第四十二話 魔鋼の大剣
翌朝。
一行はもう一日だけ宿場町ローゼンへ滞在することになった。
昨日の魔物討伐で馬も疲弊し、護衛騎士にも軽傷者が出ていたためだ。
急げば王都へは着く。
だが、焦って全員が消耗する方が危険だった。
「今日は休養だ。」
ガレスの一言で、騎士たちは久しぶりに肩の力を抜いた。
◇
朝食を終えたカイゼルは、中庭でいつものように剣を振っていた。
「魔剣技――断空閃。」
翠の斬撃が空を裂く。
続いて。
「紅蓮斬。」
炎が冬の空気を焦がした。
「氷月。」
「鋼牙。」
「瞬雷剣。」
一通り技を確認し、剣を鞘へ納めようとした時だった。
「……ん?」
違和感。
剣を抜き直す。
朝日にかざす。
刃こぼれ。
細かな亀裂。
歪み。
刀身には無数の傷が刻まれていた。
昨日まで無かった傷だ。
「もう限界か……。」
三年間。
共に鍛え、共に戦ってきた剣。
魔剣技という常識外れの力を受け止め続けた代償だった。
◇
カイゼルは昨日訪れた武器屋を訪ねた。
店主は剣を受け取ると、ゆっくり刀身を眺める。
「……何と戦った?」
「魔物の群れです。」
「百体くらい。」
店主は呆れたように笑った。
「百体を"くらい"で済ます奴があるか。」
刀身を軽く弾く。
乾いた音が店内へ響いた。
「駄目だな。」
「中まで疲労してる。」
「あと数回振れば折れる。」
「修理できますか?」
店主は首を横へ振った。
「叩き直しても意味がねぇ。」
「寿命だ。」
カイゼルは静かに剣を見つめる。
寂しかった。
初めて魔物を斬った時も。
ベルゼインとの戦いも。
三年間、いつも共にあった相棒だった。
店主もその表情を見て何かを感じたのだろう。
少し考えたあと、小さく呟いた。
「……一本だけある。」
店の奥へ姿を消す。
◇
しばらくして戻ってきた。
両手で抱えていたのは、一振りの大剣だった。
漆黒。
刀身も。
鍔も。
柄も。
全てが黒。
光を反射するどころか、吸い込んでいるようにも見える。
一般的な騎士では扱えないほど巨大な刀身。
それなのに、どこか美しかった。
「……大剣。」
思わず声が漏れる。
「親父から預かってる剣だ。」
店主が苦笑する。
「詳しいことは俺も知らねぇ。」
「何十年も店の奥で眠ってる。」
「誰も買わねぇし、誰も振れねぇ。」
「名前も知らん。」
「ただ。」
「魔鋼って金属で出来てるらしい。」
「魔鋼?」
「魔力と相性がいい特殊な金属だって聞いた。」
「それ以上は知らねぇ。」
カイゼルはゆっくり近付く。
柄へ手を伸ばす。
その瞬間。
ズ……
大剣が僅かに震えた。
「……!」
店主が目を見開く。
「今……動いたか?」
静まり返る店内。
その時だった。
店の奥から杖を突く音が聞こえた。
コツ……
コツ……
コツ……
ゆっくり姿を現したのは、一人の老人だった。
白髪混じりの長い髭。
煤で黒く染まった革の前掛け。
右手には一本の杖。
年老いてはいるが、その目だけは職人の鋭さを失っていなかった。
店主が驚く。
「親父。」
「起きてたのか。」
老人は答えず、大剣だけを見つめていた。
「……ようやく反応したか。」
静かな声だった。
「知ってるんですか?」
カイゼルが尋ねる。
老人はゆっくり頷いた。
「若い頃にな。」
「一度だけ見たことがある。」
「魔鋼じゃ。」
「今では作れる鍛冶師も、ほとんどおらん。」
老人はゆっくり椅子へ腰掛けた。
「その剣は普通の武器ではない。」
「じゃが。」
「わしも全部を知っとるわけではない。」
「昔の鍛冶師から聞いた話じゃ。」
カイゼルたちは静かに耳を傾ける。
「魔鋼は持ち主を選ぶ。」
「じゃから、まず己の魔力を流し込み、剣へ覚えさせねばならん。」
「それだけでは終わらん。」
「強き魔物の命を糧とし、その魔力を喰らって初めて目覚める。」
ルセリが首を傾げた。
「血を吸うってこと?」
老人は頷く。
「そう伝わっとる。」
「血と言っても、本当に喰らうのは、その中に宿る魔力じゃ。」
「魔力が強いほど、魔鋼はよく育つ。」
カイゼルは黒い刀身を見つめる。
老人は地図を広げた。
「この町から半日ほど山へ入った場所に黒岩洞窟がある。」
「あそこには昔から一匹だけ、異様に強い魔物がおる。」
店主が苦笑する。
「昔から討伐依頼は何度も出た。」
「でも誰も帰って来なかった。」
老人が静かに続けた。
「最近、生きて帰った冒険者が一人だけおってな。」
「そやつが言うには……。」
老人の目が細くなる。
「魔物は、人の言葉を話したそうじゃ。」
店内の空気が変わる。
エルネストが静かに呟く。
「……魔人族。」
老人は首を横へ振った。
「そこまでは分からん。」
「じゃが。」
「普通の魔物ではないことだけは確かじゃ。」
老人は最後にカイゼルを見る。
「もし、その大剣を本当に使いたいなら。」
「そやつを倒し、魔鋼へその命を刻み込め。」
「その後、この店へ持って来い。」
「わしが最後まで鍛え直そう。」
老人は大剣を優しく撫でる。
「何十年も待ち続けた剣じゃ。」
「ようやく、本当の持ち主に出会えたのかもしれんな。」
カイゼルは黒い大剣を肩へ担いだ。
ずしり、とした重み。
だが不思議と身体へ馴染む。
まるで昔から自分のために作られていたかのようだった。
「……行ってきます。」
その一言に、老人は静かに微笑んだ。
「気を付けるんじゃ。」
「長く生きとると分かる。」
「本当に恐ろしい相手ほど、静かに笑うものじゃからな。」




