↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/22

Chapter18 神の答え

挿絵(By みてみん)


「でも――私は、まだ帰れない」


 エレナの言葉に、ルティスは息を呑んだ。


 八年。


 ずっと会いたかった人が、今、目の前にいる。


 三ヶ月前に封印されていたルティスの記憶が甦り、八年前の想いが溢れ出していた。


 そしてほんのひとときだけ、エレナに会うことが出来たが、またしてもASTRA(アストラ)へ残す結果となった。


 今回は目の前にいる。


 けれど、再会を喜ぶはずだったルティスの胸には、重いものが残っていた。


 アッシュ。


 シエナ。


 自分が宝玉を手渡した二人の姿が、脳裏から離れない。


「……どうして?」


 ルティスは、自分の問いの答えはすでに分かるような気がしていた。


 エレナは静かに目を伏せた。


「私も、あなたに謝らなければならないことがあるの」


「謝る……?」


「八年前、私はあなたに宝玉を託した。七つの宝玉が世界を救う鍵になると信じていたから」


 エレナは一度言葉を切った。


「でも、その力を受け継いだ人たちが、最後には柱となって世界を支えなければならないなんて、知らなかったの」


 ルティスは何も答えられなかった。


「あなたを巻き込んでしまった。ごめんなさい、ルティス」


 その言葉を聞いた瞬間、ルティスは思った。


 同じだ。


 エレナも、自分と同じだったのだと。


 救えると信じて託したものが、命を奪うかもしれない。


「……私も同じことをした」


 ルティスは震える声で言った。


「アッシュにも、シエナにも、私が宝玉を渡したの。あの二人がどうなるかも知らずに……」


 エレナは黙って聞いていた。


「私が渡さなければ、あの二人は……」


「ルティス」


 エレナがそっとその手を握った。


「私はね、諦めたくないの」


 ルティスが顔を上げる。


「帰れないと言ったのは、帰りたくないからじゃない。今のままでは帰れないという意味よ」


 エレナは真っ直ぐにルティスを見つめた。


「私は、あなたと一緒に帰りたい」


 長い沈黙が流れた。


 やがてルティスは、握られた手を握り返した。


挿絵(By みてみん)


「……だったら、確かめたいことがある」


「何を?」


「この世界を創った神に、直接聞きたい」


 ルティスの瞳に、かすかな光が戻っていた。


「本当に、誰かを犠牲にする以外に道はないのかって」


 エレナはしばらくルティスを見つめていた。


 そして、静かに頷いた。


「……分かったわ。案内する」


 そのとき、窓の外で低い地鳴りが響いた。


 二人が振り返る。


 遠くの空に、細い亀裂のような光が走っていた。


 世界の崩壊は、もう始まっていた。



「神に会う?」


 カイルが聞き返した。

 事情を聞いた彼は、腕を組んだままルティスを見つめていた。


「そう簡単に会える相手じゃないだろ?」


 ポップが言う。


「簡単じゃなくても行く」


 ルティスの答えに迷いはなかった。


 カイルは小さく息を吐いた。


「だろうな」


 隣にいたミナが、不安そうに窓の外を見た。


「でも……神様って、会いに行って会えるものなの?」


「会えるかどうか分からないわ」


 エレナが答える。


「ただ、神の力が最も強く現れる場所なら知っている」


「そこに行けば、話ができるかもしれないってこと?」


「ええ」


 エレナは卓上に置かれた紙を引き寄せ、そこに簡単な地形を描いていく。


 山々に囲まれた谷。


 その奥に、円を一つ。


「ここよ」


「何があるんだ?」


 カイルが尋ねた。


「神域と呼ばれている場所。正確には、神が存在する領域と、この世界が接する場所ね」


「神殿みたいなもの?」


「建物はないわ。少なくとも、私が知る限りでは」


 エレナは円の中心に指を置いた。


「ただ、そこに近づく者は、必ず何かに阻まれる」


「何かって?」


「分からない。私も奥まで入ったことはないの」


「ずいぶん危なっかしい話だな」


「危険でも行かなくちゃいけない」


 ルティスが言った。


「ここで待っていたって何も変わらない」


 その言葉に、カイルは肩をすくめた。


「別に反対してないさ。どうせ行くんだろ?」


「……うん」


「だったら、俺も行く」


「私も!」


 ミナがすぐに声を上げた。


 その勢いに、カイルが少し笑った。


「お前はもう少し考えてから返事しろよ」


「考えたもん!」


「今の一秒で?」


「十分でしょ!」


 久しぶりに聞く二人のやり取りだった。


 ルティスの口元が、わずかに緩む。


 けれど、すぐにミナの表情が変わった。


「……ねえ、ルティス」


「何?」


「神様に会って、本当に他の方法がないって言われたら……どうするの?」


 その問いに、誰も答えなかった。


 ルティス自身、同じ疑問を持っていたからだ。


「……そのとき考える」


「そっか」


 ミナは小さく頷いた。


 納得したわけではない。


 それでも、今はそれ以上聞かなかった。


「私も同行するわ」


 入口から声がした。


 振り返ると、そこにはルナが立っていた。


 銀青色の髪が、窓から差し込む光を受けて揺れている。


 エレナが彼女を見る。


「ルナ……」


「私にも関係のあることだから」


 ルナは静かに言った。


「私の水の力も、宝玉と関係があるのかもしれない。だったら、私も知りたい」


 その言葉に、ルティスは目を見開いた。


「……あなたも?」


「ええ」


 ルナは頷いた。


 エレナも、そっと口を開く。


「私の光も、Lumia(ルミア)に繋がっていると思う」


 ルティスはエレナを黙って見つめた。


 エレナは、その視線を受け止めた。


「でも、Lumia(ルミア)の宝玉を受け入れたことはないの。ルナも、Aqua(アクア)を持っているわけではないわ」


 二人とも、宝玉がなくても力を使っている。


 アッシュも、Ignis(イグニス)を受け入れる前から炎を使っていた。


 なら、まだ宝玉と結ばれていないだけで、二人も選ばれる可能性があるのだろうか。


 その可能性が、ルティスの胸に重く沈んだ。



 出発の前に、エレナは光の柱へ向き直った。


「ここを離れて、大丈夫なの?」


 ルティスが尋ねる。


「このままでは無理。でも、ずっと手をかざしている代わりに、魔法陣へ力を残すことはできるわ」


 エレナは床の古い紋様へ指先を触れた。


 幾重もの光が床を伝い、柱を囲む輪へと変わっていく。


 ルナが傍らに膝をつき、揺れる輪郭に薄い水の膜を重ねた。


 柱が大きく震えた。


 二人は手を離さず、その揺れが静まるまで待った。


「……これで、しばらくは保つ」


 エレナが息を整える。


「ずっとは無理なのね」


「ええ。今までこの方法を使ったのは、周囲を調べに出る間だけ。帰るために、ここを放っておくことはできなかった」


 光の輪には、すでに細い揺らぎが残っていた。


「だから、今のうちに答えを探しに行く」


 エレナはルティスを見た。


「一緒に」


 ルティスは頷いた。



 神域へ向かう道は、荒れていた。


 かつては緑に覆われていたという丘陵には、乾いた地面がむき出しになっている。


 木々の葉は色を失い、風が吹くたびに粉のように崩れ落ちた。


「……ひどいな」


 カイルが呟く。


 道の端には、小さな花が咲いていた。


 ミナがしゃがみ込み、その花に触れようとする。


 しかし、指先が届く前に、花びらは音もなく消えた。


「え……?」


 ミナは手を止めた。


 そこには何も残っていなかった。


「今の……」


「世界の崩壊が始まっているの」


 エレナが答えた。


「まだ小さな変化だけれど、いずれもっと大きなものになる」


「どうなるの?」


「大地が形を失い、空が裂ける。そして最後には、この世界を支えるものがなくなる」


 ミナは立ち上がった。


「……それを止めるために、柱が必要なんだね」


「ええ」


 エレナの声は静かだった。


 ルティスは、その横顔を見つめた。


 八年前のエレナなら、こんなとき何と言っただろう。


 大丈夫。


 きっと何とかなる。


 そう言って笑ってくれただろうか。


 けれど、今のエレナは、安易な慰めを口にしなかった。


 それだけの年月を、この世界で過ごしてきたのだ。


「エレナ」


「何?」


「八年間、ずっとここにいたの?」


「ええ。いろいろな場所を回ったけれどね」


「……寂しくなかった?」


 エレナは少し驚いたようにルティスを見た。


 そして、微笑む。


「寂しかったわ」


 あまりにも素直な答えだった。


「でも、ルナがいてくれたから」


 前を歩いていたルナが振り返る。


「何の話?」


「あなたがいてくれてよかったって話」


「……急に何よ」


 ルナは少し困ったような顔をして、再び前を向いた。


 その仕草に、エレナが笑う。


 ルティスは、その笑顔を見つめていた。


 知らない八年間。


 自分がいなかった時間。


 そこには、自分の知らないエレナの生活があった。


 私は何も知らず、学院生活を送っていただけ。


 けれど、それ以上に思った。


 帰ろう。


 今度こそ、一緒に。



 谷に入った頃、空の色が変わった。


 青でも灰色でもない、薄い銀色の光が空全体を覆っていた。


「……なんだ、ここは」


 カイルが足を止める。


 風がない。


 鳥の声も、虫の音もしない。


 ただ、静寂だけがあった。


「……気に入らねえ場所だな」


 ポップが琥珀色の瞳を細めた。


 首元の金色の鈴が揺れる。


 その音だけが、妙にはっきりと響いた。


「誰か、いるよ」


 ミナが小さく言った。


 前方の空間が、ゆらりと揺れる。


 次の瞬間。


 何もなかったはずの場所に、巨大な影が現れた。


 人の形をしている。


 だが、その輪郭は曖昧で、まるで世界そのものが人の形を真似しているかのようだった。


 その巨体は、周囲の岩山を見下ろすほどに大きい。


 顔はない。


 目もない。


 ただ、胸の中央に白い光が脈打っていた。


「……神域の番人」


 エレナが呟いた。


「知ってるの?」


 ルティスが尋ねる。


「姿を見るのは初めて。でも、神域に近づく者を退ける存在がいるとは聞いていたわ」


 巨人がゆっくりと腕を上げた。


 それだけで、大地が震えた。


「下がって!」


 エレナが叫ぶ。


 地面が波打ち、無数の岩の槍が突き出した。


「来るぞ!」


 カイルが剣を抜いた。


 ルティスは影を広げ、迫る岩の槍を受け止める。


 激しい衝撃。


「っ……!」


 影が軋んだ。


 重い。


 これまで戦ってきた魔物とは、明らかに違う。


「ルティス!」


 ミナが弓を引いた。


 矢が巨人の胸を貫く。


 しかし。


 穴が開いたはずの場所は、すぐに元へ戻った。


「……効いてない!?」


「だったら、近づいてみるか!」


 ポップが地面を蹴った。


 小さな体が宙を舞う。


 赤いスカーフを翻し、金属の爪を構えたポップが巨人の肩へ飛び乗った。


「こいつはどうだ!」


 鋭い爪が巨人の首筋を切り裂く。


 だが、裂け目はすぐに塞がった。


「……おいおい」


 巨人の腕が振り上がる。


「ポップ!」


 カイルが叫んだ。


「分かってる!」


 ポップはその場を軽快に跳び回り、振り下ろされた腕を紙一重でかわした。


 巨人の拳が地面に激突する。


 谷全体が揺れた。


 土煙が舞い上がる。


「これじゃ、きりがない!」


 ルナが両手を広げた。


 空気中の水分が集まり、幾筋もの水流となって巨人の腕へ絡みつく。


 水が締め上げる。


 だが、巨人はそれを力任せに引きちぎった。


「……強い!」


「みんな、下がって!」


 エレナが光の障壁を展開する。


 次の瞬間、巨人の両腕から放たれた衝撃が障壁に激突した。


 轟音。


 光の壁に亀裂が走る。


「……っ!」


 エレナが顔をしかめた。


「エレナ!」


「大丈夫……でも、長くは持たない!」


 巨人が再び腕を振り上げる。


 その拳が、障壁に迫った。


 逃げ場はない。


 ルティスは影を広げようとした。


 だが。


 その瞬間。


 ――轟ッ!


 巨大な炎が、空から降り注いだ。


 巨人の腕が炎に包まれる。


 爆発。


 振り上げられた拳が大きく逸れ、岩壁へと叩きつけられた。


「……え?」


 ミナが目を見開いた。


 燃え盛る炎の向こうから、声がした。


「まったく。ずいぶん派手にやってるじゃないか」


 ルティスは、その声を知っていた。


 ゆっくりと振り向く。


 谷の入口。


 そこに、銀髪の青年が立っていた。


「……ノア?」


 ノアは答えなかった。


 ただ、巨人を見上げていた。


 その後ろから、一人の青年が歩み出る。


 アッシュ。


 彼の右腕には、炎が揺らめいていた。


「間に合ったみたいだな」


 さらに、その隣。


 紫電を纏う少女が、軽く肩を回した。


「……ったく。こんなのがいるなんて聞いてないんだけど」


 シエナ。


 そして。


 最後に現れたのは、片脚が樹木と一体化した少女だった。


 ティア。


 彼女は周囲の枯れた木々を見回し、静かに眉をひそめた。


「……この土地、死にかけてる」


「ノア……」


 ルティスは呆然と立ち尽くした。


「どうして……?」


「わがままな連中でな。連れてくるのに苦労した」


 ノアが言った。


「まずは、あれをどうにかする」


 巨人がゆっくりと体勢を立て直した。


 燃えた腕は、すでに再生し始めている。


 ノアはそれを見て、小さく息を吐いた。


「……なるほど。神域の守護者か」


「知ってるの?」


 ルティスが尋ねる。


「いや。初めて見る」


 巨人をノアが観察する。


 そして、ノアは巨人の胸元を指さした。


「見ろ。あそこだけ、再生の仕方が違う」


 白い光。


 巨人の胸の奥で、何かが脈打っていた。


「……核?」


「似たような物だろう」


 ノアはルティスを見た。


「お前の影で捕まえられるか?」


「……やってみる」


「なら、俺たちが道を作る」


 ノアが振り向いた。


「アッシュ。雷の娘」


「分かった」


「シエナよ!」


「ティア。足を止めろ」


 ティアは少し不機嫌そうに顔を上げた。


「……命令しないで」


 そう言いながら、地面に手を触れる。


 乾ききった大地が震えた。


 巨人の足元から、太い樹木の根が突き出す。


 何本も。


 何十本も。


 それらは巨人の両脚に絡みつき、地面へ縫い止めた。


「……今」


 ティアが呟く。


「行くぞ!」


 アッシュが駆け出した。


 右腕の炎が激しく燃え上がる。


 巨人の胸へ向かって拳を突き出した。


 炎が一直線に走る。


 爆発。


 巨人の上半身が大きく仰け反った。


「シエナ!」


「分かってる!」


 シエナが片手を掲げた。


 紫色の雷が、空間を裂いた。


 轟音とともに、雷撃が巨人の胸を貫く。


 炎と雷。


 二つの力が重なり、巨人の再生が一瞬だけ止まった。


「……まだ足りない!」


 シエナが叫ぶ。


「だったら、俺たちも行くぞ!」


 カイルが剣を構えた。


 ポップがその隣に着地する。


「遅れるなよ、剣士!」


「そっちこそ!」


 二人が同時に駆け出した。


 カイルの剣が巨人の腕を弾く。


 その隙にポップが跳躍し、金属の爪を巨人の胸へ突き立てた。


「……硬ってえな!」


 それでも、ポップは爪を引き抜かなかった。


「カイル! もう一発だ!」


「任せろ!」


 カイルが剣を振り抜く。


 巨人の胸に、大きな裂け目が生まれた。


 だが。


 巨人が咆哮した。


 声のない咆哮。


 空間そのものが震え、樹木の根が次々と引きちぎられていく。


「……っ!」


 ティアが顔をしかめた。


 巨人の腕が振り下ろされる。


 その先には、アッシュとシエナ。


「危ない!」


 ミナが叫んだ。


 弓を引く。


 放たれた矢が、巨人の腕へ向かって飛んだ。


 その瞬間。


 風が吹いた。


 何もなかった空間に、突然生まれた風。


 矢はその風を纏い、凄まじい速度で巨人の腕を貫いた。


 腕が大きく逸れる。


「……え?」


 ミナは自分の手を見つめた。


 今の風は、自分が起こしたのだろうか。


「ミナ!」


 ルティスの声に、はっと顔を上げる。


「もう一度!」


「……うん!」


 ミナは再び弓を引いた。


 今度は、何も起きなかった。


 ただの矢。


 それでも、巨人の動きをわずかに妨げるには十分だった。


「ルナ!」


 エレナが叫んだ。


「分かってる!」


 ルナが両手を広げる。


 水流が巨人の腕に絡みつく。


 その周囲を、エレナの光が包み込んだ。


 水が光を反射し、無数の輝く帯となって巨人の体を縛り上げる。


 動きが止まった。


「ルティス!」


 ノアが叫ぶ。


「今だ!」


 ルティスは目を閉じた。


 自分の足元から、影が伸びていく。


 細く。


 深く。


 巨人の体内へ。


 冷たい。


 硬い。


 その奥に、白い光があった。


「……見つけた!」


 影が核を包み込む。


 だが、核は激しく震えた。


 逃れようとしている。


「……っ!」


 ルティスの腕に痛みが走る。


 影が引き裂かれそうになる。


「離すな!」


 ノアが叫んだ。


「分かってる!」


 ルティスは歯を食いしばった。


 そのとき。


 別の影が、ルティスの影へと重なった。


「……え?」


 ノアだった。


 彼の足元から伸びた影が、ルティスの影を支えていた。


「……一人で抱え込むな」


 ノアが静かに言った。


「お前の悪い癖だ」


 ルティスは、一瞬だけノアを見た。


 そして、小さく頷いた。


「……ありがとう」


「礼は後だ」


 ノアは巨人を見上げた。


「全員で叩き込めっ!」


 アッシュの炎が燃え上がる。


 シエナの雷が空を裂く。


 ティアの樹木が巨人を締め上げる。


 ルナの水流が、その動きを封じる。


 エレナの光が、核を照らし出す。


 カイルとポップが、左右から胸の裂け目を押し広げた。


 そして。


 ミナが、最後の矢を放った。


 矢は、白い光へ向かって飛んだ。


 風が吹く。


 ほんの一瞬。


 矢の周囲に、小さな風の渦が生まれた。


 そしてルティスとノアの影が矢の姿を隠す。


 矢は、まっすぐに核を貫いた。


 ――――。


 音が消えた。


 巨人の動きが止まる。


 胸の白い光に、細い亀裂が走った。


 一つ。


 二つ。


 そして。


 砕け散った。


 巨人の体が、ゆっくりと崩れていく。


 巨大な影は、光の粒となって空へ消えていった。


 風が戻った。


 誰も、すぐには動かなかった。


「……終わった?」


 ミナが呟いた。


「……ああ」


 カイルが剣を下ろした。


「今度こそ、な」


 ポップが大きく息を吐く。


「ったく……神様の家の門番ってのは、ずいぶん乱暴なんだな」


 その言葉に、アッシュが小さく笑った。


「……お前、面白いな」


「今さら気づいたか?」


 ポップが胸を張る。


 シエナが呆れたように肩をすくめた。


「……こんな奴を相手にするなんてね」


「戦うってこういう戦い方もあるんだ」


 ティアが呟く。


 そして、誰も口を開かなくなった。


 その沈黙は、一人の少女の声によって止まった。


「……ノア?」


 小さな声だった。


 けれど。


 ノアの体が、ぴたりと止まった。


 ルティスが振り向く。


 そこには、ルナが立っていた。


 彼女は、ノアを見つめていた。


 まるで、夢でも見ているかのように。


「……ノア、だよね?」


 ノアは答えなかった。


 銀色の髪。


 その声。


 記憶の奥に、ずっと残っていた声。


 壁の向こうから聞こえていた、少女の声。


 ――ねえ、名前ってあるの?


 ――ない。


 ――じゃあ、私がつけてあげる。


 ――……勝手にしろ。


 ――ノア。


 ――……ノア?


 ――うん。いい名前でしょ?


 ノアは、ゆっくりと振り向いた。


 目の前にいる少女。


 その姿は、記憶の中の幼い少女とは違っていた。


 けれど。


 間違えるはずがなかった。


「……ルナ?」


 ルナの瞳が、大きく揺れた。


「……覚えてて、くれたんだ」


 声が震えていた。


 ノアは何も言えなかった。


 長い間。


 もう二度と会えないと思っていた。


 あの日。


 実験室の向こうへ連れて行かれた少女。


 最後に聞いた声。


 そのすべてが、今、目の前にあった。


「……生きて、いたのか」


 ようやく、それだけを口にした。


 ルナは小さく頷いた。


「……うん」


 そして、少しだけ笑った。


「ずっと、会いたかった」


 ノアは目を伏せた。


 何かを言おうとして、言葉にならなかった。


 そんなノアを見て、ルナが少し困ったように笑う。


「……相変わらず、無口なんだね」


「……お前こそ」


 ノアが小さく答えた。


「……よく喋る」


 ルナは目を丸くした。


 そして。


 ふっと笑った。


「……そういうところも、変わってない」


 ノアは何も言わなかった。


 ただ、ゆっくりと手を伸ばした。


 触れれば消えてしまうのではないか。


 そんな恐れが、指先を止めた。


 けれどルナが、その手を取った。


 温かかった。


 確かに。


 そこにいた。


「……ノア」


 ルナが静かに言った。


「私、まだ覚えてるよ」


 ノアが顔を上げる。


「……あの約束」


 月。


 いつか、一緒に見ると約束した月。


 ノアは、ゆっくりと頷いた。


「……この世界では見られないぞ」


 ルナは微笑んだ。


 その目には、涙が浮かんでいた。


 ルティスは、二人を見つめていた。


 何があったのかは分からない。


 けれど。


 今は、何も聞く必要がない気がした。


 エレナが、そっとルティスの隣に立つ。


「……よかった」


 小さく呟く。


 ルティスも頷いた。


「……うん」


 そのときだった。


 ノアの懐で、青い光が瞬いた。


 ルナが握っている彼の手へ、小さな水滴が寄ってくる。


「……何?」


 ノアはルナの手を離し、宝玉の袋を取り出した。


 ルティスの表情が変わる。


 自分から奪っていった、あの袋だった。


「ノア。それ……」


「ああ」


 袋の口を開く。


 青い宝玉が、内側から光を放っていた。


 Aqua(アクア)。


 ルナが息を呑む。


 そのすぐ隣で、もう一つの光が灯った。


 金色。


 エレナの指先から零れる光と、同じ輝きだった。


「……Lumia(ルミア)」


 エレナが呟いた。


 ノアは二つの宝玉を取り出した。


 片方はルナへ。


 もう片方は、エレナへ。


 互いに呼び合うように、光が脈打っていた。


「主人を見つけたみたいだな」


 ルティスは宝玉と二人を見比べた。


 神殿で聞いた話。


 宝玉を持っていなくても使える、水と光の力。


 今、その力が目の前の球体に応えている。


「……まだ、受け入れてはいないのね」


「ああ。力の一部が先に目覚めていたんだろう」


 ノアが答えた。


「ティアも同じだった」


 少し離れていた少女が、自分の片脚を見下ろした。


「この足も、宝玉に触る前から変わっていたの」


 ルティスが彼女を見る。


「あなたが、Gaia(ガイア)の……?」


「ティア。ノアが森へ持ってきた宝玉を、私が受け取った」


 木肌へ変わった脚の上に、小さな芽が伸びていた。


「森を離れるつもりはなかったけど……空まで裂け始めたから。あそこにいるだけじゃ、守れないと思ったの」


 ティアは枯れた谷へ目を向けた。


 アッシュが、その隣で頷いた。


「俺も、あいつに迎えられた口だ。柱の話を聞いて、城で待っているわけにはいかなくなった」


「私は船に来たこいつから、二人を探してるって聞いただけよ」


 シエナがノアを指した。


「リゼットには話してある。あんたたちが向かった方角を教えたら、結局、私まで付き合うことになったの」


 ノアは肩をすくめた。


「文句なら後で聞く」


「言ったわね」


 ルティスは、ノアへ視線を戻した。


「助けてくれたことと、宝玉を奪ったことは別だから」


「分かっている」


「……本当に?」


 ノアは答えず、手の中のAqua(アクア)を見た。


 青い光が、ルナの顔を照らしていた。


 彼女は宝玉へ手を伸ばしかけた。


 その瞬間。


 ノアの指が、球体を握り込んだ。


「……ノア?」


 ルナが顔を上げる。


 ノア自身も、自分の手を見ていた。


 渡せばいい。


 ずっと、そのために探していた。


 Ignis(イグニス)。


 Volt(ボルト)。


 Gaia(ガイア)。


 残りの宝玉もNexus(ネクサス)へ届け、七つの力を完成させる。


 その先に、自分の求めるものがある。


 そう考えてきた。


 なのに、指が動かなかった。


 目の前にいるのは、壁の向こうで笑っていた少女だった。


 ようやく、もう一度触れられた手。


 その手が水へ変わり、二度と握り返してこなくなる。


 初めて、その光景を思い浮かべた。


「これを受け入れれば、力は強くなる」


 ノアは低く言った。


「だが、身体の変化も進む。最後には柱となり、人として生きられなくなるかもしれない」


 ルナは黙って聞いていた。


「今なら、まだ受け取らずにいられる」


 その言葉に、ルティスはノアを見た。


 船の上では、自分が迷うことを許さなかった男。


 その男が今、宝玉を差し出せずにいる。


 ルナが、静かに尋ねた。


「私が柱になることを、あなたは望んでるの?」


 ノアの唇が、わずかに動いた。


 声は出なかった。


 世界のためだと言うことも。


 必要なことだと言うことも。


 今なら、できたはずだった。


 けれどルナは、答えを待っていた。


「……望んでは、いない」


 ようやく、それだけを答えた。


 ルナは小さく息を吐いた。


「私も、なりたくない」


 ノアが顔を上げる。


「せっかく会えたんだもの。まだ話したいことが、たくさんあるよ」


 ルナはAqua(アクア)を見つめた。


「でも、この世界がなくなったら、それもできなくなる」


 遠くで、岩の崩れる音がした。


「受け取っても、すぐに柱になるわけではないの?」


「アッシュたちは、まだここにいる。だが、どれだけ猶予があるかは分からない」


「そう……」


 ルナは少し考えた。


 それから、もう一度手を差し出す。


「だったら、その間に探したい。私も、この力を使って」


「ルナ」


「全部、任せて待っているのは嫌なの」


 彼女の手は、わずかに震えていた。


「柱になるために、受け取るんじゃないよ」


 ノアを見つめる。


「あなたと、あの約束を果たすため」


 長い沈黙のあと、ノアは握っていた指をほどいた。


 Aqua(アクア)が、ルナの両手へ移った。


 青い球体に、細い亀裂が走る。


 ルナが目を閉じた。


 宝玉は砕け、透き通った光へと変わった。


 水のように彼女の指を伝い、腕から胸の奥へ流れ込んでいく。


 足元の小石の間から、水滴がいくつも浮かび上がった。


 それらはルナの周囲を一巡し、静かに地面へ戻った。


 彼女が、ゆっくりと目を開く。


「……ルナ?」


 ノアの声に、ルナは頷いた。


「うん。ここにいる」


 彼女は自分の手を開き、握った。


 まだ温かい。


 けれど身体の奥には、先ほどまでなかった流れがあった。



 エレナは、残された金色の宝玉を見つめていた。


「……エレナも、受け取るの?」


 ルティスが尋ねた。


「ええ」


「私にUmbra(アンブラ)を託したこと、気にしてるなら……」


「それだけで決めるつもりはないわ」


 エレナはルティスを見た。


「あなたを巻き込んだことは、今も悔やんでる。でも、その償いとして私が消えればいいとは思わない」


 ルティスは何も言わなかった。


「八年間、帰る道を探してきたの」


 エレナの声が、少しだけ揺れた。


「今も帰りたい。あなたと、一緒に」


 その手を、そっと包む。


「だから、私も答えを探す側にいたいの。守られているだけじゃなくて」


「……うん」


 ルティスは頷いた。


 止めたい気持ちは、消えなかった。


 それでもエレナの手を、自分から離した。


 ノアがLumia(ルミア)を差し出す。


 エレナは、両手で受け取った。


 神殿で揺れていた柱と、同じ光。


 それが今、自分の掌に収まっている。


「……一緒に帰るために」


 小さく呟いた瞬間、宝玉に亀裂が入った。


 柔らかな光が指の間から溢れ、エレナを包み込む。


 金色の欠片がほどけ、胸の奥へと沈んでいった。


 風に舞っていた砂粒が、一瞬だけ明るく照らされた。


 そして光は静まった。


 エレナは胸元へ手を当てる。


 ルティスが、その顔を覗き込んだ。


「大丈夫?」


「ええ」


 差し出された手を、エレナが握り返した。


「これで終わりじゃないわ」


 ルティスは、その温もりを確かめるように指へ力を込めた。



 ノアはペンダントを取り出した。


 Aqua(アクア)の青。


 Lumia(ルミア)の金。


 その二つの色が、ゆっくりと失われていく。


 Ignis(イグニス)、Gaia(ガイア)、Volt(ボルト)、Umbra(アンブラ)。


 すでに色を失っていた場所と同じように。


 残ったのは、Aeris(エアレス)の光だけだった。


 六人。


 アッシュ。


 ティア。


 シエナ。


 ルナ。


 エレナ。


 そして、自分。


 ルティスは一人ずつ、その姿を見た。


 七つのうち、六つの宝玉が、人と結びついた。


「……これで、よかったのかな」


 ルナが小さく呟く。


 ノアは、すぐには答えなかった。


「まだ、決まっていない」


 ルナが彼を見る。


「結末は、これからだ」


 ノアはペンダントをしまった。


 その指先は、袋に残る最後の宝玉へ、一度だけ触れた。


 そのとき。


 遠くで、低い音が響いた。


 地鳴り。


 谷の奥で、岩壁がゆっくりと動き始めていた。


 崩れた巨人の向こう。


 先ほどまで存在しなかった場所に、白い光が差し込んでいる。


 細い道。


 神域のさらに奥へと続く道だった。


 ノアは、その光を見つめた。


 そして、静かにルナの手を離した。


「……話は、後だ」


 ルナは少しだけ寂しそうに笑った。


「……うん。分かってる」


 ノアがルティスを見る。


「行くんだろう?」


 ルティスは頷いた。


「……うん」


「なら、行け」


「ノアは?」


 ノアは一瞬、ルナを見た。


 そして、再びルティスへ視線を戻した。


「俺には、まだやることがある」


「……そっか」


 ルティスはそれ以上聞かなかった。


 ノアは、ルティスを見つめた。


「……一つだけ言っておく」


「何?」


「神の言葉が、必ずしも正しいとは限らない」


 ルティスは目を見開いた。


「……どういうこと?」


「自分で確かめろ」


 ノアはそう言って、背を向けた。


 アッシュとシエナは、道の入口に残った。


「こっちは見ておく。戻ったら、神が何と言ったか教えてくれ」


 アッシュの言葉に、ルティスは頷いた。


 ティアも二人の傍らに腰を下ろし、ルティスを見た。


「……人間って、不思議」


「え?」


「……なんでもない」


 ティアは静かに答える。


 ルナは、遠ざかっていくノアの背中を見つめていた。


 その横顔には、寂しさと、確かな喜びが入り混じっていた。


 ルティスは、神域へ続く道を見た。


 そして、エレナに頷く。


「……行こう」


「ええ」


 六人は、白い光の中へと足を踏み入れた。



 道の先には、空がなかった。


 大地もない。


 ただ、白く果てしない空間が広がっていた。


 足元には確かに地面がある。


 けれど、それが何でできているのか分からない。


「……変な場所」


 ミナが呟いた。


 その声が、遠くまで響いた。


 やがて、ルティスたちの前に巨大な円形の台座が現れた。


 その周囲には七つの光。


 赤。


 青。


 緑。


 碧空。


 紫。


 金。


 そして、黒。


「七つの宝玉……」


 ルティスが呟く。


 その瞬間。


 ――――。


 空間が震えた。


 七つの光が一斉に揺らぐ。


 そして、頭上に巨大な影が差した。


 ルティスが顔を上げる。


 白い空間の向こうから、ゆっくりと何かが現れた。


 巨大な手。


 かつて、境界の向こうで見たものと同じだった。


「……あなたがASTRA(アストラ)の神?」


 ルティスが問いかける。


 返事はなかった。


 ただ、その手が静かに止まった。


「私たちを、ここへ導いたのは」


 ――あと、ひとつ。


 声が響いた。


 男とも女ともつかない声。


 耳から聞こえたのではない。


 直接、心の奥へ届いたような声だった。


 カイルが剣の柄に手をかける。


 エレナが小さく首を振った。


「……待って」


 ルティスは巨大な手を見上げた。


「聞きたいことがあるの」


 神は何も言わない。


「七人のNexus(ネクサス)が柱にならなければ、世界は救えないの?」


 沈黙。


 やがて、声が答えた。


 ――それが世界の理。


 ルティスの胸が沈んだ。


「……ほかに方法は?」


 神はその問いには答えず、代わりに話し始めた。


 ――三つの世界は、境界の封鎖だけでは均衡を修復できず、形を失いつつある。


 七つの光が激しく揺れた。


 その中央に、三つの球体が浮かび上がる。


 一つは、ルティスたちの暮らす世界。


 一つは、このASTRA(アストラ)。


 そして、二つの世界の狭間にある、もう一つの世界。


 それぞれをつないでいる細い光が、次々と途切れていく。


 ――七つの柱が世界を支えなくては、三つの世界は崩壊する。


「……いつ?」


 エレナが尋ねた。


 ――まもなく。


 ミナが息を呑んだ。


 ルティスは拳を握りしめる。


「じゃあ……アッシュも、シエナも、ルナも、エレナも……」


 言葉が続かなかった。


「みんな、消えなければならないの?」


 ――消えはしない、柱となるのだ。


「……そんなの」


 ルティスは顔を上げた。


「そんなの、納得できない」


 巨大な手は動かない。


「あなたは、世界を創った神なんでしょう?」


 ルティスは拳を握る。


「だったら、どうして!」


 ルティスの声が響いた。


「どうして、誰かが犠牲になる方法しか作れなかったの!」


「ルティス……」


 エレナが小さく呼ぶ。


 けれど、ルティスは止まらなかった。


「みんな、自分の人生がある!」


「アッシュにも、シエナにも!」


「ルナにも、エレナにも!」


 声が震えた。


「……私にも」


 長い沈黙が流れた。


 やがて、神が答える。


 ――世界の存続が全てだ。


 ルティスは唇を噛んだ。


 その言葉を否定できなかった。


 世界が滅びれば、誰の人生も残らない。


 けれど。


 だからといって。


「……私は」


 ルティスはゆっくりと顔を上げた。


「まだ、諦めない」


 ――人としての生き方は、単なる見え方だ。


「それでも」


 ルティスは答えた。


「最後まで探す」


 その隣に、エレナが立った。


「私もです」


 ルティスが振り向く。


 エレナは微笑んだ。


「八年間、探してきました。まだ答えは見つかっていません」


 そして、神を見上げる。


「でも、見つからなかったことと、存在しないことは違います」


 ルナも一歩前へ出た。


「私も、まだ帰りたい場所があるから」


 その言葉に、ミナが顔を上げた。


 カイルは小さく笑った。


「……まったく。神様相手でも、いつも通りだな」


 そして、ルティスの隣に立つ。


「俺も付き合うさ。最後までな」


 巨大な手は、しばらく動かなかった。


 やがて。


 ――ならば、進むがよい。


 ルティスは目を見開いた。


 ――ただし、世界は待たぬ。


 七つの光が消えていく。


 白い空間が、ゆっくりと崩れ始めた。


「……待って!」


 ルティスが叫ぶ。


「まだ聞きたいことが――!」


 ――ルティス。


 神が、初めてその名を呼んだ。


 ――お前の選択を、見届けよう。


 次の瞬間。


 巨大な手は消えた。



 神域を出たとき、空は暗くなっていた。


 入口に残っていたアッシュたちが立ち上がる。


 ノアの姿だけは、なかった。


「何か確かめてくるってさ」


 シエナが言った。


「……それより、どうだったの?」


 ルティスは首を横に振った。


 エレナが、神の答えを三人へ伝える。


 誰も、すぐには言葉を返さなかった。


 やがてアッシュが空を見上げ、低く呟いた。


「……そうか」


 それは、夜の暗さではなかった。


 空そのものが、色を失い始めていた。


 遠くの山々が、ぼんやりと霞んでいる。


 大地の向こうで、細い光が何本も立ち上っていた。


「……何、あれ」


 ミナが呟く。


 エレナの表情が変わった。


「柱の力が……動き始めてる」


 ルナが自分の手を見つめた。


 指先に、小さな水滴が浮かんでいる。


 それは地面に落ちることなく、ゆっくりと宙を巡っていた。


「……私も、始まってるんだ」


 ルティスは何も言えなかった。


 六人。


 すでに六人のNexus(ネクサス)が選ばれている。


 残る一人。


 風のNexus(ネクサス)、Aeris(エアレス)。


 ミナは、暗くなり始めた空を見上げていた。


 その赤い髪を、風が揺らす。


 誰も気づかなかった。


 周囲の木々は、少しも揺れていないことに。


 風が吹いているのは、ミナの周りだけだった。



 遠い空に、再び亀裂が走った。


 世界が軋む音がする。


 ルティスは、その光景を見つめていた。


 神の答えは、変わらなかった。


 七つの柱。


 七人の犠牲。


 神が示したのは、その道だけだった。


 けれど。


「……エレナ」


「なに?」


「私、必ず見つけるから」


 エレナはルティスを見た。


「みんなが生きて帰れる方法を」


 そして、少しだけ声を落とす。


「……あなたを連れて帰る方法も」


 エレナは、しばらく何も言わなかった。


 やがて、そっとルティスの手を握った。


「うん」


 小さく頷く。


「一緒に探そう」


 二人は、再び歩き始めた。


 まだ、答えはない。


 それでも。


 立ち止まる理由には、ならなかった。


 Chapter 18 ― 神の答え END

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。