薫の推理
薫は
酒屋の店主に質問を始めた。
「ばーちゃん。トイレの鍵は、いつ壊れたん?」
「カオルがこの前来たやんか。あの日や。店閉めるときに気がついたんやで」
トイレは開店時と閉店時にチェックしているらしい。
「な、なんやて……それ、間違いないん?」
「うん。早よ、気い付いてたら、カオルに直してもらったのにって、思ったんや」
「ほんで、トイレの鍵の話、警察の人にした?」
「言うてない。殺された子が、どうやったとしか、聞かれへんかったし」
「その話も、聞かせて欲しいねん。……店から出るのを、見たんやな?」
「ちらっとな。変わった白黒『ぶち』の上着、それが、すーっと出ていった」
「顔は、見た?」
「見てない。丁度電話鳴ってん。取ったら切れたけど。注文やったら書かなアカン。メガネかけたんや。遠くは、ぼやけて見えるやんか。黒い頭と、上着、それしか見てない」
「黒い頭!」
薫の声が大きくなる。
なんで?
……あ、白い帽子被って無かったのか。
それが何を意味するのか?
聖にはまだ分からない。
「家族連れが、おったやんか。あの3人の方が、後で出た?」
「しやで。3人で長いこと、トイレにおったみたいやな」
「トイレにか。……あの家族は初めて来た客か、憶えてないよな?」
「前にも来たで。半年くらい前に初めて来て、それから2、3回、来てる。あれからは来てない」
キッパリ言う。
記憶力は衰えていない。
それか一見客がよっぽど珍しいのかも。
「あの日、俺が来たとき、店の中に3人とも、おった。その後は? 俺はセイに電話してたやんか。よお、見てないねん」
「えーと。どやったかな……お母さんと女の子が、トイレに行ったんちゃうかな」
「その後で被害者が入って来て、トイレに行ったんやな」
「そうやったで」
「父親は? 俺が電話してるときは、店の中におったんかな?」
「カオルの側で、携帯電話触ってたで。カオルが出た後、支払いしてくれて……トイレに行ったな」
「ほんなら、トイレには、あの一家と被害者がおった時間があった、そうやろか?」
最初に母親と子が。
次に被害者。
続いて父親。
「しやな」
「出てきた順番は被害者が先、やねんな」
「そうや」
「ばあちゃん、トイレの鍵、直さんといて。触らんといて。警察が調べに来ると思うねん」
「へ?……俺修理しなくていいの?」
聖は分けがわからない。
だが酒屋の店主は疑問を顔に出さない。
「了解やで。ちょこっと触ったで。あとはセイちゃんしか触ってない。あれからトイレ使うた客はおらん。トイレ使う客は滅多におらん」
客が少ない上に、県道には先にコンビニがある。
奥に客用のトイレがあると一見わからない。
店主は2階(居宅部分)のウオッシュレットのトイレを使う。
「ばあちゃん、話聞かせてくれてありがとうな」
薫は頭を下げた。
「カオル、ほんで何買うてくれるん?」
店主は愛想良く言う。
いい笑顔だと、聖はふと思った。
丸っこい顔に丸っこい身体。
小豆色の綿入れの割烹着
その右肩には……小さな頭。
幼くして川で死んだ子供が憑いている。
聖は、常に、その子供の霊が視えている。
いつも目を閉じて安らかな寝顔。
微動だにしないのが、今はクスリと笑ってるように視えた。
「ねえカオル、どうなってんの?」
直ぐにでも去りそうな薫を
駐車場で引き留める。
薫はタバコに火を付けると、低いブロック塀に腰掛けた。
「セイ、犯人に繋がる手がかりが出てこないらしい」
生前最後の投稿後、
フォロワーからのコンタクトはあった。
しかし、全て(車で迎えに行く気のない)冷やかしのコメントだった。
「犯人は、やっぱりフォロワーじゃ無かったのか」
聖は呟く。
「やっぱりって?」
「『生首現場』は、あの橋じゃ無いよね。あの橋の上で発見されたのは『首無死体』だ」
「それもな、変やってん。(被害者の)以前の投稿も見ていれば『生首現場』は『山奥のおどろおどろしい剝製工房』と、わかるねん」
聖は(おどろおどろしい)に少々傷つく。
「生首は、アルミホイルに包まれていた、あっちだよね」
「アルミホイル?」
薫は少し考えて……笑った。
「ああ、そんなんも、あったなあ。忘れてたけど。けどソレちゃうねん。『生首現場』は吊り橋や。ワイヤー張られて、首がもげた事件、あっちやで」
言われて、そういう事件もあったと思い出した。
聖はコレも、すっかり忘れていた。
「は。……あったな。(マジでおどろおどろしい、じゃないか)……じゃあ行きずりの犯行で、犯人は後から投稿を見たのかな」
マユの推理は正しかったのか?
「その線でも捜査中やで。4時20分以降30分間、酒屋前を通過した車を募り、ドライブレコーダーを確認した。……被害者の姿は映ってないんや」
「それは妙だね」
酒屋前からはどっち向きもカーブが少ない。
県道を歩いている姿を捉えている確率は高い、のに。
「いまだ酒屋を出てからの足取りが掴めない。ほんでな。酒屋内での被害者の動向、直接ばあちゃんに聞こうと思って来たんや」
「店を出るのは見たと、言ってたね」
「顔は見てない、帽子は被ってなかった、言うてたな。……本人ちゃうかったんかも」
「え?……じゃあ、誰?」
「家族連れの、母親しか、おらんやろ」
何の為に、そんなこと?
4時15分に被害者が酒屋に来た。
その後、トイレに家族3人と被害者がいた時間がある。
最初にトイレから出てきた被害者は母親?
……壊れた鍵。
……被ってなかった白い帽子。
繋げれば、恐ろしい結論に到達する。
「俺、裏口あるの、知らんかったやん。ここは、殺人現場や無いと思い込んでた」
道路に面した店の入り口から、遺体は運び出せない。
「トイレの鍵が壊れてたん、怪しいヤンか。セイ、鍵の壊れ方見たんやろ? どないして壊れたと思う?」
「えーと。……ドアに体当たりしたら、ああなるかな」
「俺な、トイレの中で殺されたかもしれんと、閃いたんや。あの旦那が怪しいと」
被害者が個室に入っているときに
ドアに体当たりして侵入
被害者は逃げ場が無い。
恐怖で叫ぶ。手近な帽子で口を塞ぎ、殺害。
その後遺体を裏口から車に運ぶ。ジャケットを脱がせて。
次に母親がジャケットを着て店から出て裏口に回る。
家族3人で何食わぬ顔で店を出た……。
「これ、可能やんか」
それから?
「被害者の直近の投稿を見たんかな。ほんで、あの橋やと早合点。有名な『イノシシ男事件』は知っていたかも知れん。……憶測やけどな」
タバコを踏み消して立ち上がる。
「あ、でもカオル」
動機は?
被害者はどんな理由で殺されたの?
全く、想像付かないんだけど。
「それやな。……全然思いつかん。しやから、憶測や。なにはともあれ聴取やな」
薫はビール缶の入ったレジ袋を
黙って聖に渡し、ヘルメットを被った。




