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剥製屋事件簿<山わらわ>  作者: 仙堂ルリコ


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11/13

桃色の鞄

「ワシが、この兄さんに話する。レオはモモタロウと2階に行っとき」

 

矢馬は犬を撫でながら言った。

 茶色い大きな年老いた犬。

 昨日は部屋の隅に居たのが、今は薪ストーブに近い場所で寝ている。

 様態が悪化しているのかもしれない。

 

 モモタロウは白いセーターと緑のオーバーオール。

 ゲーム機をかかえたままレオに抱かれ

 (部屋の奥にある)黄色いドアの向こうへ去った。

 

「わるいけど飲ませてや。素面しらふでは語れん。アンタは『あやかし』の専門家らしいけど……」

 にごり酒を素焼きの器に注ぎ……座った。

 聖は(座卓を挟んで)斜向かいに。


「モモタロウを拾たんは4月の初め、朝から大雨の日やった」

 話ながら携帯電話を操作する。


「農道を真っ黒な瓜坊(猪の子)が走ってた。それを追うてな、川の下へ行ったんや」

 そして携帯電話を見せる。

 農道から下を流れる川を撮った画像、だった。

 雨で木々も河原も川も不鮮明。

 ……これが何か?

 暫く見つめると、岩の間にピンク色の物体があると分かる。

 矢馬は拡大する。

 ピンク色の物体は鞄〔リュックサック〕で、

 鞄の下に何かが沈んでいると分かった。


「子供が川に流されたのは知ってた……ここまで流れてたんか、可哀想にとな、何はともあれ、ちっこい仏さんを、冷たい川から抱き上げた」

 へ?

 仏さん?

 今、そう言った?

 聖の疑問を予測していたのか

 矢馬は別の画像を見せる。


 河原に横たわるモモタロウの、

 ……遺体だった。

 作業服の上着で包まれている。

 鑞のように白い顔。打撲の紫の痣がある。

 青いTシャツは所々破損。

 剥き出しの下半身。

(川の流れが剥ぎ取ったのだ)

 右足は膝から異様な角度で曲がっている。

 

 聖は、まず有り得ない、と思った。

 遺体に見えている、だけで生きているのだと……。

 仮死状態と判断可能な材料を捜そうと

 細部まで拡大し、観察した。


 結果、やっぱり遺体だった。


「こ、この時点では、あの子は……生きていなかったんですね」

 (なんで死んだ子が生き返ったの?)

 当然の問いは口に出さなかった。


(どういうコト、やったんか、オッサンが教えて欲しい)

 レオの言葉を思い出したから。

 何で生き返ったかは矢馬にも分からないのだ。


「雨がキツなってな、車に乗せてから通報しようと、レオが抱いて後ろの座席に寝かせた」

「でも、通報してませんよね?」

 何があった?

 

「レオについて瓜坊が車に乗り込みよったんや。追いかけてた、真っ黒のが。ほんで犬も後ろに乗せとったから、えらい事になったんや」

 車は、おそらく(駐車にある)古い型のパジェロ。

 猟犬は後部座席に突撃した?

 遺体を寝かせているのに?

 

「瓜坊はどないしても捕まらん。犬が吠えて大暴れしよる、しゃーないから犬を外へ出した。犬は勝手に家に帰るからな。静かになったんで電話掛けようたしたらな、モモタロウが笑いましてん」

「笑った……そこで生き返ったんですか?」

「息はしていない。心臓も動いてない。目は閉じている……しやのに、うふふと笑い声が聞こえる。ワシは腰抜かした。レオはキーキー叫んでました」

「それは驚いたでしょう……自分は生首に話しかけられた事があります。きっと夢だと、その時は思いましたよ」

「ほう、生首、か。……そんなことも世の中には本当にあるんやな」

 矢馬は少しホッとしたような顔をする。


「霊現象、でしょうかね……けどあの子は今、どう見ても幽霊じゃ無いですよね。で? 怪奇現象に驚いて警察に通報するのを躊躇したんですか」

「笑ったあとにな、今度は喋ったんや。寒い、って言うたんや。お腹が空いた、って言うたんや……可哀想でな。連れて帰った」

 暖かい家につれて帰ろう。

 温かいスープを飲ませてやろう。

 通報は、その後で考えようと。


 薪ストーブで部屋を暖め、スープを作った。

 閉じた唇がスプーンに触れると、僅かに開いた。

「一晩介抱した。ほんでな朝になったら起き上がったんや」

「……生き返ったんですね」


「それがや、息はしてるんやけどな、心臓は動いてなかってん」

「へ?……まさかそんな」

 ホントの話だと信じているけど

 やはり信じがたい。


「レオと何回も確かめたで。ミヤタ先生呼んでな、ちゃんと聴診器当てて確かめて貰った」


「ミ、ミヤタ先生? 往診して貰ったんですか?」

 聖は身を乗り出す。

 心停止なのに、生体として機能してる。

 ゾンビ状態。

 医者はどう見たてたのか?


「獣医やけどな。あの先生は『半分あやかし』みたいなもんやからな」

「獣医さん、ですか」

フクロウみたいな、あの爺さんかも。

不思議な臭いとオーラは<半分あやかし>だから?


 ……で?


 ミヤタはこう言った。

「人里に戻したらアカンで。山におったら、だんだん元気になると思う。そのうちに心臓も動き出すやろ。『黒いお方』はな、だんだん弱っていくやろな」

 と。


「黒いお方?」

 もしや真っ黒な瓜坊?

「そうや。付いてここまで入って来てたんや。ミヤタ先生はモモタロウの潰れた足を切り取ってな、……なんでかしらんけど、瓜坊に喰わせた」

「えーっ……(何ソレ)」

 切断した足を瓜坊に……。 

 なんかの呪術?

 ミヤタは何者?

 

 黒いイノシシはその後、

 室内飼いペットとなった。

 モモタロウに懐いていたという。

 ミヤタの見立て通り

 モモタロウの回復と反比例に弱っていき

 最後は呼吸困難。

 苦しみから救うために撃った。


「成る程、警察に届けなかった事情は、何となくわかりました」

 完全に元気になる前に山から出せば、

 死体に戻ってしまうと恐れたのだ。 

 

「まあ、そうやな。可愛らしいからな、このままずっと、おったらええと思てしもうた。親に殺された子やからな。親には戻せんやろ」

「え?……今なんて?」

 親に殺された、と?


「桃色の鞄にな、氷が入ってたんや。おかしいやろ? 傷んでた足はな、人間の手で折られたようやと、ミヤタ先生は言うてた。片足折って、鞄に氷詰めて、橋から落としよったんやで」


 想像もしなかった惨い事実。

 長井は、

 我が子も<殺して>いたのか。

 



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