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第四十三話 魔鋼の覚醒

翌朝。


冬の冷たい空気が宿場町を包んでいた。


カイゼルたちは黒岩洞窟へ向かう。


同行するのは四人。


カイゼル。


ルセリ。


グラム。


エルネスト。


店の若主人は見送りながら頭を下げた。


「頼みます。」


その隣では先代の老人が静かに頷いていた。


「気を付けるんじゃ。」


「あやつは……普通の魔物ではない。」



黒岩洞窟。


入口へ足を踏み入れた瞬間。


ルセリが眉をひそめた。


「嫌な空気。」


「息苦しい。」


エルネストも頷く。


「魔力が濃すぎます。」


「瘴気が長年蓄積されていますね。」


奥へ進む。


洞窟は異様なほど静かだった。


生き物の気配がない。


いや。


一つだけ。


巨大な魔力が最奥で眠っている。


グラムが笑う。


「起きてるぞ。」


その瞬間だった。


洞窟の奥から乾いた笑い声が響く。


「ククク……。」


「珍しい。」


「人間が四人も来るとは。」


ゆっくり姿を現した。


灰色の肌。


二本の角。


赤い瞳。


長い黒髪。


黒い外套。


まるで貴族のような立ち姿だった。


「……魔人族。」


エルネストが静かに呟く。


男は口元を緩めた。


「そうだ。」


「我が名はゼルグ。」


「元・中級魔人。」


「今はただの隠居だ。」


ルセリが目を見開く。


「元?」


「軍じゃないの?」


ゼルグは肩を竦めた。


「辞めた。」


「何百年も前にな。」


「命令されて戦うのは退屈だった。」


「だから好きに生きることにした。」


カイゼルが尋ねる。


「魔王軍じゃないのか?」


「違う。」


「嫌いになった訳でもない。」


「魔王も優秀だ。」


「ベルゼインのような若い連中も悪くない。」


「ただ。」


「縛られるのが嫌だった。」


そう言って笑う。


「だから今は。」


「強い奴とだけ戦っている。」


ゼルグの視線がカイゼルへ向く。


「お前。」


「面白そうだな。」



空気が弾けた。


ゼルグが消える。


「速い!」


ギィィン!!


大剣で受け止める。


火花が散る。


「見えるか。」


ゼルグが笑う。


「少しだけだ!」


カイゼルが押し返す。


そのまま剣を振り抜く。


「断空閃!」


翠の斬撃。


ゼルグは紙一重で避ける。


「悪くない。」


「だが浅い。」


右手を掲げる。


「テンペストレイザー。」


轟!!


暴風が洞窟を埋め尽くした。


無数の風刃。


岩壁まで切り裂きながら迫る。


「神速!」


ルセリが飛び出す。


暴風の中を縫うように駆け抜ける。


「迅雷突き!」


黄金の闘気が一直線に放たれる。


ゼルグは笑う。


指先だけで軌道を逸らした。


「技は美しい。」


「だが。」


「軽い。」


蹴り。


ルセリが岩壁まで吹き飛ぶ。


「がっ……!」



「ルセリ!」


カイゼルが飛び込む。


「紅蓮斬!!」


炎が洞窟を照らす。


ゼルグは左手を前へ出す。


「カスケードフォール。」


巨大な水流。


炎と激突する。


白い蒸気が洞窟を包んだ。


その中から。


「甘い。」


ゼルグが現れる。


剣が閃く。


ガギィィン!!


カイゼルは吹き飛ばされた。


「くっ……!」



エルネストが杖を掲げる。


「ルミナスランサー!」


無数の光槍。


ゼルグを囲む。


「ほう。」


「人間にしては悪くない。」


「アビスゲイト。」


闇が口を開けた。


光槍が次々と飲み込まれる。


エルネストの表情が変わる。


「相殺された……。」


ゼルグが笑う。


「魔法で私に勝とうとは。」


「百年早い。」



今度は地面が赤く染まる。


「マグマディスチャージ。」


轟音。


洞窟が噴き上がる。


溶岩。


火山岩。


爆炎。


「結界!」


エルネストが結界を展開。


グラムも前へ出る。


ドォォォン!!


結界が砕ける。


エルネストが初めて膝をついた。


「ぐっ……。」


グラムも腕で衝撃を受け止める。


「……なるほど。」


「中級だっただけはある。」



ゼルグは笑う。


「老いたとはいえ。」


「まだ人間には負けん。」


その時。


グラムが木剣を肩へ担ぐ。


「坊主。」


「はい。」


「ここから先は。」


「お前の戦いだ。」


「師匠?」


「その剣は。」


「お前を選んだ。」


「なら。」


「お前が勝て。」


ルセリも立ち上がる。


肩から血が流れている。


それでも笑った。


「一人じゃない。」


「私もいる。」


カイゼルも笑う。


「ああ。」


「行くぞ。」



ここからは二人だった。


ルセリが神速で翻弄する。


右。


左。


背後。


ゼルグの視線を奪う。


「そこ!」


「鋼牙!」


地面から無数の鉄槍。


ゼルグが飛ぶ。


その先へ。


「氷月!」


氷の斬撃。


空中で体勢が崩れる。


「瞬雷剣!」


雷光。


一瞬で背後へ回る。


「まだ!」


ゼルグも笑う。


「面白い!」


「これほど戦える人間は久しぶりだ!」


互いに傷だらけだった。


ルセリの腕。


カイゼルの肩。


ゼルグの胸。


血が流れる。


それでも止まらない。



最後。


ルセリが叫ぶ。


「今!!」


神速。


ゼルグの懐へ飛び込み、レイピアで視線を逸らす。


ほんの一瞬。


その隙だけだった。


カイゼルが踏み込む。


まだ名前もない。


ただ。


全てを乗せた一撃。


風。


炎。


闘気。


魔力。


全身全霊。


ズドォォォォン!!


漆黒の大剣がゼルグの胸を深く斬り裂いた。


ゼルグは膝をつく。


「……見事。」


「人間。」


「いや。」


「剣士か。」


静かに笑う。


「久しぶりに。」


「楽しかった。」


そのまま。


ゆっくり倒れた。



次の瞬間だった。


黒い大剣が震える。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


鼓動。


刀身がゼルグの血へ触れる。


赤い血ではない。


その奥に眠る膨大な魔力。


紫黒い光が刀身へ吸い込まれていく。


老人が息を呑む。


「始まった……。」


「魔鋼が目覚める。」



夜。


鍛冶場。


老人は一晩中槌を振るい続けた。


カン。


カン。


カン。


魔鋼。


カイゼルの魔力。


ゼルグの魔力。


全てを一つへ鍛え上げる。


夜明け。


最後の一撃。


キィィィィン――


漆黒だった刀身がゆっくり色を変えた。


深い群青。


夜空。


星雲。


銀河。


刀身の中へ宇宙そのものを閉じ込めたような神秘的な輝き。


見る角度によって星々が流れ、まるで生きているように光が揺らめく。


ルセリは思わず息を呑んだ。


「……綺麗。」


エルネストも静かに見つめる。


「こんな魔鋼は……。」


「文献でも見たことがありません。」


老人は微笑み、大剣をカイゼルへ差し出した。


「完成じゃ。」


カイゼルはゆっくり受け取る。


その瞬間。


まるで何年も使い続けてきた相棒のように、手へ吸い付いた。


老人が笑う。


「名を付けてやれ。」


「剣は名を得て、初めて持ち主と一つになる。」


カイゼルは星空の刀身を見つめる。


静かに呟いた。


「……オブリビオン。」


その名を聞いた瞬間。


刀身の中の星々が、一斉に淡く輝いた。


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