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第六話 雨宿り

「もう一軒行く?」


直哉が言った。


かなり酔っていた。


だがまだ理性はある。


たぶん。


美咲はグラスを置く。


少し考える。


そして頷いた。


「行く」


即答だった。


会計を済ませる。


店を出る。


夜風が気持ちいい。


少しだけふらつく。


美咲も同じだった。


「酔ったな」


「酔った」


「お前顔赤いぞ」


「そっちも」


二人で笑う。


駅前を少し歩く。


雑居ビルの二階。


古い木の扉。


小さなバーだった。


中は暗い。


ジャズが流れている。


カウンターだけの店。


マスターが顔を上げた。


「珍しい」


「何が」


「女連れ」


「違う」


「違わなくはないだろ」


直哉は無視した。


美咲が吹き出す。


二人並んで座る。


ウイスキー。


美咲は甘いカクテル。


氷が静かに鳴る。


居酒屋とは違う。


時間がゆっくり流れる。


「なぁ」


直哉が言った。


「ん?」


「お前今日かわいいな」


美咲が笑う。


「酔ってる?」


「酔ってる」


「正直だな」


「かわいい」


「もういいって」


「いやかわいい」


「二回目」


「もっと言うぞ」


「迷惑」


だが美咲は笑っていた。


酒が進む。


会話も進む。


学生時代の話。


昔付き合った変な男の話。


変な女の話。


黒歴史。


失敗談。


笑いが止まらない。


気付けばグラスは何杯目か分からなくなっていた。


かなり酔っている。


二人とも。


直哉はふと美咲を見る。


やっぱりかわいい。


本当に。


「なぁ」


「なに」


「かわいいな」


「五回目」


「まだ五回か」


「数えてたから」


また笑う。


気付けば店には二人しか残っていなかった。


時計は零時近い。


「そろそろ帰る?」


美咲が聞く。


「そうだな」


そう言いながら、


どちらも立ち上がらない。


少しして、


ようやく店を出た。


その瞬間だった。


ぽつり。


頬に冷たいものが当たる。


雨だった。


「降ってるじゃん」


「マジか」


空を見上げる。


雨は少しずつ強くなる。


直哉は鞄を探る。


「あった」


折り畳み傘。


一本だけ。


「奇跡だな」


「ほんとに」


傘を開く。


自然と距離が近くなる。


肩が触れる。


腕が触れる。


誰も離れない。


雨音だけが聞こえる。


信号で立ち止まる。


赤だった。


誰もいない横断歩道。


街灯。


雨。


傘。


そして美咲。


美咲がこちらを見る。


目が合う。


どちらからだったのかは分からない。


気付いた時には、


唇が重なっていた。


短く。


そしてもう一度。


今度は少し長く。


離れる。


美咲が笑う。


「遅い」


「うるせぇ」


「ほんと遅い」


直哉も笑う。


人生最高の日だった。


「よし」


「なに?」


直哉は拳を握った。


そして宣言した。


「ついに俺のエクスカリバーがうなる時が来たな」


数秒の沈黙。


次の瞬間。


美咲の拳が腹にめり込んだ。


「最低」


「ぐはっ」


「最低」


「褒め言葉だな」


二人で笑った。


雨はまだ降っていた。


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