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第四十二話 魔鋼の大剣

翌朝。


一行はもう一日だけ宿場町ローゼンへ滞在することになった。


昨日の魔物討伐で馬も疲弊し、護衛騎士にも軽傷者が出ていたためだ。


急げば王都へは着く。


だが、焦って全員が消耗する方が危険だった。


「今日は休養だ。」


ガレスの一言で、騎士たちは久しぶりに肩の力を抜いた。



朝食を終えたカイゼルは、中庭でいつものように剣を振っていた。


「魔剣技――断空閃。」


翠の斬撃が空を裂く。


続いて。


「紅蓮斬。」


炎が冬の空気を焦がした。


「氷月。」


「鋼牙。」


「瞬雷剣。」


一通り技を確認し、剣を鞘へ納めようとした時だった。


「……ん?」


違和感。


剣を抜き直す。


朝日にかざす。


刃こぼれ。


細かな亀裂。


歪み。


刀身には無数の傷が刻まれていた。


昨日まで無かった傷だ。


「もう限界か……。」


三年間。


共に鍛え、共に戦ってきた剣。


魔剣技という常識外れの力を受け止め続けた代償だった。



カイゼルは昨日訪れた武器屋を訪ねた。


店主は剣を受け取ると、ゆっくり刀身を眺める。


「……何と戦った?」


「魔物の群れです。」


「百体くらい。」


店主は呆れたように笑った。


「百体を"くらい"で済ます奴があるか。」


刀身を軽く弾く。


乾いた音が店内へ響いた。


「駄目だな。」


「中まで疲労してる。」


「あと数回振れば折れる。」


「修理できますか?」


店主は首を横へ振った。


「叩き直しても意味がねぇ。」


「寿命だ。」


カイゼルは静かに剣を見つめる。


寂しかった。


初めて魔物を斬った時も。


ベルゼインとの戦いも。


三年間、いつも共にあった相棒だった。


店主もその表情を見て何かを感じたのだろう。


少し考えたあと、小さく呟いた。


「……一本だけある。」


店の奥へ姿を消す。



しばらくして戻ってきた。


両手で抱えていたのは、一振りの大剣だった。


漆黒。


刀身も。


鍔も。


柄も。


全てが黒。


光を反射するどころか、吸い込んでいるようにも見える。


一般的な騎士では扱えないほど巨大な刀身。


それなのに、どこか美しかった。


「……大剣。」


思わず声が漏れる。


「親父から預かってる剣だ。」


店主が苦笑する。


「詳しいことは俺も知らねぇ。」


「何十年も店の奥で眠ってる。」


「誰も買わねぇし、誰も振れねぇ。」


「名前も知らん。」


「ただ。」


「魔鋼って金属で出来てるらしい。」


「魔鋼?」


「魔力と相性がいい特殊な金属だって聞いた。」


「それ以上は知らねぇ。」


カイゼルはゆっくり近付く。


柄へ手を伸ばす。


その瞬間。


ズ……


大剣が僅かに震えた。


「……!」


店主が目を見開く。


「今……動いたか?」


静まり返る店内。


その時だった。


店の奥から杖を突く音が聞こえた。


コツ……


コツ……


コツ……


ゆっくり姿を現したのは、一人の老人だった。


白髪混じりの長い髭。


煤で黒く染まった革の前掛け。


右手には一本の杖。


年老いてはいるが、その目だけは職人の鋭さを失っていなかった。


店主が驚く。


「親父。」


「起きてたのか。」


老人は答えず、大剣だけを見つめていた。


「……ようやく反応したか。」


静かな声だった。


「知ってるんですか?」


カイゼルが尋ねる。


老人はゆっくり頷いた。


「若い頃にな。」


「一度だけ見たことがある。」


「魔鋼じゃ。」


「今では作れる鍛冶師も、ほとんどおらん。」


老人はゆっくり椅子へ腰掛けた。


「その剣は普通の武器ではない。」


「じゃが。」


「わしも全部を知っとるわけではない。」


「昔の鍛冶師から聞いた話じゃ。」


カイゼルたちは静かに耳を傾ける。


「魔鋼は持ち主を選ぶ。」


「じゃから、まず己の魔力を流し込み、剣へ覚えさせねばならん。」


「それだけでは終わらん。」


「強き魔物の命を糧とし、その魔力を喰らって初めて目覚める。」


ルセリが首を傾げた。


「血を吸うってこと?」


老人は頷く。


「そう伝わっとる。」


「血と言っても、本当に喰らうのは、その中に宿る魔力じゃ。」


「魔力が強いほど、魔鋼はよく育つ。」


カイゼルは黒い刀身を見つめる。


老人は地図を広げた。


「この町から半日ほど山へ入った場所に黒岩洞窟がある。」


「あそこには昔から一匹だけ、異様に強い魔物がおる。」


店主が苦笑する。


「昔から討伐依頼は何度も出た。」


「でも誰も帰って来なかった。」


老人が静かに続けた。


「最近、生きて帰った冒険者が一人だけおってな。」


「そやつが言うには……。」


老人の目が細くなる。


「魔物は、人の言葉を話したそうじゃ。」


店内の空気が変わる。


エルネストが静かに呟く。


「……魔人族。」


老人は首を横へ振った。


「そこまでは分からん。」


「じゃが。」


「普通の魔物ではないことだけは確かじゃ。」


老人は最後にカイゼルを見る。


「もし、その大剣を本当に使いたいなら。」


「そやつを倒し、魔鋼へその命を刻み込め。」


「その後、この店へ持って来い。」


「わしが最後まで鍛え直そう。」


老人は大剣を優しく撫でる。


「何十年も待ち続けた剣じゃ。」


「ようやく、本当の持ち主に出会えたのかもしれんな。」


カイゼルは黒い大剣を肩へ担いだ。


ずしり、とした重み。


だが不思議と身体へ馴染む。


まるで昔から自分のために作られていたかのようだった。


「……行ってきます。」


その一言に、老人は静かに微笑んだ。


「気を付けるんじゃ。」


「長く生きとると分かる。」


「本当に恐ろしい相手ほど、静かに笑うものじゃからな。」

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