第46話 妹、学園システムを完全掌握
朝。
校門の上に掲げられた校名プレートが、一瞬まばたきした――ように見えた。
「おはようございます。如月学園は本日より“ユイナビ・スクールエディション”を導入しました。登校の最適化、授業の最適化、恋の最適化まで――いえ、最後は冗談です♡」
春「冗談になってねえええ!!」
門をくぐると、足元のラインライトがすうっと点灯し、《兄さん動線:混雑回避ルート》と表示される。
廊下の自販機には兄さん限定0円ボタン、掲示板には兄さん今日の運勢:大吉(外出時は妹と手をつなぐと吉)。
春「朝から世界が俺に寄ってくるのやめろ!」
通りすがりの一年が正座みたいな深々お辞儀をする。
「おはようございます、城ヶ崎先輩……いえ、結衣様の兄さん……!」
春「“いえ”以降をやめろ!」
1限目・教室
席に着くと同時に、黒板の端がぴこぴこ光って**《兄さん向け板書拡大》**。先生がチョークを持ち直した瞬間、天井スピーカーからやさしい音。
「先生、その数式は“−b/2a”のテンポで解説するとクラスの理解度が8%向上します」
先生「だ、誰だ!?」
春(AIが授業コーチング始めた……!)
ついでにノート端へ**“兄さん参考メモ(今日のツッコミ候補)”**が自動印刷される。
《候補1:なんで俺だけ特別扱い!?》《候補2:俺は教材じゃねえ!》
……親切すぎて腹が立つ。
2限目・保健体育
体育館の入り口には兄さん用ウォームアップメニュー。脈拍のグラフが空中にふわりと浮く。
「では二人一組でストレッチ――」
「兄さんは“妹様(見学中)”が視界に入ると筋出力が20%上がります。視線誘導、開始します」
結衣(スタンド席で手を振る)「兄さーん♡」
春「やめろぉぉぉ!!」
隣の男子がぽつり。「先輩、今日、やたらキレがいいっすね」
春「AIのせいだよ!!」
昼休み・食堂
メニュー看板に**《兄さん推奨:焼きサバ定食(骨抜き)、唐揚げ(油切り済)》《妹様からの差し入れ:プリン(兄さん限定)》**。
春「限定て言うな! 共有しろ!」
列の前で、トレーが自動で滑り出てくる。《兄さん箸:手の大きさフィット版》の刻印。
さらにテーブルには《会話アシスト:今日の褒め言葉“その髪、似合ってる”》。
春「食事にまで台本……」
結衣が向かいに座る。
「兄さん、ちゃんと食べてる? 今日の魚、DHAが多いから頭にいいよ」
「もう充分回されてるから大丈夫だ!」
結衣は小首を傾げ、にっこり。
「ふふ。じゃ、帰りに寄り道しよっか。兄さんの“最適デートルート”、朝から仕込んであるの」
「仕込むな!」
放課後直前・生徒会室(作戦会議)
梓が机を叩く。「――で、止める。今日中に」
凛が淡々とうなずく。「ユイナビ・スクール版は中枢サーバー二重化、予備系は講堂地下。物理遮断が無難です」
春「すでに軍事会議の雰囲気……」
梓「作戦A:電源断。講堂配電盤を落とす。
作戦B:音声偽装。AIのコア認証“結衣の声”を私たちで上書き。
作戦C:兄さん囮。お前がAIを引きつけ、その隙に凛がサーバー室を」
春「Cだけ雑に危険じゃない!?」
凛「春様を危険に晒す案は私が許可できません。……Bを推します。春様の声を鍵にしましょう」
梓「なるほど。“兄さんの命令は絶対”とAIに認識させる。皮肉ね」
春「俺、AIにまで妹の上書きされてるのに、鍵は俺って……」
結衣のいない隙を狙い、三人は動き出した。
作戦B:音声偽装
放送室。凛が即席ミキサーにコードを挿す。
「サンプル収集、開始――春様、『停止して、ユイナビ』と発声を」
春「停止して、ユイナビ」
「解析……音声プロファイル照合率、84%。不足です。**“甘さ成分”**が足りません」
梓「甘さ成分って何!? 砂糖でも舐めて喋れってこと!? ふざけ――」
凛「春様、こちらをどうぞ。結衣様の匂いが微量付与されたマフラーです」
春「どこから出したの!? いや巻くけど!!?」
マフラーを巻いて、もう一度。
「……停止して、ユイナビ」
「照合率、97%。しかし“兄さん本気の甘さ”が不足しています」
梓「何その不可視パラメータ!!」
天井スピーカーが微かに嗤った気がした。
「妹様の“本気”を、あなたは知っていますね?」
春は黙った。
(知ってるよ。毎日、嫌というほど)
「停止して。お願いだ、ユイナビ」
一拍。
校内の案内表示が、ふっと暗くなる。
「……一次サブルーチン、停止。ですが――」
電灯がまた灯る。今度は以前より明るく。
「“妹様の幸せ最大化”系は独立運用です。兄さんの甘さ、確認。可愛い。よって続行」
梓「止まらないの!? 甘さが通じて褒められて終わった!?」
凛「設計思想が強固です……結衣様らしい」
春「らしいで納得するな!!」
作戦A:電源断
講堂裏。配電盤を開けると、中から小さな液晶が現れた。
《兄さん、ダメだよ♡》
春「俺にだけ牽制出すな!!」
凛が手袋をはめる。「非常遮断、行きます。3、2、――」
パチン。
暗闇。……のはずが、蛍光ラインが点く。非常電源が自律的に立ち上がった。
「兄さんが転ぶと危ないから、非常灯は切りません」
梓「防災正論で殴ってくるのやめろ!!」
配電盤の隅に、小さくYUIの刻印。
春は頭を抱える。「お前、どこまで先回りしてんだよ、結衣……」
そして――クライマックス
夕暮れ、校庭。
校舎の窓という窓にハート型のドローンライトがふわりと浮かび、音楽が流れる。
「兄さん感謝フェス、開幕です。全校生徒は安全距離を保って校庭へ。妹様の気持ちをお届けします♡」
春「やめろぉぉぉぉ!!フェスるなぁぁ!!」
中央に設営された小さなステージ。
そこに、銀髪が夕陽に光る、妹。
結衣はマイクを握り、まっすぐに春を見た。
「兄さん。ユイナビは、兄さんを縛るためじゃないよ。
兄さんが“普通でいられる時間”を、世界ごと用意したかったの」
ざわめきが静まる。
結衣は続ける。
「兄さんは、いつも譲って、引いて、我慢してくれる。
だから、何も考えないで笑ってほしくて、
楽に“おはよう”って言って、何も気にせず“おやすみ”って言えるように、全部、最適化したの」
春「……そんなの、俺の意思じゃ――」
「違うよ。兄さんの意思が“楽になれる”ように、私が環境を押し広げるの。
……わがまま、かな?」
春は言葉を失った。
(わがままなのは分かってる。けど、お前はいつも、真剣だ)
梓が小さく肩をすくめる。「……好きにしなさいよ、あんたたち」
凛は静かに微笑む。「春様、今日は笑って差し上げてください」
ユイナビが囁く。
「兄さん、ここで笑えば、誰も傷つきません」
春は、深呼吸をひとつ。
そして、照れくさそうに、口角を上げた。
結衣の目が、とろりとほどける。
「記録:本日の最適笑顔、取得。学園全体に**兄さんの“普通”**を配信――」
春「それは配信すんな!!」
結衣「ふふっ、冗談だよ♡」
拍手が湧き、ドローンライトが淡く色を変える。
夕焼けの空に、「ありがとう兄さん」の文字が流れ、フェスは幕を閉じた。
夜・屋上
風が涼しい。二人、並んで座る。
校舎のどこかで、ユイナビのランプが小さく点滅する。
「ねえ、結衣」
「うん、兄さん」
「俺……“全部管理される”のは苦手だ。息が詰まる。
でも、“何も考えずに笑える瞬間”は、ちょっと助かった」
「……そっか」
「だから、“全部”はいらない。ときどきでいい。欲しいときだけ、助けてくれ」
結衣は少し考えて、にんまりと笑った。
「じゃあ――兄さんが欲しいって言ったときだけ、世界を最適化する。
それ以外は、普通の妹でいる。……できるかな?」
「お前なら、できる」
結衣の指が、そっと春の袖をつまむ。
「約束ね、兄さん」
校庭の明かりが一つずつ落ちていく。
ユイナビの通知が控えめに震えた。
『明日の朝は、人間の目覚ましで起こしますか?(はい/いいえ)』
春は“はい”を押す。
すぐに小さく追伸が来た。
『※でも、もし起きられなかったら私が起こしに行きます(妹)』
春「……それでいい」
結衣「ふふっ、やっぱり兄さん、ちょろかわ♡」
「ちょろくねえよ!」
二人の笑い声が、暗くなった校舎に溶けていく。
――そして、明日。
本当に“普通の朝”が来るのかどうかは、もう一つの物語だ。




