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Chapter20 SevenJewels

挿絵(By みてみん)


 七つの光が、空に浮かんでいた。


 赤。


 青。


 緑。


 碧空。


 紫。


 金。


 そして、黒。


 七人のNexus(ネクサス)。


 七つの宝玉。


 三つの世界を支えるために選ばれた、七人の存在。


 崩壊は止まっていた。


 けれど、空を走る亀裂は消えていない。


 大地の向こうでは、失われた山々の輪郭が、不自然なまま静止していた。


 世界は救われたのではない。


 ただ、終わりを待っているだけだった。


「……ようやく、揃ったか」


 ノアが呟いた。


 紫色の瞳が、七人のNexus(ネクサス)を順番に見つめる。


 アッシュ。


 ルナ。


 ティア。


 ミナ。


 シエナ。


 エレナ。


 そして、ルティス。


「さて」


 ノアは、ゆっくりと歩き出した。


「ここからが、本当の問題だ」


 ルティスは、ノアを見つめた。


「……どういうこと?」


「見れば分かるだろう」


 ノアは空を指さした。


 七つの光から、細い筋が伸び始めていた。


 それらは大地へ向かい、やがて巨大な柱の輪郭を形作っていく。


「世界は、七つの柱を求めている」


「……うん」


「そして、お前たちはその柱になる」


 ミナが小さく息を呑んだ。


 カイルは、彼女の前へ一歩出た。


「そんなこと、分かってる」


 ルティスが言った。


「だから、別の方法を探してるの」


「見つかったのか?」


「……まだ」


「神は何と言った?」


「七つの柱がなければ、三つの世界は崩壊するって」


「それで?」


 ルティスは顔を上げた。


「……それが世界の理だって」


 ノアは、小さく笑った。


「なるほど。ずいぶん都合のいい答えだな」


「ノア……?」


「お前たちは、ここまで何をしてきた?」


 ノアは七人を見渡した。


「与えられた運命に従ってきたのか?」


 誰も答えなかった。


「違うだろう」


 ノアの声が、静かに響いた。


「自分たちの意志で道を選んできたはずだ」


 ルティスの瞳が揺れる。


「それなのに、最後の最後で神の言葉に従うのか?」


 ノアは空を見上げた。


「世界の理がそう決めたから、仕方がない?」


 そして、再びルティスを見る。


「……くだらないな」


「……ノア」


「理が間違っているなら、変えればいい」


 風が止まった。


 ノアの銀色の髪が、静かに肩へ落ちる。


「お前たちの意志と力で、その理を変えてみせろ」


 ルティスは、息を呑んだ。


 世界の理を、変える。


 それは、これまで考えてこなかったことだった。


 神が示した方法の中から、別の道を探していた。


 けれど、ノアは違う。


 方法そのものを変えようとしている。


「……そんなこと、できるの?」


 エレナが尋ねた。


「できるかどうかを決めるのも、神か?」


 ノアは答えた。


「俺は、そうは思わない」


 ルナが、一歩前へ出た。


「……ノア」


 ノアが振り向く。


「何だ」


「あなたは……私たちを助けようとしてるの?」


 ノアは、しばらくルナを見つめていた。


「……お前はどうしたい?」


「え?」


「柱になりたいのか?」


 ルナは、小さく首を振った。


「……なりたくない」


 水へと変わり始めた指先を見つめる。


「せっかく、また会えたのに……」


 その言葉に、ノアの表情がわずかに変わった。


「……そうだな」


 そして、静かに言った。


「俺も、こんな結末を認めるつもりはない」


 ルナは顔を上げた。


 ノアは、再び七つの光を見つめた。


「……だから、変える」



「……お前、何を知ってる?」


 カイルが問いかけた。


 ノアは懐から、七宝玉のペンダントを取り出した。


「俺は、この仕組みを調べていた」


「仕組み?」


「ああ」


 ノアはペンダントを指先で回した。


「七つの宝玉。七人のNexus(ネクサス)。そして、七体の守護者」


 ルティスが顔を上げる。


「……ヴァルグ」


 ルティスが呟く。


 ノアは頷いた。


「Nexus(ネクサス)は意識を捧げ、柱となる。守護者は宝玉を守り続ける」


 ノアは七つの光を見上げた。


「だが、なぜその役割を分ける必要がある?」


「……どういうこと?」


 ルティスが尋ねる。


「 宝玉を独立した核として身体に定着させ、柱を支える役割を守護者と分担する」


「身体に……?」


「ああ」


 ノアはルティスの右腕を見た。


「お前たちはすでに、宝玉の力と結びついている。ならば、その力を身体の一部として定着させることもできるはずだ」


 エレナが眉を寄せた。


「でも、それでは人間の意識が柱に取り込まれるのでは?」


「そこが問題だ」


 ノアは答えた。


「だからこそ、守護者の力が必要になる」


 そのとき。


 黒い光が、静かに揺れた。


 ルティスの足元に影が広がる。


 それは彼女自身が操る影ではなかった。


 闇の奥から、低い声が響く。


「興味深いことを考える」


 ルティスが顔を上げる。


「……その声」


 黒い光が、ゆっくりと形を変えていく。


 巨大な影。


 その奥に、見覚えのある姿が現れた。


「……ヴァルグ?」


 Umbra(アンブラ)の守護者。


 かつてルティスが出会った存在だった。


「理に逆らうと言うのか?」


 ヴァルグは、ノアへ視線を向けた。


 ノアは小さく笑った。


「運命や,定めに黙って従うほど素直じゃない」


「……これが人間か」


 ヴァルグは静かに答えた。


「だが、理の仕組みを変える可能性はある」


「……教えて」


 ルティスが一歩前へ出る。


「私たちは、どうすればいいの?」


 ヴァルグは七つの光を見上げた。


「本来、我ら守護者は宝玉を守るために存在する」


「そして、ネクサスは意識と生命を柱へ捧げ、世界を支える」


 低い声が、空間に響く。


「だが、宝玉が人の身体に宿り、我らが柱の力を分かち合うならば、その役割は変わる」


 ルナが顔を上げた。


「……じゃあ、私たちは?」


「人として生きられる可能性がある」


 ミナが、小さく息を呑んだ。


「……本当に?」


「だが、永遠ではない」


 ヴァルグは静かに続けた。


「お前たちの意識は、お前たち自身のものだ。命もまた、人として限りがある」


「……それでいい」


 エレナが答えた。


「私たちは、永遠に生きたいわけじゃないもの」


 ルティスも頷いた。


「……うん」


 ヴァルグは続けた。


「そして、お前たちが寿命を迎えれば、宝玉は再び守護者のもとへ戻り、次の守り手が見つかるまで、守護者が柱を維持する」


「なるほど。生きてるNexus(ネクサス)たちが、また次のNexus(ネクサス)の担い手を探す必要があるな」


 ノアが言う。


 そのとき。


「……待ってくれ」


 アッシュが口を開いた。


 全員が振り向く。


 炎へと変わり始めた右腕を、アッシュが持ち上げる。


「俺は、一度死んでいる」


 沈黙が流れた。


「今の俺がここにいるのは、Ignis(イグニス)の力のおかげだ」


 アッシュは、自分の腕を見下ろした。


「俺にも、人間としての寿命があるのか?」


 ノアは答えなかった。


 代わりに、ヴァルグが口を開いた。


「お前の命は、他の者とは異なる」


 アッシュが顔を上げる。


「お前は、すでに一度その生を終えている。現在の存在は、Ignis(イグニス)によって留められているものだ」


「……じゃあ、俺だけは」


「だが、新しい理が成立すれば、お前の存在を七つの力で結び直すことはできるかもしれぬ」


 ルティスが目を見開いた。


「……七つの力で?」


「そうだ」


 ヴァルグは七人を見渡した。


「七つの宝玉は、それぞれ異なる力を持つ。だが、七つが結ばれたとき、それらは一つの理となる」


 ノアが、静かに続けた。


「つまり、アッシュの命をIgnis(イグニス)だけに依存させない」


「その通り」


 ヴァルグが答えた。


「七つの力によって、その存在を世界につなぎ留める」


 アッシュは、しばらく黙っていた。


「……それで、俺はどうなる?」


 ノアが答えた。


「人間と同じように生きる。年を取り、いつか寿命を迎える」


「……本当に?」


「ただし」


 ノアはアッシュを見た。


「新しく結ばれた理が消滅すれば、お前の命を支えるものも失われる」


 アッシュは、しばらく考えていた。


 そして、小さく笑った。


「……なるほどな」


 炎の右腕を握りしめる。


「つまり、俺の命は七人で作る新しい世界に預けるってことか」


「そういうことだ」


 ヴァルグが答えた。


 アッシュは、ルティスを見た。


「……だったら、悪くない」


「アッシュ……」


「一度終わったはずの人生だ」


 アッシュは微笑んだ。


「もう一度続けられるなら、それで十分さ」



「……でも、一つだけ聞きたい」


 エレナが口を開いた。


「私たちが宝玉を身体に宿すなら、守護者たちはどうなるの?」


 ヴァルグは、静かに答えた。


「我らの役目も変わる」


 黒い影が、ゆっくりと揺れる。


「これまでは宝玉を守ること、Nexus(ネクサス)を導くことが、我らの使命だった」


「だが、宝玉が人の身体に宿るならば、我らはその者と共に柱を守ることになる」


「……一緒に?」


 ミナが尋ねる。


「そうだ」


 ヴァルグは、ルティスを見た。


「人間が宝玉を守り、守護者が柱の力を支える。互いに役目を分かち合うのだ」


 ノアが頷いた。


「どちらか一方が、全てを背負う必要はない」


 ルティスは、七つの光を見上げた。


「……それなら」


 エレナと目が合う。


 ミナ。


 ルナ。


 アッシュ。


 シエナ。


 ティア。


 みんなが、こちらを見ていた。


「……やってみたい」


 ルティスが言った。


 カイルが振り向く。


「ルティス?」


「みんなと一緒に、生きたいから」


 その言葉に、エレナが微笑んだ。


「……私も」


 ルナも頷く。


「私も、帰りたい場所がある」


 シエナが肩をすくめた。


「……失敗したら許さないからね」


 アッシュが笑った。


「そのときは、みんな一緒だな」


「縁起でもないこと言わないで!」


 シエナが睨む。


 ティアは、しばらく黙っていた。


 そして、小さく呟いた。


「……私も、もう少し人間を続けてみたい」


 ミナが顔を上げる。


「……私も!」


 その声には、確かな力があった。


 ノアは七人を見渡した。


「……話は決まったな」


 ヴァルグが、低く答える。


「ただし、これは容易なことではない」


 七つの光が、わずかに揺れた。


「七人のNexus(ネクサス)と七体の守護者。その全てが、新しい理を受け入れなければならぬ」


 ルティスは、ヴァルグを見つめた。


「……あなたは?」


 ヴァルグは、しばらく答えなかった。


 やがて。


「我も、受け入れよう」


 ルティスの瞳が揺れた。


「……ありがとう」


「礼はまだ早い」


 ヴァルグは空を見上げた。


「世界は、待ってくれぬぞ」



 最初に変化したのは、黒い光だった。


 ヴァルグの影が、ルティスの右腕へと伸びていく。


 その先に、小さな黒い球体が現れた。


 Umbra(アンブラ)の宝玉。


 球体の姿をしたUmbra(アンブラ)を見るのは、八年ぶりだった。


 ルティスは息を呑んだ。


「……Umbra(アンブラ)」


「これを、お前の身体に宿す」


 ヴァルグが告げた。


「我が柱の力を分かち、お前が宝玉を守る。互いに存在を預け合うのだ」


 ルティスは、自分の右手を差し出した。


 黒い宝玉が、ゆっくりと近づく。


 そして右手の甲へと、静かに沈み込んだ。


「……っ!」


 冷たい感覚が、腕を駆け上がる。


 けれど、痛みはなかった。


 黒い球体は、皮膚の下で淡く輝いていた。


 まるで、最初からそこにあったかのように。


「これより、お前はUmbra(アンブラ)の守り手となる」


 ヴァルグが告げる。


 ルティスは、自分の手を見つめた。


 そして、小さく頷いた。


「……うん」


 ヴァルグの影が、空へ伸びた。


 黒い光が、巨大な柱となって立ち上がる。


 だが。


 それは、ルティスの命を奪うものではなかった。


 彼女の身体には、確かに温もりが残っていた。



 赤い光が燃え上がる。


 アッシュが顔を上げた。


 炎の中から、巨大な獅子が姿を現す。


 Ignis(イグニス)の守護者。


 その姿は、燃え盛る炎そのものだった。


「……お前が、俺の力の元か」


 炎が、静かに揺れた。


「だったら、ちょうどいい」


 アッシュは燃える右腕を持ち上げた。


「俺一人で背負うには、少し重すぎるんだ」


 炎の中から、赤い宝玉が現れる。


 それは、アッシュの右腕へとゆっくり沈み込んだ。


 瞬間。


 炎が大きく燃え上がる。


「……っ!」


 アッシュは歯を食いしばった。


 その腕を包んでいた炎が、ゆっくりと形を変えていく。


 指。


 手のひら。


 腕。


 失われかけていた人間の姿が、少しずつ戻っていった。


 やがて、炎は消えた。


 アッシュは、自分の右手を見つめた。


 そこには、赤い宝玉が宿っていた。


 そして確かに、脈が打っていた。


「……生きてる」


 小さく呟く。


「……俺、まだ生きてるんだな」


 赤い光が、空へ駆け上がった。



 青い光が広がる。


 ルナの周囲に、水が集まった。


 透き通った巨大な水蛇が、彼女の前に現れる。


 Aqua(アクア)の守護者。


 ルナは、少しだけ驚いた顔をした。


 けれど、すぐに微笑んだ。


「……私、帰りたいところがあるの」


 水が揺れる。


「だから、全部はあげられない」


 ルナは左手を差し出した。


「……半分こ、してくれる?」


 青い宝玉が、水の中から現れた。


 それは、ルナの左手首へ静かに沈み込む。


 透き通っていた右手の指先が、ゆっくりと人間の姿へ戻っていく。


「……あ」


 ルナは、自分の手を握った。


 温かい。


 確かに、自分の手だった。


 彼女は、ノアを見た。


 ノアは何も言わなかった。


 ただ、小さく頷いた。


 ルナも微笑んだ。


 青い光が、空へ伸びていった。



 緑の光が、大地へ広がった。


 ティアの足元から、巨大な樹木が生まれる。


 その幹の中に、Gaia(ガイア)の守護者が姿を現した。


 ティアは、静かに見上げた。


「……私は、大地になりたかった」


 樹木の葉が揺れる。


「人間なんて、もう嫌だった」


 彼女は、自分の片脚を見つめた。


 樹木と一体化した脚。


 そこから伸びる根は、すでに大地の奥深くへ続いていた。


「でも……」


 ティアは、周囲を見渡した。


 アッシュが笑っている。


 シエナが何か文句を言っている。


 ミナは、カイルの隣に立っている。


 そして、ルティスが自分を見つめていた。


 ティアは、小さく息を吐いた。


「……もう少し、人間を続けてみてもいいかな」


 木々が、優しく揺れた。


 緑の宝玉が、樹木の幹から現れる。


 それは、ティアの片脚へと沈み込んだ。


 次の瞬間。


 大地へ伸びていた根が、ゆっくりとほどけ始めた。


 片脚は、完全に元へ戻ったわけではない。


 木肌のような模様が残っている。


 けれどティアは、自分の意志で足を動かすことができた。


「……歩ける」


 小さく呟く。


 そして、一歩を踏み出した。


 緑の光が、空へ駆け上がった。



 紫の光が、空を裂いた。


 シエナの周囲に、雷が集まった。


 Volt(ボルト)の守護者。


 稲妻を纏った巨大な狼が、彼女の前に現れる。


「……悪いけど」


 シエナが腰に手を当てた。


「私、まだ死ぬ予定ないから」


 雷が弾ける。


「世界を支えたいなら、あんたも働きなさいよ!」


 紫の宝玉が、雷の中から現れた。


 それは、シエナの右腕へと沈み込む。


「……っ!」


 激しい電流が、腕を駆け抜けた。


 けれど、痛みなく、指先から溢れていた雷が、ゆっくりと収まっていく。


 シエナは、自分の手を握った。


「……ふう」


 そして、小さく笑った。


「……悪くないわね」


 紫の光が、空へ伸びていった。



 金の光が降り注いだ。


 エレナの周囲に、柔らかな光が広がる。


 Lumia(ルミア)の守護者。


 その姿は、光に包まれた鹿に見えた。


 エレナは、静かに微笑んだ。


「……八年間、ずっと探していた答えなの」


 光が揺れる。


「この世界を救うために、誰かを失わなければならないなんて……」


 エレナは首を振った。


「そんな未来を、私は選びたくない」


 そして、手を差し出した。


「一緒に、新しい方法で生きて行きましょう」


 金色の宝玉が、柔らかな光の中から現れる。


 それは、エレナの胸元へと静かに沈み込んだ。


 眩しい光が、彼女の身体を包む。


 肩から溢れていた光が、少しずつ収まっていく。


 エレナは、自分の胸に手を当てた。


 温かい。


 その温もりに、思わず涙が浮かんだ。


「……ありがとう」


 金色の光が、空へ駆け上がった。



 最後に碧空の光が、ミナの周囲を巡り始めた。


 風。


 Aeris(エアレス)。


 見えないはずの風が、彼女の前で一つの姿を形作っていく。


 ミナは、少しだけ怯えた表情を浮かべた。


 けれど、逃げなかった。


「……私、まだ怖いよ」


 風が揺れる。


「でも……」


 ミナは、カイルを振り向いた。


 カイルは何も言わなかった。


 ただ、彼女を見つめていた。


 その目には、確かな願いがあった。


 帰ってこい。


 ミナは微笑んだ。


「……約束したから」


 そして、風へ向かって手を伸ばした。


「私も、生きて帰りたい!」


 碧空の宝玉が、風の中から現れる。


 それは、ミナの鎖骨の下へと静かに沈み込んだ。


 次の瞬間。


 風が、彼女の身体を包み込んだ。


 赤い髪が舞い上がる。


 透き通りかけていた指先が、ゆっくりと元の形を取り戻していく。


 ミナは、そっと手を握った。


「……うん」


 そして、小さく笑った。


「……帰ろう」


 碧空の光が、空へ駆け上がった。



 七つの光が、一斉に輝いた。


 世界が震えた。


 空を覆っていた亀裂が、再び動き始める。


「……何!?」


 シエナが叫ぶ。


 七つの柱が、空へ向かって伸びていく。


挿絵(By みてみん)


 だが、その光は不安定だった。


 赤い炎が乱れ、青い水が弾ける。


 緑の大地が軋み、碧空の風が激しく吹き荒れた。


 紫の雷が空を裂き、金色の光が揺らぐ。


 そして、黒い影が、全てを包み込もうとしていた。


「……ルティス!」


 カイルが叫ぶ。


 けれど、近づけなかった。


 七つの光が、巨大な結界を作り出していたからだ。


「……駄目だ!」


 カイルが剣を振るう。


 しかし、結界はびくともしなかった。


「ミナ!」


 返事はない。


 七人の姿が、少しずつ薄れていく。


 まるで、世界の一部へ溶け込んでいくかのようだった。


「……ノア!」


 カイルが振り向く。


「どうなってるんだ!」


 ノアは、七つの光を見つめていた。


「……まだ、世界の理が抵抗している」


「抵抗!?」


「ああ」


 ノアは静かに答えた。


「世界は、決められた方法でしか存在できないと思っている」


 その言葉と同時に、空へ柱が登っていく。


 三つの世界の距離が開いて行く。


 TERRA(テラ)。


 ASTRA(アストラ)。


 そして、INTERIS(インテリス)。


 柱が三つの世界を支えようとしてる。


「……このままじゃ、あいつら柱になっちまう!」


 カイルが叫ぶ。


 ノアは、ゆっくりと目を閉じた。


「……抗う」


 そして、目を開く。


「Nexus(ネクサス)、守護者だけでなく、この世界に生きる者として!」


 ノアの足元から、巨大な影が広がった。


 それはルティスの影とは違う。


 世界の境界そのものへ触れようとする、深い闇。


「……ノア?」


 ルナが、光の中から呼びかけた。


 ノアは一瞬だけ彼女を見た。


「……必ず成功させる」


「……待って!」


 ルナが叫ぶ。


「何をするつもりなの!?」


 ノアは、小さく笑った。


「……決まってるだろ」


 そして、七つの光へ向かって歩き出す。


「世界を、作り直す」



 ノアの影が、七つの柱へ伸びていく。


 その瞬間。


 空が、割れた。


 巨大な手が現れた。


 ASTRA(アストラ)の神。


 神域でルティスたちの前に姿を現した、あの存在だった。


 ――何をする。


 声が響いた。


 ノアは顔を上げた。


「見て分からないか?」


 ――それは、世界の理に反する。


「だから何だ」


 ノアは、静かに答えた。


「お前が作った理だろう?」


 巨大な手が、わずかに動いた。


「だったら、変えられない道理はない」


 長い沈黙が流れた。


 やがて、神が答える。


 ――世界を支える力は、失われてはならぬ。


「失わせるつもりはない」


 ノアは七つの光を指さした。


「七人のNexus(ネクサス)と、七体の守護者」


 影が、七つの光をつないでいく。


「人間と守護者が力を分かち合う」


 ノアは続けた。


「どちらか一方が、全てを失う必要はない」


 七つの光が、激しく揺れた。


「互いに役目を分け合い、新しい柱を作る」


 ヴァルグの声が響いた。


「すでに、我らは選んだ」


 黒い影が、ゆっくりと広がる。


「七人のNexus(ネクサス)と、七体の守護者。その全てが、新しい理を受け入れている」


 巨大な手が、静かに止まった。


 ――理は、容易には変わらぬ。


「変えられないものなんてない」


 ノアが答えた。


 ――抗えば、三つの世界は崩壊する。


 ノアは、紫色の瞳で神を見上げた。


「だが、何もしなければ七人が失われる」


 そして。


「俺は、そんな世界を創りたいとは思わない」


 長い沈黙。


 やがて。


 ――……ならば。


 巨大な手が、七つの光へ向かって伸びた。


 ――示してみよ。


 ノアは、小さく笑った。


「……言われなくても」



 七つの光が、空へ駆け上がった。


 赤い炎が、世界を照らす。


 青い水が、大地を巡る。


 緑の樹木が、崩れた場所をつなぐ。


 碧空の風が、空を満たす。


 紫の雷が、境界を走る。


 金の光が、失われた輪郭を取り戻す。


 そして黒い影が、それら全てを結びつけた。


 七つの力。


 七人の意志。


 七体の守護者。


 その全てが、一つの巨大な円を描いた。


「……今だ!」


 ノアが叫ぶ。


 七人のネクサスが、同時に目を開いた。


 アッシュが炎へ手を伸ばす。


 ルナが水を抱き寄せる。


 ティアが大地へ触れる。


 ミナが風を受け止める。


 シエナが雷を掴む。


 エレナが光を掲げる。


 そして、ルティスが影を広げた。


「……お願い」


 ルティスが呟く。


「誰からも、何も奪わないで」


 その声に、七つの光が応えた。


 ノアの影が、巨大な円の中心へ流れ込む。


 七つの力が、ひとつにつながった。


 瞬間。


 世界が、白く染まった。



 音がなかった。


 光もなかった。


 時間さえ、止まっているようだった。


 ルティスは、何もない空間に立っていた。


 目の前には、巨大な手。


 ASTRA(アストラ)の神。


「……ここは?」


 ――世界の境界。


 神が答えた。


 ルティスは周囲を見渡した。


 七つの光が、静かに浮かんでいる。


 その中には、仲間たちの姿があった。


 アッシュ。


 ルナ。


 ティア。


 ミナ。


 シエナ。


 エレナ。


 みんな、生きている。


「……成功したの?」


 ルティスが尋ねた。


 神は、しばらく答えなかった。


 やがて。


 ――世界の理は、書き換えられた。


 ルティスは息を呑んだ。


「……じゃあ!」


 ――七つの柱は、存在する。


 七つの光が、ゆっくりと輝いた。


 ――だが、それを支えるものは、かつてとは異なる。


 ルティスは、自分の手を見た。


 黒く変わっていた右腕。


 その模様は、薄くなっていた。


 完全に消えたわけではない。


 けれど確かに、人間の手だった。


 その手の甲には、小さな黒い宝玉が宿っている。


「……よかった」


 ルティスの目に涙が浮かぶ。


「……本当に、よかった」


 そのとき神が、静かに言った。


 ――ルティス。


 ルティスが顔を上げる。


「……え?」


 巨大な手が、わずかに動いた。


 ――人の意思、願い、想い。


 ルティスは、神を見つめた。


 ――理を超える力。


 かつて。


 ルティスは、七宝玉のペンダントを託された。


 その意味を、ずっと考えていた。


「……あなたは」


 ルティスが呟く。


「最初から、こうなることを望んでいたの?」


 神は答えなかった。


 ただ、巨大な手がゆっくりと遠ざかっていく。


 ――もう、存在する必要はない。


「……待って!」


 ルティスが手を伸ばす。


 けれど巨大な手は、白い光の中へ消えていった。



 ルティスが目を開いたとき、空は青かった。


 亀裂はない。


 失われていた山々が、遠くに見える。


 大地には、緑が戻り始めていた。


「……ルティス!」


 声がした。


 振り向くと、カイルが駆け寄ってくる。


「……カイル」


「大丈夫か!?」


 ルティスは、自分の手を見た。


 黒い模様が、かすかに残っている。


 けれど、指は動いた。


 感覚もある。


「……うん」


 小さく頷く。


「大丈夫」


 その向こうでは、ミナが座り込んでいた。


 カイルが彼女を振り向く。


「……ミナ!」


 ミナは顔を上げた。


「……カイル」


 そして、少しだけ笑った。


「……帰れるね」


 カイルは、何も言わなかった。


 ただ、ミナの前に膝をつき、その肩を抱き寄せた。


「……ああ」


 小さく答える。


「帰ろう」


 ルナは、自分の指先を見つめていた。


 水へと変わっていた指は、元の形を取り戻している。


 ただ、左手首には青い宝玉が宿っていた。


 アッシュの右腕には、赤い宝玉。


 シエナの左手には、紫の宝玉。


 ティアの片脚には、緑の宝玉。


 エレナの胸元には、金色の宝玉。


 そして、ミナの鎖骨の下には、碧空の宝玉が輝いていた。


 七つの力は、失われていなかった。


 けれど、七人は、確かに人として生きていた。


「……エレナ」


 ルティスが振り向く。


 エレナは、少し離れた場所に立っていた。


 その目には、涙が浮かんでいた。


「……帰れるのね」


 ルティスは頷いた。


「……うん」


 ゆっくりと近づく。


「今度こそ、一緒に」


 エレナは微笑んだ。


「……ルティス。ありがとう」


 二人は、そっと手を握り合った。



 世界の境界には、新しい道が生まれていた。


 それは、かつてのように世界を傷つける裂け目ではなかった。


 三つの世界をつなぐ、静かな光の通路。


 けれどその光は、不安定だった。


「……長くは持たないわ」


 エレナが言った。


「早く戻りましょう」


 カイルが頷く。


「よし。全員、行くぞ」


 ポップが先頭へ駆け出した。


「おいおい! 置いてくなよ!」


「お前が先に行ってどうする!」


 カイルが叫ぶ。


 ミナが笑った。


 久しぶりの笑い声だった。


 アッシュとシエナも、光の通路へ歩き出す。


 ティアは一度だけ、ASTRA(アストラ)の大地を振り返った。


「……また来られるかな」


「来られるさ」


 アッシュが答えた。


「きっとな」


 ティアは、小さく頷いた。


 ルティスは、最後に振り向いた。


「……ノア?」


 そこに、ノアの姿がなかった。


「……あれ?」


 ルナが周囲を見渡す。


「ノア……?」


 返事はない。


 ルティスの胸に、不安が広がった。


 そのとき遠くの空で、黒い光が瞬いた。


 世界の境界。


 七つの力が交わった中心。


 そこに、銀色の髪が見えた。


「……ノア!」


 ルティスが叫ぶ。


 ノアは、こちらを見ていた。


 その足元から、影が広がっている。


 光の通路を支えるように。


「……何してるの!?」


 ルティスが叫んだ。


 ノアは、静かに答えた。


「……まだ、終わってない」


 その声は、遠かった。


「境界が閉じようとしている」


 ノアの影が、光の通路を包み込む。


「……誰かが、最後まで支えなければならない」


「だったら、私が――!」


「駄目だ」


 ノアが遮った。


「お前には、帰る場所があるだろう」


 ルティスは息を呑んだ。


「……ノア!」


 ルナが駆け出した。


「待って! 私も――!」


 だが、ノアの影が通路を閉じ始めた。


「……来るな!」


 その声は、これまで聞いたことがないほど強かった。


 ルナの足が止まる。


 ノアは、静かに彼女を見つめた。


「……ルナ」


「……ノア」


 長い沈黙。


 やがて。


「……月」


 ノアが呟いた。


 ルナの瞳が揺れる。


「……約束、しただろ」


 ノアは、ほんの少しだけ笑った。


「……忘れるなよ」


「……嫌!」


 ルナが叫ぶ。


「そんな言い方、しないで!」


 涙が溢れる。


「一緒に見るって、約束したじゃない!」


 ノアは答えなかった。


 ただ、静かに目を閉じた。


 影が広がる。


 光の通路が、ゆっくりと閉じ始めた。


「ノア!!」


 ルナの叫びが響いた。


 その声が届いたのかどうか。


 誰にも分からなかった。


 最後に見えたのは、銀色の髪。


 そして崩れ落ちるように、膝をついたノアの姿だった。


 次の瞬間、境界は閉じた。



 TERRA(テラ)の空には、夕焼けが広がっていた。


 風が吹いている。


 草が揺れ、遠くで鳥の声が聞こえた。


 何もかもが、懐かしかった。


 ルティスは、静かに空を見上げた。


 帰ってきた。


 三つの世界は救われた。


 エレナも、ここにいる。


 ミナも。


 カイルも。


 みんな、生きている。


 けれど。


「……ノア」


 ルナが、小さく呟いた。


 誰も答えなかった。


 ルティスは、彼女の背中を見つめていた。


 ノアは最後まで、自分の意志で道を選んだ。


 世界の理に従わず。


 誰かの犠牲を認めず。


 そして、最後には自分自身が残ることを選んだ。


 それが、正しかったのかどうか。


 今は、分からない。


 ただ。


 ルティスは、もう一度空を見上げた。


 夕焼けの向こう。


 やがて、月が昇る。


 いつか、壁越しに交わされた約束を待つように。


 ルティスは、静かに目を閉じた。


 ――まだ、終わっていない。


 そう思った。


 誰かが帰ってこないままでは。


 この物語は、終われない。


 Chapter 20 ― Seven Jewels END

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