Chapter16 大地に咲く願い
森は、静かだった。
朝の光が枝葉の隙間から差し込み、湿った土の上に淡い模様を描いている。
鳥の声。
風に揺れる葉の音。
どこかで、小さな獣が落ち葉を踏む気配。
そのすべてを、少女は心地よく感じていた。
「……もう少しだからね」
少女は、枯れかけた小さな草に手を添えていた。
茶色く変色した葉。
力なく垂れた茎。
それでも、根はまだ生きている。
「大丈夫。ちゃんと分かってるよ」
指先から、淡い緑色の光が滲んだ。
土の中で、細い根が動く。
枯れかけていた葉が、ゆっくりと持ち上がった。
「……よかった」
少女は小さく笑った。
その肩に、一羽の小鳥が舞い降りる。
「おはよう。今日は早いね」
小鳥が短く鳴いた。
「え? またあの狐?」
少女は困ったように眉を寄せた。
「昨日も言ったでしょ。あの子は意地悪してるんじゃなくて、お腹が空いてるだけなの」
小鳥は不満そうに羽を震わせた。
「……分かった。あとで見に行くから」
少女は立ち上がろうとして、少しだけ顔をしかめた。
左足が重い。
裾を持ち上げる。
足首から脛にかけて、肌の一部が木の皮のように変わっていた。
細い筋が幾重にも走り、その隙間には淡い緑色が覗いている。
指先で触れる。
硬い。
けれど、不思議と痛みはなかった。
「……また少し、伸びたね」
少女は嬉しそうに呟いた。
まるで、自分の身体に新しい枝が生えたかのように。
「そのうち、葉っぱも生えるのかな」
小鳥が鳴いた。
「ふふ。そうなったら、ここに巣を作ってもいいよ」
少女は笑った。
そのときだった。
「……随分と楽しそうだな」
背後から、男の声がした。
少女の肩が跳ねた。
小鳥が飛び立つ。
振り返ると、少し離れた木の陰に、一人の男が立っていた。
銀色の髪。
黒い衣装。
紫色の瞳。
その男は、まるで最初からそこにいたかのように、静かに少女を見つめていた。
「……誰?」
「通りすがりだ」
「通りすがりの人は、普通、森のこんな奥まで来ないよ」
「そうかもしれないな」
男は否定しなかった。
少女は一歩下がる。
「……人間は、あまり好きじゃないの」
「奇遇だな」
「え?」
「俺も、そうだ」
少女は男を見つめた。
冗談を言っているようには見えなかった。
「……変な人」
「よく言われる」
男はゆっくりと歩み寄った。
少女は警戒したが、逃げようとはしなかった。
男の視線が、彼女の左足へ落ちる。
「……その足」
少女は裾を下ろした。
「何?」
「いつから、そうなった?」
「……覚えてない」
「痛むのか?」
「ううん」
「怖くはないのか?」
少女は不思議そうに首を傾げた。
「どうして?」
「人間の足が、木に変わっているんだぞ」
「……うん」
少女は少し考えてから、笑った。
「でも、木って長生きするでしょ?」
男は黙った。
「私も、少しずつ木になれるのかなって」
「……それを望んでいるのか?」
「うん」
迷いのない返事だった。
「だって、人間でいるより楽しそう」
男の紫色の瞳が、僅かに細くなった。
「名前は?」
男が尋ねた。
「……人に名前を教えるの、あんまり好きじゃない」
「そうか」
ノアは一呼吸おいて口を開く。
「俺はノア」
少女は少し驚いた顔をした。
「聞いてないのに」
「名乗らなければ、君も名乗らないだろう?」
「……ずるい」
少しの沈黙。
やがて少女は、小さな声で答えた。
「……ティア」
「ティア、か」
「もういいでしょ?」
ティアはしゃがみ込み、先ほどの草へ視線を戻した。
ノアは、その隣に立った。
「今の力は、誰に教わった?」
「……力?」
「植物を回復させていただろう」
「……見てたの?」
「ああ」
ティアは少し嫌そうな顔をした。
「別に、何もしてないよ」
「何も?」
「この子が元気になりたがってたから、少し手伝っただけ」
「声が聞こえるのか?」
「……聞こえるっていうか、分かるの」
ティアは土に触れた。
「喉が渇いてるとか、寒いとか、根っこが苦しいとか」
「動物もか?」
「うん。動物の方がおしゃべりだけどね」
ノアは考え込んだ。
目の前の少女は、宝玉を持っていない。
それなのに、大地の力を使っている。
しかも、その影響はすでに身体へ現れていた。
ノアは、懐にある小さな袋へ意識を向けた。
その中に、緑色の宝玉がある。
Gaia。
大地の宝玉。
少女の力は、そこへ繋がっている。
離れた場所にあっても。
世界を隔てていても。
Nexusと宝玉の結びつきは、完全には断たれない。
だが、今のティアが使える力は、ほんの一部に過ぎない。
植物の生命を感じ、僅かにその成長を助ける程度。
それでも長い年月をかけて、彼女の身体は変わり始めている。
このまま力を使い続けたとしても、完全なNexusへ至るまでには、途方もない時間が必要になるだろう。
人間の寿命では、到底足りない。
だからこそ、宝玉が存在する。
ノアは、そう考えた。
「……なるほど」
「何が?」
「いや。少し、分かったことがある」
「……変な人」
ティアは再び草へ話しかけ始めた。
ノアは、その横顔を見つめた。
彼女は自分の力の正体を知らない。
だが、恐れてもいない。
むしろ、その変化を望んでいる。
それは、ノアにとって意外なことだった。
森の奥には、小さな小屋があった。
古い木造の建物。
屋根には苔が生え、壁には蔦が絡まっている。
窓辺には乾燥させた薬草が吊るされ、入口の脇には小さな水桶が置かれていた。
「……ここに住んでいるのか?」
「うん」
「一人で?」
「そうだよ」
「村には行かないのか?」
「必要なときだけ」
ティアは扉を開けながら答えた。
「人が多いところ、嫌いだから」
「理由を聞いても?」
「……人間って、すぐ喧嘩するでしょ」
ティアは棚から小さな器を取り出した。
「土地が欲しいとか、お金が欲しいとか、自分の方が正しいとか」
器に水を注ぐ。
「森の木は、そんなことで争わないのに」
「木も、光や水を奪い合う」
「……知ってるよ」
ティアは振り返った。
「でも、必要以上には奪わない」
ノアは答えなかった。
「人間は違う。もう十分持ってるのに、もっと欲しがる」
ティアは窓の外へ視線を向けた。
「昔、この森で火事があったの」
その声が、少しだけ低くなった。
「村の人たちが土地のことで揉めて……相手を困らせるために火をつけたんだって」
ノアは黙って聞いていた。
「古い木も、動物たちの巣も、全部燃えちゃった」
「……それで、人間が嫌いになったのか」
「うん」
ティアは小さく頷いた。
「森は何も悪くなかったのに」
沈黙が落ちた。
窓の外で、風が木々を揺らしていた。
「でもね」
ティアが続けた。
「村の人が怪我をしたら、薬草は届けるよ」
「嫌いなのに?」
「嫌いだからって、苦しんでいいわけじゃないでしょ」
ノアは、僅かに目を見開いた。
ティアは当たり前のことを言ったという顔で、器を差し出した。
「……お水、飲む?」
「……ああ」
ノアは器を受け取った。
そのとき、床の隙間から、小さな芽が顔を出していることに気づいた。
ティアが笑う。
「この子、昨日からそこにいるの」
「……抜かないのか?」
「どうして?」
「床が傷む」
「うん。でも、頑張って生えてきたんだよ」
ノアは芽を見つめた。
そして、小さく息を吐いた。
「……そうか」
午後。
ティアは小屋の裏で薬草を選別していた。
ノアは、近くの木に寄りかかっていた。
彼はまだ、この場所を離れていなかった。
「……いつまでいるの?」
ティアが尋ねる。
「もう少しだ」
「何か用があるんでしょ?」
「ああ」
「……私に?」
「そうだ」
ノアは懐から、小さな袋を取り出した。
そして、その中から緑色の宝玉を取り出す。
淡い光が、木漏れ日の中で揺れた。
ティアの手が止まった。
「……何、それ」
「Gaia」
「ガイア?」
「大地の宝玉だ」
ティアは立ち上がった。
宝玉から目を離さない。
胸の奥が、妙に温かかった。
足元の土が、微かに震えた気がした。
「……不思議」
「何が?」
「初めて見るのに……知ってる気がする」
ノアは頷いた。
「当然だ。君は、ずっとその力と繋がっていた」
「……私が?」
「ああ」
ノアはティアの左足へ視線を落とした。
「その足も、Gaiaの影響だ」
ティアは自分の足を見下ろした。
「……この子の?」
「そうだ」
「……そっか」
ティアは、嬉しそうに笑った。
「だから、ずっと近くにいる気がしてたんだ」
ノアは宝玉を見つめた。
「君は、まだ本来の力の一部しか使えていない」
「……そうなの?」
「ああ。この宝玉を受け入れれば、その力は大きく変わる」
「もっと、草木の声が聞こえるようになる?」
「おそらくな」
「動物たちとも?」
「今より深く繋がるだろう」
ティアの瞳が輝いた。
「……すごい」
彼女は手を伸ばした。
だが、ノアは宝玉を少し引いた。
「一つ、忠告しておこう」
「……何?」
ノアの表情が変わった。
「これを受け入れれば、おそらく君は、永遠に誰かを支え続けることになる」
「……永遠に?」
「ああ。君が望もうと、望むまいとな」
ティアは宝玉を見つめた。
「……それって、木みたいだね」
「……何?」
「木って、ずっとそこにいるでしょ」
ティアは窓の外に見える大きな木を指差した。
「鳥が巣を作って、動物が雨宿りして、虫たちが暮らして……」
彼女は少し笑った。
「誰かを守ろうなんて考えてないのに、いろんな命を支えてる」
ノアは黙っていた。
「……悪くないな」
ティアは、再び宝玉へ手を伸ばした。
「私、それがいい」
「……人としての姿を失うことになってもか?」
ティアは、今度はすぐには答えなかった。
自分の左足を見る。
木の皮へと変わり始めた肌。
その表面を、そっと撫でた。
「……私ね」
静かな声だった。
「この足が変わり始めたとき、嬉しかったの」
ノアは彼女を見つめた。
「怖くなかったのか?」
「うん」
「……なぜ?」
「だって、森に近づけた気がしたから」
ティアは顔を上げた。
「人間でいるのが嫌だから、木になりたいんじゃないよ」
少し考えてから、続ける。
「……ううん。人間は嫌いだけど、それだけじゃない」
彼女は木々を見つめた。
「私、この森が好きなの」
風が吹いた。
「ここで生きてるみんなと、ずっと一緒にいたい」
ノアは何も言わなかった。
「もし、私が木になったら……」
ティアは笑った。
「きっと、寂しくないと思う」
ノアの脳裏に、別の声が蘇った。
『その七人は、自分で決められるの?』
ルティスの声。
あの朝、飛行船の甲板で投げかけられた問い。
ノアは、目の前の少女を見つめた。
「……後悔するかもしれないぞ」
「するかもしれないね」
「二度と、人間には戻れないかもしれない」
「……うん」
「君の時間は、君だけのものではなくなる」
ティアは少し首を傾げた。
「……今だって、そうだよ」
「何?」
「私の時間は、私だけのものじゃない」
彼女は足元の草に触れた。
「この子たちと、一緒に生きてるんだから」
ノアは黙った。
しばらくして、宝玉を差し出した。
「……ならば、受け取るといい」
ティアは、両手でGaiaを包み込んだ。
最初に変わったのは、音だった。
風の音が、遠くなった。
鳥の声も。
葉擦れも。
森が、一瞬だけ静まり返った。
次の瞬間。
ティアの足元から、淡い緑色の光が広がった。
宝玉が、ゆっくりと浮かび上がる。
表面に、細い亀裂が走った。
ひとつ。
ふたつ。
やがて宝玉は、無数の光の欠片となって砕けた。
その光が、ティアの胸元へ吸い込まれていく。
「……あ……」
ティアは目を閉じた。
地面の奥深く。
何百年もそこに立ち続ける木々の根。
土の中を這う小さな虫。
眠る種。
地下を流れる水。
それらすべてが、彼女の中へ流れ込んできた。
いや。
彼女が、その中へ溶け込んでいくようだった。
左足の木化が、ゆっくりと広がる。
膝へ。
太腿へ。
木の皮のような模様が、肌の上を這っていく。
けれど、ティアは悲鳴を上げなかった。
むしろ、微笑んでいた。
「……聞こえる」
ノアが尋ねる。
「何が?」
「……みんなの声」
彼女の頬を、涙が伝った。
ノアは、その涙を見つめた。
「……苦しいのか?」
ティアは首を横に振った。
「違う……」
そして、小さく笑った。
「……おかえりって」
風が吹いた。
森の木々が、一斉に揺れた。
まるで、少女を迎えるかのように。
ティアは両手を広げた。
足元から細い根が伸び、土へ潜っていく。
小屋の壁を覆っていた蔦が、ゆっくりと花を咲かせた。
地面には、小さな芽が次々と顔を出す。
ノアは、その光景を静かに見つめていた。
Gaiaとの融合は、完了した。
だが、少女はまだ人間の姿を保っている。
木化した左足も、完全に動かなくなったわけではない。
それでも、変化は確実に進んでいた。
いつか、彼女は大地そのものへ近づいていくのだろう。
ノアは、そう確信した。
夕暮れ。
森は、金色の光に包まれていた。
ティアは小屋の前に座り、自分の左足を眺めていた。
木の皮の模様は、太腿の途中まで広がっている。
けれど、その表面には小さな緑の芽が一つ生えていた。
「……ふふ」
ティアは、その芽を指先で撫でた。
「本当に生えちゃった」
ノアは少し離れた場所に立っていた。
「……歩けるか?」
「うん。少し重いけど」
「これから、もっと変わるだろう」
「……そうだね」
「怖くなったら、どうする?」
ティアは考えた。
「……そのときは、森に聞いてみる」
「森に?」
「うん。どうしたらいいか、教えてくれるかもしれない」
ノアは小さく息を吐いた。
「……君らしいな」
ティアは顔を上げた。
「もう行くの?」
「ああ」
「……そっか」
少しの沈黙。
「……ありがとう、ノア」
ノアは振り返った。
「礼を言う必要はない」
「でも、Gaiaを持ってきてくれたでしょ」
「……俺には、俺の目的がある」
「うん。知ってる」
ノアの足が止まった。
「……何?」
「何か、欲しいものがあるんでしょ?」
ティアは穏やかに笑った。
「人間って、みんなそうだから」
ノアは黙った。
「でも、あなたは少し違う気がする」
「……どう違う?」
「分からない」
ティアは首を傾げた。
「ただ、欲しいものを手に入れても、嬉しくなさそう」
ノアの表情が、僅かに変わった。
「……余計なお世話だ」
「うん。よく言われる」
ティアは笑った。
ノアは、少しだけ目を伏せた。
「……俺と来る気はないか?」
ティアは即座に首を横に振った。
「いいえ」
「……即答だな」
「だって、ここが好きだもん」
彼女は森を見渡した。
「私、ここにいたい」
ノアは暫く考えた。
そして、頷いた。
「……そうか」
「うん」
「ならば、好きにするといい」
ノアは背を向けた。
数歩進んだところで、ティアの声がした。
「……ねえ、ノア」
彼は足を止めた。
「何だ?」
「また来る?」
ノアは振り返らなかった。
「……必要があればな」
「そっか」
ティアは笑った。
「じゃあ、そのときはお茶くらい出すよ」
ノアは答えなかった。
そのまま、森の奥へ歩いていった。
夜。
ノアは森を抜けた丘の上に立っていた。
遠くに、村の灯りが見える。
彼は空を見上げた。
星々が、静かに瞬いていた。
ティア。
GaiaのNexus。
彼女は、すでに大地の力と繋がっていた。
宝玉がなくとも、力は目覚める。
だが、その成長はあまりにも遅い。
人間の寿命では、完全なNexusへ至ることはできない。
宝玉は、その長い時間を縮めるための鍵。
そして、融合によって力を完成へ近づける。
ノアは、自分の手を見つめた。
そこには、もうGaiaはない。
宝玉はティアと一つになった。
だが、彼女はノアについて来なかった。
それでも構わない。
七つのNexusが完成すること。
まずは、それが必要だった。
ノアの脳裏に、ルティスの姿が浮かんだ。
『七人に、選ぶ権利はあるの?』
ノアは目を閉じた。
ティアは、自ら望んだ。
人間でなくなる未来を。
永遠に大地を支える運命を。
だが、ノアは知っていた。
彼女が受け入れたのは、自分が森と一つになる未来だ。
三つの世界を支える柱になることまで、理解していたわけではない。
それでも、ノアはその違いを深く考えようとはしなかった。
「……選んだのは、彼女自身だ」
誰に聞かせるでもなく、呟いた。
そして、懐からペンダントを取り出した。
ルティスから奪った、七つの宝玉を象った羅針盤。
金属の表面に、淡い月光が落ちる。
ノアは指先で、その縁をなぞった。
残るNexus。
Aqua。
Aeris。
Lumia。
Umbraは、すでにルティスの中にある。
問題は、残された三つの力をどう完成へ導くか。
そして、完成した七つの力を、どう束ねるか。
ノアはペンダントを握りしめた。
「……まだ、足りない」
その声は、夜の風に消えた。
同じ頃。
飛行船は、静かな海の上を進んでいた。
甲板に立つルティスは、遠くの空を見つめていた。
隣には、カイル。
少し離れた場所で、ミナが風を確かめている。
ポップは手すりの上に座り、尻尾をゆっくりと揺らしていた。
「……本当に、ここでいいの?」
ルティスが尋ねた。
「ああ」
ポップは空を見上げた。
「前より、ずっと薄くなってる」
「境界が?」
「そうだ」
ルティスも空を見上げた。
夕暮れの空。
その一角に、奇妙な暗がりが広がっていた。
夜ではない。
雲でもない。
そこには、見慣れない星々が瞬いていた。
「……ASTRA」
ルティスが呟く。
ポップは頷いた。
「二つの世界が、重なり始めてる」
カイルが剣の柄に手を置いた。
「……あそこを通れるのか?」
「分からない」
ポップは答えた。
「でも、今なら道ができるかもしれない」
ミナが近づいてきた。
「……風が変です」
「どう変なんだ?」
カイルが尋ねる。
「向こうから、吹いてるんです」
「向こう?」
ミナは、星空の広がる場所を指差した。
「……あの空の向こうから」
ルティスは黙って見つめた。
胸元に手を当てる。
そこに、もうペンダントはない。
ノアに奪われた。
宝玉も。
そして、自分が守ろうとしていた選択の一部も。
けれど。
Umbraの力は、まだ彼女の中にある。
ルティスは、ゆっくりと拳を握った。
「……エレナ」
小さく名前を呼ぶ。
あの世界にいるはずの、大切な仲間。
まだ、助けられていない。
まだ、何も終わっていない。
「……行こう」
ルティスが言った。
カイルが頷く。
ミナも、弓を背負い直した。
ポップは静かに目を細めた。
飛行船の前方で、空が揺らいだ。
夕暮れの光と、異なる世界の星明かりが混ざり合う。
その向こうに。
ぼんやりと、巨大な建造物の影が浮かび上がった。
ルティスは、その光景を見つめた。
「……今度こそ」
風が、黒い髪を揺らす。
「エレナを、迎えに行く」
飛行船は、二つの空が重なる場所へと進んでいった。
Chapter 16 ― 大地に咲く願い END




