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第七話 交差点

第七話 交差点


雨は少し強くなっていた。


美咲が笑う。


直哉も笑う。


酒はかなり回っていた。


頭はふわふわしている。


だが気分は最高だった。


人生で一番と言ってもいい。


「ホテル探す?」


美咲が言った。


直哉は一瞬固まる。


そして吹き出した。


「お前から言うのか」


「嫌?」


「嫌じゃない」


「じゃあ決まり」


美咲は笑った。


直哉も笑った。


長かった。


本当に長かった。


一年だ。


今まで何人もの女と付き合った。


飲んだ。


遊んだ。


別れた。


だが美咲だけは違った。


気付けば一年も経っていた。


我ながら意味が分からない。


二人で横断歩道へ向かう。


信号は青だった。


雨粒がアスファルトを叩く。


街灯の光が滲んでいる。


世界が少しだけ揺れて見えた。


酒のせいだろう。


その時だった。


視界が真っ白になった。


強烈なライト。


耳を裂くようなブレーキ音。


何かがぶつかる衝撃。


世界が反転する。


空。


雨。


街灯。


アスファルト。


そして、


美咲の顔。


遠ざかっていく。


何か叫んでいる。


聞こえない。


音が遠い。


体も動かない。


痛みもなかった。


ただ、


意識だけがゆっくり沈んでいく。


ああ。


死ぬのか。


意外と冷静だった。


そして少しだけ残念だった。


本当に少しだけ。


せっかくだったのにな。


やっとだったのにな。


もう少しだったのにな。


エロいことしたかったな。


美咲の声が遠ざかっていく。


いや。


遠ざかっているのは自分の方なのかもしれない。


もう分からなかった。


手の感覚が消えていく。


身体の重さも。


痛みも。


何もかもが少しずつ薄れていく。


ただ。


不思議と世界だけは鮮明だった。


ぽつり。


頬に冷たいものが落ちた。


雨だった。


いつから降り始めたのか分からない。


もう一粒。


また一粒。


夜空から落ちてくる。


冷たい雨。


熱を失っていく身体には、


その冷たさだけが妙に心地良かった。


風が吹く。


ビルの隙間を抜ける夜風。


髪を揺らす。


服を揺らす。


遠くで誰かが叫んでいる。


サイレンも聞こえる。


だが風の音だけが妙に耳に残った。


直哉は薄く目を開けた。


空を見た。


雲が流れている。


速い。


あんなに速く流れていたのか。


知らなかった。


胸の奥が焼けるように熱かった。


悔しいのか。


未練なのか。


悲しいのか。


分からない。


ただ一つだけ。


まだ終わりたくなかった。


ようやく。


ようやく見つけたのに。


ようやく始まるはずだったのに。


雨は強くなる。


頬を伝う。


涙なのか雨なのかも分からない。


指先が地面に触れていた。


冷たいアスファルト。


固い。


現実だった。


生きてきた証だった。


今まで歩いてきた世界だった。


その感触が少しずつ遠ざかっていく。


風が吹く。


雨が降る。


胸は焼けるように熱い。


身体の下には大地がある。


そして。


遥か遠く。


空の向こうで。


雷が鳴った。


低く。


重く。


世界の終わりのような音だった。


その直後。


暗い雲の向こうで、


一瞬だけ白い閃光が走る。


世界を切り裂くような光だった。


直哉は最後に微かに笑った。


不思議だった。


なぜか。


その音を聞いた瞬間。


終わりではない気がした。


何かが始まる。


そんな気がした。


次の瞬間。


世界は闇に沈んだ。

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