのか?」
車に被害者の痕跡があったとしても、全て焼けてしまった。
薫の推理では、有る筈の物証が消えたのだ。
ワークブーツも焼けたに違いない。
手がかりが、全て燃えてしまった。
手がかり無しでは捜査は頓挫。
マユの言った通り、
これでは
罪に問えない。




