レオが泣いている
薫が、予定変更して、一刻も早く奈良 N署に行きたいと言う。
一番近い吉野駅まで送っていった。
その夜
モモタロウは、長井タクトかも知れないと、
真っ先にマユに話した。
すると
「モモタロウって誰?」
怪訝な顔。
「モモタロウだよ、喰刀庵で会った可愛い子だよ。……話さなかった?」
「ええ。聞いてないわよ」
「あれ?……てっきり話したと。ああ、そうだ薫に話したんだ」
「勘違いね」
マユに最初の出会いから聞いて貰う。
話の途中で薫から電話がきた。
「セイ、あとで画像送るから見て。タクトの2才児の不鮮明な写真を、4才設定で加工してもらった。それとタクトの妹の顔や」
電話は切れ、すぐに画像が送られてきた。
どっちもモモタロウにそっくり。
調べる必要も無さそうだ。
再び薫から電話。
「セイ。あの子やで。タクトに間違い無いで。……川で溺れてるのを助けたんやろか?」
矢馬のログハウスは、タクトが転落した川の下流方向だ。
狩猟エリアで遭遇しても不思議じゃない。
「うん。……でも、なんで」
そぐに救急車を呼ばなかった?
警察に届けもせずに、(うちの子)にしちゃったの?
モモタロウと名前まで付けて。
「可愛らしい子やったな。手放すのが嫌やったんかな。なんで片足を切断してるんかな。病院で切断した筈やねんけど。偽名使って診察受けたんやろか。聞いてみな分からんな」
「可愛がってるのは間違い無いんだけど。ダメだよね。子犬拾ったんじゃ無いんだから」
「それとな、レオの傷害致死事件も調べたで。死因の診断にミスがあったんかなと」
矢馬レオの名前で、簡単に分かった。
事件の現場は大阪ミナミ。
商業ビルの地下にあるゲームセンターだ。
レオを含む中学生男子3人が騒いでいた。
被害者の男性(30才派遣社員)が注意したのがコトの発端。
(おまえら、うるさいんや、でていけ、はよでていけ、どつかれたいんか)
(オッサンがでていけや、このよっぱらい。くさいわ、ああ、くさ)
居合わせた女性スタッフは、男性店長を呼びに行った。
店長は床に仰向けに倒れている男性と、側でうずくまるレオを見た。
男性は意識が無かった。
直ぐに119番。
レオは救急隊員に(自分が殴りました)と言った。
被害者は搬入先のICUで死亡。
死因は外傷性脳内出血。
「被害者に脳の持病も高血圧もない。死に至る発作が起こるリスクは低い。眉間を殴打されて死んだのは間違い無い」
「じゃあ、殴ったのが、レオじゃなかったんだよ」
「一緒におった奴やな。レオはトモダチの罪をかぶったんかな……そんなアホなこと、なんでしたんか、これも分からん」
ぷつりと薫は黙る。
長すぎる沈黙。
「カオル、あの人達、捕まっちゃうの? 幼児拉致とかで」
既にパトカーが向かっているのだろうか。
「まだ、報告上げてない。事情を確かめてからでも、ええと思って」
「確かめるって……もう一度会いに行くの?」
「通報を怠った理由、足を切断に至った事情、この2点を、セイに聞いてきて欲しいねん」
「へ?……俺が聞いてくるの? 俺1人で?」
「その方が話しやすいと思う。シチューのお礼にケーキでも買うて。友好的な訪問や」
軽い口調。
だが、頼んでいるのではない。
抗えない……決定事項のようだ。
「ケーキ、か……了解」
早いほうが良いとも薫は言う。
付け足しのように
「なあ、モモタロウの話、セイから最初に聞いたんは、酒屋から電話架けた時、やんな」
と。
「うん。そうだよ」
ソレがどうしたと、問うた時には電話は切れていた。
「本当にモモタロウ君が、長井タクト君だったのね……死んではいなかったのね?」
マユの声が大きい。
「そういうこと、だね」
聖は判明した事実に、まだ実感が湧かない。
溺れ死んだ筈のタクトが、自分が偶然会ったモモタロウだった。
偶然が重なりすぎ。
にわかに信じがたい。
「長井は、喰刀庵にモモタロウが出入りしていると、何かで知って、自分の息子か確かめようとして、駐車場に潜んでいた……そういうコトなのかな」
「え?……駐車場に潜んでいたの?……一体、どうしてかしら」
マユはすっと立ち上がった。
「正確には長井らしい男、だけどね。挙動不審だよね。泥棒の下見と疑われていたよ」
マユは、黙って
ゆっくりと剥製棚の前まで歩く。
……推理が始まったのか?
「行方不明のタクト君を捜しに、何度か吉野を訪れていた……捜していたのは遺体、そうよね?」
「うん」
川に流され生きている筈は無い。
「死んだと思っていた子が奇跡的に生きているかも知れない……すぐにでも確かめたいんじゃないかしら?」
「そう、だよね。直接喰刀庵で聞けばいいのに。なんで、こそこそと。やっぱ長井は心が病んでいたんだよ」
聖は、異常な精神状態だったなら、行動の理由は本人にしかわかり得ないと思っていた。
通りすがりの殺人動機もわからないのと同じように。
「そうね。理解出来ないわね。心が病んでいたか、或いは……」
マユは、暫く考え込み、
「カオルさんに、電話でモモタロウ君の話をしたと、さっき、言ってたわね?」
と、聞く。
「うん。喰刀庵から戻ってイノシシを解体してるときだよ。楠本酒店から電話を架けてきたんだ」
「それって、事件があった、あの日ね?」
「うん」
「もしかしたら……」
「もしかしたら、何?」
推理が閃いたなら教えて欲しい。
「何でも無いわ。今はただの憶測」
意味深な笑みを浮かべ
「明日ね、猟師さんの話を聞いてからね、そしたらハッキリするわ」
と、言う。
「明日?……あ、そうか。急ぐんだ。俺は明日、吉野に行くんだ」
「そうよ。ぐずぐずしていたら、年が明けてしまうわよ」
「そ、だね」
翌朝は雪がちらほら。
風に舞っている。
吉野の山は吹雪いているかも知れない。
ならば、猟師は外に出ない。
日暮れ前でも家に居るかも。
聖は昼食後、G駅前でショートケーキ(全種1個ずつ)を買い、
吉野に向かった。
午後3時に到着。
最初に炭焼き小屋の方から犬が吠え、
ログハウスからレオが出てきた。
出てきて、閉じたドアにもたれ掛かかったきり、動かない。
こっちを見ているようだ。
表情はわからない。
降り続ける雪が視界を邪魔している。
聖はレオのところまで走って行った。
大きなケーキの箱を掲げ持ち、
膝まで雪に浸かりながら。
やっと顔が見えるまで近づいた。
「突然来ちゃって、すみません、あの……」
用意した言葉の先が、頭から消えてしまう。
……レオは泣いていた。
聖を見上げる大きな目が潤んでいる。
今にも溢れそうな涙を堪えるように
瞬きせず、震える顎を上げている。
レオは頭を、何かを振り払うように左右に振り
「パトカーは、あとで来るん?」
と、消え入りそうな声で聞く。
(パトカー?)
聖は、レオは覚悟していたのだと分かった。
刑事が家に来て
モモタロウを見られてしまった。
その次にどうなるか、予想していたに違いない。
「パトカーは、……今日は来ません。今日は剥製屋1人で来ました。モモタロウ君、行方不明の長井タクト君、ですよね?……どういうコトなのか、聞きに来たんです」
ストレートに訪問理由を告げた。
レオは(ふっ)と安堵したように息を吐いた。
後ろ手でドアを開ける。
聖を内に招き入れながら、こう言った。
「どういうコトやったんか、オッサンが教えて欲しい。全部、話するから。嘘ちゃうから。絶対、作り話と違うねん。オッサンやったら信じてくれるかも。オッサンは『霊感剥製士』なんやろ?」




