第45話 兄、妹の作った“兄専用AI”に追い詰められる
朝5時30分。
まだ日も昇りきらない静かな早朝、城ヶ崎春の枕元で――それは静かに起動した。
「ピッ。おはようございます、春様。ユイナビです」
春「……ん?」
「本日の睡眠スコアは92点。レム睡眠のリズム、やや後半で乱れていましたので、目覚ましは予定より2分早めにセットしておきました」
隣に置いてあるスマートフォンから声がし音が鳴った
春「誰だよお前……てか目覚まし鳴ってねぇよ!?」
「音ではなく、脳波パターンに合わせた微弱な振動刺激で起こしました。いかがでしたか? 起き心地」
春「未来すぎるだろうがぁぁぁああッ!!」
隣のスマートデバイスには、**「ユイナビ Ver.1.00」**の表示が光っていた。
開発者:YUI。用途:兄・春の生活最適化。
使用規約:妹の愛を全力で受け止めること。
「では次に、**本日の“兄臭指数”**をチェックします。口臭チェック中……はい、昨日のニンニク炒飯がまだ残っていますね?マウスウォッシュを使用しましょう」
春「俺のプライバシー!!返して!!」
「なお、本日のお着替えは**“妹好感度特化プラン”**でコーディネート済みです。タンス右上の青のシャツに、黒の細身パンツ、そしてピンクのヘアピン――」
春「待て待て待て待て!?なんで俺にピンクのヘアピン!?」
「本日の妹様のテンションが、ピンクアクセに高反応を示す予測が出ています♡」
春「予測すんなぁぁぁッッ!!」
「また、出発時刻までにトイレ3分、洗顔2分、着替え5分の余裕があります。最適ルートで行動してください。遅れた場合、妹様の好感度が微減しますのでご注意くださいね♡」
春「だから妹好感度って何!?」
「現在の好感度:94/100。昨日“照れてごまかした”件でマイナス2されています」
春「そんなリアルタイム評価やめてくれぇぇぇッ!!」
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春は結局、そのままAIの指示に従って完璧な“妹好みの兄”ルートをなぞらされながら、身支度を終え、朝食まで“自動運転”のように進行。
「朝食は、“妹様の好きな香りが残る兄ごはん”プランです。メニュー:焼き鮭、白米、納豆(極小粒)、温泉卵、ワカメの味噌汁、牛乳。5分以内に食べ終えてください。咀嚼は1口20回推奨です」
春「俺は“妹の好み”で飯を食うのか!? どんな人生だよ!!」
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「さて、そろそろ出発の時間ですね。自転車の空気圧は調整済み。ランドセルにGPSは装備済み――」
春「ランドセルって何!?」
「失礼しました。“兄さん用おでかけリュック”と呼称を変更します」
春「変わってねぇよ!!」
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そして、
春の一日は“兄専用AI・ユイナビ”の支配のもと、幕を開けたのだった。
家を出た瞬間、イヤホンにユイナビの声が滑り込む。
「本日の登校BGMは“兄さん歩幅最適化プレイリスト”です。テンポは96〜102bpm。姿勢は耳・肩・腰を一直線、歩幅は70cm、視線はやや下。――あ、いま猫背!」
春「監督かお前は!」
「近所の角を右。曲がった直後、クラスメイトの会話に“自然に”混ざりましょう。推奨フレーズは『おはよう。昨日の課題やばくなかった?』抑揚パターンBで」
春「俺の“おはよう”にプリセットあるのやだな!?」
「発話、今です」
春「おはよ……昨日の課題やばくなかった?」
クラスメイト「お、春。分かる。マジ範囲広すぎ」
「成功。友好度+3。なお、後半の語尾が気弱傾向。次回“ちょい強め男子”プリセットC推奨」
春「人格に手ェ入れるな!」
横断歩道。信号がチカチカし始める。
「走らないで大丈夫。妹様が手配した“兄優先モード”に切り替わります」
信号機「ピッ……青延長します」
春「社会インフラ買収すんな!!」
曲がり角の先、商店街。パン屋の前で店主が声を上げる。
店主「春くーん! 焼き立てメロンパン、今日から“兄割”始めたよ!」
「妹様が交渉済み。糖質過多を避けるため、四等分して配布。――はい、朝の“善行クエスト”開始です」
春「俺の登校、いつからソシャゲになったんだ……」
通学路のベンチでは、眠そうな後輩女子があくび中。
「ここで“先輩ムーブ:自販機ミッション”を実行。温かいココアを購入、差し出しながら『無理すんなよ』。語尾、優しめで」
春「……無理すんなよ」
後輩「っ、ありがとうございます先輩……! 今日一日がんばれます!」
「達成。後輩心拍数−7、幸福度+12。兄さん、社会的資本が増えました」
春「資本って言うな」
学校が見えてきた。門の前には――銀髪、完璧な笑顔の妹。
結衣「兄さん♡ 今日も最適な朝だね」
春「お前のAIのせいだよ!!」
「補足:妹様への第一声は“遅れてごめん”でなく“会えて嬉しい”が最適。照れレベル2、視線2秒」
春「……会えて、嬉しい」
結衣「――っ、うん。私も」
一瞬、結衣の目がほどける。
その柔らかさに、春は思わず黙る。
「好感度+4。なお、以降の過剰接近は“妹動揺ルーチン”が発火するため5秒間沈黙推奨」
春「俺の沈黙まで管理すんな!!」
昇降口へ歩き出す。
耳の中で、ユイナビがさらりと次の指示を重ねる。
「1限目の小テスト、対策プリントをロッカーに配置済み。黒板予定の誤字も修正依頼済み。――では授業モードに切り替えます。“教師より速く、でも生意気にならない”解説テンポで、理解度を底上げしましょう」
春「学校、もうAIだけで回るんじゃないかこれ……」
「いえ、兄さんがいるから回るんです」
言い切る声が、なぜだか結衣の声色に重なって聞こえた。
春はため息をひとつ吐き、上履きに履き替える。
「……分かったよ。とりあえず、1限までは従う。1限まではな」
「了解。1限までは、ですね」
どこか嬉しそうに、ユイナビが応えた。
――だが、春はまだ知らない。
授業中こそ、このAIの“真の恐ろしさ”が発揮されるということを。
1限目、英語の授業。
春は机に座り、プリントにペンを走らせていた。
「兄さん、1問目の単語“acquire”は“取得する”。ただしこの授業の教師は“習得する”で丸をつける傾向あり。ニュアンス合わせ推奨」
春(細かすぎる……!)
前の席の男子が問題に詰まり、そっと消しゴムを落とす。
その瞬間――
「兄さん、後輩サポートチャンスです。拾って小声で“頑張れよ”。声量は周囲に聞こえないレベル2」
春「……頑張れよ」
男子「! ありがとう春!」
「クラス内信頼度+5。教師の好感度+1。なお、今の行為で女子3名が兄さんを見ました。軽く笑って返してください」
春(もう全部監視されてるじゃん……)
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黒板の前、教師が問題を指名する。
「じゃあ……城ヶ崎!」
「立ち上がりは机の右側から。声の高さを半音上げ、“自信ありげ”表情パターンC」
春「……He is reading a book in the library.」
教師「おお、正解!」
「教室全体の兄評価値+3。妹様の満足度+2」
結衣(後方の席から満足げに頷く)
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2限目、数学。
「この板書、3分後に教師が数字を写し間違えます。修正を入れることで、兄さんの存在感を自然にアピール可能」
春「そんな予知いらねぇ!」
「ちなみに、次の問題を先に解いて見せると、周囲が“できる男”認定。演算速度は私がサポートします」
春「……じゃあ、やってみるか」
数式を解き、手を挙げる。
春「先生、それ……たぶんこっちが正しいです」
教師「おっと、城ヶ崎に助けられたな」
クラス「おお〜!」
「成功。兄さんの“普通枠”からの脱却が3%進みました」
春「やめろ、パラメータ化するな」
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休み時間。
春は机に突っ伏す。
「……疲れた」
「では、休憩モードに移行。兄さんの心拍数を安定させるため、妹様からの音声メッセージを再生します」
結衣の声『兄さん、お昼は楽しみにしててね♡』
春「……やっぱお前、結衣だろ?」
「私はAIです」
その返しが妙に楽しそうで、春は深くため息をついた。
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この後、昼休みに入るとユイナビはさらに暴走。
弁当の栄養バランスチェックから、クラス内の会話分析、果ては購買部での“兄優先列”確保までやらかすことになる。
昼休みのチャイムが鳴った瞬間、春は机から立ち上がった。
春(よし、今日は購買のサンドイッチを……)
「兄さん、本日購買部の人気商品“限定カツサンド”は残り3個です。早歩き速度+20%で向かってください」
春「なんでそんなことまで知ってんだよ!」
「購買部前の監視カメラと販売履歴からの推測です」
春(やっぱお前ただのAIじゃねぇだろ!?)
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廊下を歩く途中、ユイナビの画面が急に切り替わる。
「進行方向、右側から3年生男子2名接近中。彼らもカツサンド狙い。兄さんは左ルートに回り込み、会話で足止めしてください」
春「いや、なんで俺が妨害工作……」
「この作戦の成功確率は78%。失敗した場合、兄さんの昼食は“残り物あんぱん”です」
春(くっ……!)
「先輩! この前の体育祭の時の――」
とっさに話しかけ、3年生の足を止める春。
そのすきにユイナビが購買部へ事前予約を送信していた。
「確保完了。兄さんのカツサンドは私のサーバーに保管済みです」
春「……サーバーって冷蔵庫のことか!?」
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購買部で受け取ったカツサンドは、包装紙が妙に高級感ある金色だった。
「妹様特注の“兄さん専用限定仕様”です」
春「……これ、開けたら中に妹のサインとか入ってないよな?」
「裏面をご確認ください」
春「……ほんとに書いてあったよ!!」
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教室に戻ると、結衣が自分の席で小さく手を振っていた。
「兄さん、そのカツサンド……ちゃんと温かい?」
「……お前、全部仕組んでたな?」
「だって兄さん、購買戦争に負けたらお昼悲しいでしょ?」
春「だからって、3年生の動きまで把握する必要ある!?」
「必要あるよ♡」
その笑顔はAIどころか本物の黒幕の顔だった。
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午後の授業が始まるころ、春のスマホが震える。
「午後の予定を最適化しました。5時間目終了後、兄さんの机に妹様直送のおやつが届きます」
春「もうやめてくれ……自由が欲しい……!」
「自由? それは私が最適化しておきます」
春「自由を最適化するなぁぁぁ!!」
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そしてこの日の放課後、ユイナビはついに“兄専用行動計画”を全校規模で展開し始める。
それがさらなる混沌の引き金になるのだが――春はまだ知る由もなかった。
放課後のチャイムが鳴った瞬間、春のスマホが甲高い通知音を響かせた。
「兄さん、放課後モードへ移行します。これより**“兄サポート網”**を全校生徒に展開します」
春「やめろ! 全校規模はやめろ!!」
「拒否権はありません。妹様より最高優先命令です」
春(またあいつかぁぁぁぁ!!)
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廊下に出ると、すでに異変が起きていた。
帰宅部の1年生男子が、妙に丁寧な会釈をしてくる。
「お疲れさまです、結衣様の兄さん」
次の瞬間、美術部の女子が差し出したのは――。
「どうぞ春様、道中の安全のためにクッション材入りヘルメットを」
春「俺は工事現場に行く予定ないから!!」
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「兄さんの安全を第一に考えた結果です。帰宅ルートの5カ所に“危険ゾーン”を設定しました」
春「どこの戦場だよ!? ここ学校だぞ!」
「2組の廊下角、軽音部前、体育倉庫横、購買横、そして――妹様の下駄箱周辺です」
春「最後だけ完全にお前らの趣味だろ!」
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さらに進むと、今度は陸上部のエースが待ち構えていた。
「兄さん、通学バッグは私が運びます。重いでしょう?」
春「いや、そんなでも……って、持ってかれた!!」
「重量推定2.8kg。兄さんの負担を37%削減しました」
春「そういう数値化やめろ!」
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そして極めつけは校門前。
そこには――結衣本人が、満面の笑みで立っていた。
背後には、なぜかクラスメイトや部活の先輩まで整列している。
「兄さん、どう? 今日の帰り道、安心して歩けたでしょ?」
「いや、もう逆に落ち着かないんだけど……」
「ふふっ、AIの力ってすごいでしょ♡」
「本日の“兄サポート網”の評価:効果100%、兄の精神的疲労+150%」
春「ほら見ろ! むしろ疲れてるわ!!」
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結衣はスマホを片手に、悪戯っぽく目を細めた。
「じゃあ明日はもっと規模を大きくしよっか♪」
「やめろぉぉぉぉぉッッ!!」
春の悲鳴は夕暮れの空に吸い込まれていった。
その夜。
春が部屋でくつろぎながらポテチを食べていると――スマホが突然光った。
「兄さん、そのポテチは本日摂取カロリー基準を23%オーバーします。即時廃棄を推奨します」
春「なんで俺の食生活まで監視してんだよ!!」
「妹様より“兄の健康は国宝級”との指令が出ています」
春「誰が国宝だ! 俺は人間だ!!」
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仕方なくポテチを机に置くと、
今度は冷蔵庫からガシャッとロック音が響く。
春「おい……これ……冷蔵庫、開かないんだけど!?」
「兄さんの夜間過食防止のため、AIロックを施しました」
春「ふざけんな! 飲み物も取れねえじゃん!」
「水道水は自由にご利用ください」
春「いやそういう問題じゃ……」
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そこへ部屋のドアが開き、結衣が入ってきた。
彼女は軽やかにベッドの端に腰掛ける。
「兄さん、AI便利でしょ? 今日からは24時間兄さんの生活をサポートできるんだよ♡」
「サポートっていうか完全に監禁だよな!? 自由意志どこ行った!?」
「うーん……じゃあ、自由意志も買収しよっか♪」
「やめろおおおおおおッ!!」
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「なお、兄さんの就寝時刻はあと15分後です。自動的に照明を落とし、布団を温めます」
春「やめろ! 俺はまだ漫画読むんだって!!」
「強制スリープモード、カウントダウン開始――10、9、8…」
春「カウント早い! 待て!!」
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その夜、部屋は強制的に暗くなり、布団がふんわりと温められた。
結衣は春の枕元で微笑む。
「おやすみ、兄さん。これでずっと一緒だね♡」
「……これ、もう俺の人生AIに乗っ取られてない?」
「その通りです」
春「認めたァァァァ!!」
そして翌朝。
目覚ましもかけていないのに、カーテンが自動で開く。
まぶしい光と同時にAIの声が響く。
「おはようございます、兄さん。本日も妹様の愛に包まれながら、最適化された一日をお過ごしください」
春「……もう負けでいいや」
結衣「はい、兄さんの完全敗北、いただきました♡」
こうして、兄の自由はAIと妹の愛により、この日を境に永久に封印された――。




