第四十三話 魔鋼の覚醒
翌朝。
冬の冷たい空気が宿場町を包んでいた。
カイゼルたちは黒岩洞窟へ向かう。
同行するのは四人。
カイゼル。
ルセリ。
グラム。
エルネスト。
店の若主人は見送りながら頭を下げた。
「頼みます。」
その隣では先代の老人が静かに頷いていた。
「気を付けるんじゃ。」
「あやつは……普通の魔物ではない。」
◇
黒岩洞窟。
入口へ足を踏み入れた瞬間。
ルセリが眉をひそめた。
「嫌な空気。」
「息苦しい。」
エルネストも頷く。
「魔力が濃すぎます。」
「瘴気が長年蓄積されていますね。」
奥へ進む。
洞窟は異様なほど静かだった。
生き物の気配がない。
いや。
一つだけ。
巨大な魔力が最奥で眠っている。
グラムが笑う。
「起きてるぞ。」
その瞬間だった。
洞窟の奥から乾いた笑い声が響く。
「ククク……。」
「珍しい。」
「人間が四人も来るとは。」
ゆっくり姿を現した。
灰色の肌。
二本の角。
赤い瞳。
長い黒髪。
黒い外套。
まるで貴族のような立ち姿だった。
「……魔人族。」
エルネストが静かに呟く。
男は口元を緩めた。
「そうだ。」
「我が名はゼルグ。」
「元・中級魔人。」
「今はただの隠居だ。」
ルセリが目を見開く。
「元?」
「軍じゃないの?」
ゼルグは肩を竦めた。
「辞めた。」
「何百年も前にな。」
「命令されて戦うのは退屈だった。」
「だから好きに生きることにした。」
カイゼルが尋ねる。
「魔王軍じゃないのか?」
「違う。」
「嫌いになった訳でもない。」
「魔王も優秀だ。」
「ベルゼインのような若い連中も悪くない。」
「ただ。」
「縛られるのが嫌だった。」
そう言って笑う。
「だから今は。」
「強い奴とだけ戦っている。」
ゼルグの視線がカイゼルへ向く。
「お前。」
「面白そうだな。」
◇
空気が弾けた。
ゼルグが消える。
「速い!」
ギィィン!!
大剣で受け止める。
火花が散る。
「見えるか。」
ゼルグが笑う。
「少しだけだ!」
カイゼルが押し返す。
そのまま剣を振り抜く。
「断空閃!」
翠の斬撃。
ゼルグは紙一重で避ける。
「悪くない。」
「だが浅い。」
右手を掲げる。
「テンペストレイザー。」
轟!!
暴風が洞窟を埋め尽くした。
無数の風刃。
岩壁まで切り裂きながら迫る。
「神速!」
ルセリが飛び出す。
暴風の中を縫うように駆け抜ける。
「迅雷突き!」
黄金の闘気が一直線に放たれる。
ゼルグは笑う。
指先だけで軌道を逸らした。
「技は美しい。」
「だが。」
「軽い。」
蹴り。
ルセリが岩壁まで吹き飛ぶ。
「がっ……!」
◇
「ルセリ!」
カイゼルが飛び込む。
「紅蓮斬!!」
炎が洞窟を照らす。
ゼルグは左手を前へ出す。
「カスケードフォール。」
巨大な水流。
炎と激突する。
白い蒸気が洞窟を包んだ。
その中から。
「甘い。」
ゼルグが現れる。
剣が閃く。
ガギィィン!!
カイゼルは吹き飛ばされた。
「くっ……!」
◇
エルネストが杖を掲げる。
「ルミナスランサー!」
無数の光槍。
ゼルグを囲む。
「ほう。」
「人間にしては悪くない。」
「アビスゲイト。」
闇が口を開けた。
光槍が次々と飲み込まれる。
エルネストの表情が変わる。
「相殺された……。」
ゼルグが笑う。
「魔法で私に勝とうとは。」
「百年早い。」
◇
今度は地面が赤く染まる。
「マグマディスチャージ。」
轟音。
洞窟が噴き上がる。
溶岩。
火山岩。
爆炎。
「結界!」
エルネストが結界を展開。
グラムも前へ出る。
ドォォォン!!
結界が砕ける。
エルネストが初めて膝をついた。
「ぐっ……。」
グラムも腕で衝撃を受け止める。
「……なるほど。」
「中級だっただけはある。」
◇
ゼルグは笑う。
「老いたとはいえ。」
「まだ人間には負けん。」
その時。
グラムが木剣を肩へ担ぐ。
「坊主。」
「はい。」
「ここから先は。」
「お前の戦いだ。」
「師匠?」
「その剣は。」
「お前を選んだ。」
「なら。」
「お前が勝て。」
ルセリも立ち上がる。
肩から血が流れている。
それでも笑った。
「一人じゃない。」
「私もいる。」
カイゼルも笑う。
「ああ。」
「行くぞ。」
◇
ここからは二人だった。
ルセリが神速で翻弄する。
右。
左。
背後。
ゼルグの視線を奪う。
「そこ!」
「鋼牙!」
地面から無数の鉄槍。
ゼルグが飛ぶ。
その先へ。
「氷月!」
氷の斬撃。
空中で体勢が崩れる。
「瞬雷剣!」
雷光。
一瞬で背後へ回る。
「まだ!」
ゼルグも笑う。
「面白い!」
「これほど戦える人間は久しぶりだ!」
互いに傷だらけだった。
ルセリの腕。
カイゼルの肩。
ゼルグの胸。
血が流れる。
それでも止まらない。
◇
最後。
ルセリが叫ぶ。
「今!!」
神速。
ゼルグの懐へ飛び込み、レイピアで視線を逸らす。
ほんの一瞬。
その隙だけだった。
カイゼルが踏み込む。
まだ名前もない。
ただ。
全てを乗せた一撃。
風。
炎。
闘気。
魔力。
全身全霊。
ズドォォォォン!!
漆黒の大剣がゼルグの胸を深く斬り裂いた。
ゼルグは膝をつく。
「……見事。」
「人間。」
「いや。」
「剣士か。」
静かに笑う。
「久しぶりに。」
「楽しかった。」
そのまま。
ゆっくり倒れた。
◇
次の瞬間だった。
黒い大剣が震える。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
鼓動。
刀身がゼルグの血へ触れる。
赤い血ではない。
その奥に眠る膨大な魔力。
紫黒い光が刀身へ吸い込まれていく。
老人が息を呑む。
「始まった……。」
「魔鋼が目覚める。」
◇
夜。
鍛冶場。
老人は一晩中槌を振るい続けた。
カン。
カン。
カン。
魔鋼。
カイゼルの魔力。
ゼルグの魔力。
全てを一つへ鍛え上げる。
夜明け。
最後の一撃。
キィィィィン――
漆黒だった刀身がゆっくり色を変えた。
深い群青。
夜空。
星雲。
銀河。
刀身の中へ宇宙そのものを閉じ込めたような神秘的な輝き。
見る角度によって星々が流れ、まるで生きているように光が揺らめく。
ルセリは思わず息を呑んだ。
「……綺麗。」
エルネストも静かに見つめる。
「こんな魔鋼は……。」
「文献でも見たことがありません。」
老人は微笑み、大剣をカイゼルへ差し出した。
「完成じゃ。」
カイゼルはゆっくり受け取る。
その瞬間。
まるで何年も使い続けてきた相棒のように、手へ吸い付いた。
老人が笑う。
「名を付けてやれ。」
「剣は名を得て、初めて持ち主と一つになる。」
カイゼルは星空の刀身を見つめる。
静かに呟いた。
「……オブリビオン。」
その名を聞いた瞬間。
刀身の中の星々が、一斉に淡く輝いた。




