殺害動機
「鬼の所業じゃないですか」
「そうや。鬼や。……モモタロウも鬼やと言うた。あの男な、河原でウロウロしとってん。モモタロウが最初に見つけてな、『オニがおる』と。大きな声で言うたんや」
矢馬は愉快そうに回想。
「情けない鬼やったで。モモタロウ見て、悲鳴上げよった。甲高い声でな」
長井は死んでいるはずのタクトを見た。
あまりのショックで
完全に気が触れたのか?
「それから、長井はどうしたんですか?」
「腰抜かしてな。犬に吠えられて、泣きながら土手を這って逃げて行った」
「土手を……農道に車を停めてたんですかね」
「そうや。農道から車がえらいスピードで滑り降りてきた」
「あの……オフロードの車じゃ無いですよね?」
「そうやし、チェーンも巻いてなかったで」
「スノータイヤだとしても……無茶ですよね。雪が積もった河原に降りちゃうなんて」
「モモタロウをひき殺そうとしたんや。ワシらは逃げかえった。それだけや。あとのコトはしらんで」
矢馬達は大型のパジェロで楽々と雪の山道を帰って行ったのだ。
河原に残った長井はどうしただろう?
携帯電話は繋がりにくい。
車は絶対農道に上がれない。
一番近い民家は喰刀庵と矢馬のログハウス。
どちらも徒歩だと3時間以上。
長井は雪路を歩いて行く気力も
目的地も、無くしたのだろう。
「あの男が焼け死んだからな、遅かれ早かれ警察が来ると思ってた。……困ったもんやと。正直に全て話したところで、信じてくれんやろと」
「……まあ、そうでしょうね」
「剥製屋の兄ちゃんから、うまいコト言うてくれへんか? モモタロウが泣かんでええように、考えたって。ワシは刑務所に入るコトになってもええねん。あ、しやけど、あの男はホンマに殺してないで。自分で火、付けよったんやで」
矢馬は
長井殺しを疑われる立場だと、理解しているのだ。
「分かってます。自分は『人殺し』は見れば分かりますから」
聖は口を滑らせてしまった。
「貴方は人殺しでは無い。レオ君も、勿論人殺では無い。断言できます」
「……レオは人殺では無い」
矢馬は復唱する。
……聖を見つめながら。
「昨日一緒に来た刑事に話します。アイツは大丈夫です。きっと、何とか出来ますよ。今後の事は直接矢馬さんに伝えて貰います。携帯電話の番号を教えて貰えますか?」
聖は腰を上げた。
聞いた話を忘れぬうちに、薫に電話しようと。
矢馬は(分厚い和紙の)名刺を呉れた。
「あの、レオ君と話さなくていいですか?」
別れ際に聞いた。
「ああ、ええよ。ワシが話しとく。兄ちゃんが、レオは人殺しや無いと、きっぱり言うたと、伝えとく。ソレ聞いたら安心するやろ。霊感剥製士はホンマモンやと分かるからな」
「?」
「兄ちゃんに全て任せといたら、悪いようにはせえへんと、納得するやろ」
「……はい」
(レオは人殺しでは無い)
言い切った自分を信頼してくれたと、分かった。
矢馬は、孫が誰も殺してないと、知っている。
おそらく
レオが犯してもいない傷害致死の罪を背負った事情も、
聞いているに違いない。
ログハウスから少々離れた場所で車を停め薫に電話した。
「終わったんやな」
報告を待ち構えていたようだ。
聖は矢馬が語ったままを伝えた。
薫は驚かなかった。
聞き返すこともなく、時折メモを取りながら聞いていた。
「黒い瓜坊は、ややこしいから省いた方がええな。ほんで『知り合いの獣医』は『通りすがりの医師らしき観光客』に置き換えるで。『死体が生き返った』は仮死状態に、しとこうか」
添削作業かのようにサクサクと事務的。
怪奇現象を<わかりやすい事実>に再構築しているのだ。
「吉野の猟師が川で仮死状態の長井タクトを発見。負傷の状態、医師らしき男の見立てから両親に殺害を試みられたと判断し、保護した。その後献身的に看護。長井が焼死したと知り通報に至った。こんでスッキリするやんか」
「ホントだ。メッチャすっきりした話になった。……あとは、矢馬さんと直接、打ち合わせて」
「了解。セイ、おおきに(ありがとう)。こんで(これで)長井の妻は、タクト殺人未遂の参考人や。拘束できる。あっちの事件も、解決やな」
あっちの事件とは
<遺体発見現場巡り>の女が、殺された事件だ。
薫は長井夫婦の関与を確信していた。
しかし長井は焼死。
証拠となる<靴>も<車>も焼滅。
妻は被害者との接触を全否定した。
偽証であっても嘘を暴く材料は無かった。
妻を尋問できれば、
観念して、あっちの事件も自白すると?
証拠が無い状況は変わってないのに?
「謎やった『殺害動機』が出現したからな」
長井はなぜ、行きずりの女を殺したのか。
理由が現れ出たと薫は言う。
一体どんな理由なのか?
「もしやアレかと、閃いてはいたんや……違ってて欲しかったけど、やっぱりアレ、やったな」
「アレって?」
「長井は酒屋に入って来た白豹女を……、見てたかったんやな。トイレにおるの、知らんかったんや」
意味不明。
「何はともあれ、モモタロウは俺が守る。あんなちっこいのに殺人未遂の被害者や。しかも被疑者は親。レアなケースやからな。今後の保護も本人のメンタル重視の慎重な対応になる。現在が好環境であるなら、無理に引き離したりせえへん」
早急に矢馬と話す必要があると、
電話を切った。




